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ベルフォール帝国編

どこと戦うんですか?

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 レッドエイプの解体は最低限にして深く掘った穴に埋める。
 宿営地を引き払ったボク達は帝都に最速で向かった。
 行きはのんびりペースで十日かかった。戻りはなんと三日だ。三日で帝都目前まで戻って来た。
 今居る場所は馬を急がせれば五時間程度の距離だ。ここで様子見というか情報収集をするそうだ。
 でも・・正直疲れたな。
 馬に乗っての強行軍は久しぶりだった。休みが少ないから体がなかなか回復しない。特にお尻が痛い。皮がめくれているとクレアが言ってたし。・・ぐすん。
 それはボクだけだったという気恥ずかしさ。師匠やその軍は当たり前だけど平気だった。クレアはじめ女性陣もケロリとしている。マジか・・。
 いや、いや・・。
 言い訳をさせてもらうならば・・道中のボクは探索魔法を使っていたんだ。危険を探知して避けるよう師匠に報告していたんだ。これはかなり大変な作業だった。
 だから疲れるのは仕方ない。そうだ、そうだ。
 いや・・言い訳だな。
 基礎体力の向上をボクはしないといけない。と、痛感する。
 大変だったけどボクにとっては各種経験が積めた行軍だった。被害はお尻の皮だけだから良しとした。
 
 なので・・ここまではボクの訓練みたいなもんだ。
 
 でもここからは違う。
 帝国のために戦う事になるらしい。
 師匠からは気合を入れろと言われた。国のために戦えと。
 いや・・ボク帝国の人間じゃないよ。
 それを話したんだけど。そんな細かい事は気にするなと言われた。
 ・・相変わらず雑過ぎる。そこは本当に雑。
 
 今ボクはその宿営地を眺めている。
 
 なんていうか・・でかい宿営地だ。
 しかも丘陵地の頂上部を削ってるし。造成だよね・・これ。
 結構しっかりとした砦になっているんじゃない?
 砦の外周はかなり深い堀を掘っている。掘った土はしっかりと盛って土塁にしている。凄い高低差だもの。人力で二十メートルの空堀ができるのを初めて見たよ。
 そんで土塁の上は頑丈な柵を張り巡らしている。柵じゃないな。石積みの壁だな。

 砦じゃなく城塞と表現してもいいかも。

 師匠・・戦争始めるつもりだよね。
 この砦に籠っているのは二万人近くの軍団だよ。
 しかも街道近くに築いている。
 やっぱり戦争を始める気じゃん。
 
 師匠・・・情報収集のための拠点と言っていたのね?
 ・・嘘じゃん。
 問い詰めようにも肝心の師匠はいない。珍しい事に忙しそうにしている。
 次は何を企んでいるんだか。

「ねえ、クレア」
「はい。砦の事よね。確かに物々しいわよね。レイ様が思った通り。完全に戦争準備よね」
「帝都近くで情報収集って言っていたよね」
「その通りよ。一応収集はしている筈よ。その結果戦争する可能性が高くなったって事じゃないかしら。誰が敵なのかは全軍に通達は出ていないようだけど」

 全くその通りだ。それにしても・・。
 
「敵とはどこなんだろうね」
「皇帝を弑逆した者達じゃないの?」
「それ根拠無いよね。まだ殺されたと決まったわけじゃないじゃん」

 皇帝の崩御。
 影の報せは想像もしない皇帝の崩御だった。まだ三十代前半だったそうだ。
 クレアは殺されたと断定している。でも、病死や事故の可能性だってあるじゃない。ボクだって前世は若くして病死だった。
 緊急事態のため影も崩御の一報を報せに来ただけだったらしい。その詳細は不明らしい。
 この詳細を把握するための帝都近辺での駐屯だった筈なんだけど。
 
 ボクにとっては皇帝の崩御は正直どうでもいい。
 下々に迷惑をかけずに帝位が継承されればいいだけじゃない。平和な世が約束されるなら誰だって良い。
 だからといってエリーゼ様が皇帝に即位するのを肯定はしていない。
 謀略や戦争は無し。会話で平和的に継承を決めればいいじゃない。それが人間ってもんだ。
 
 こんあ不謹慎な事を思うのは・・ボクが他国の人間だからなんだろうな。あの師匠ですら普段より高揚している感じだし。
 この騒動に身内が巻き込まれている人は平静じゃないだろうな。クラウディア様も急造の小屋に籠ったままだ。
 表面上は平気そうだったけど。内面までは分からない。でも平静じゃないだろう。
 母親のエリーゼ様に危険が迫っているのに自分ではどうにもできない。同じ立場なればボクだって平静でいられなくなる。

「こちらにおりましたか。探しましたぞ」

 クラウス爺が声を掛けてきた。相変わらず表情は全く変わらない。強行軍だったのに疲れも全く無い。
 この人は今何を考えているのだろうか?

「クラウス爺。情報収集はどうなったの?収集の結果がこれなの?」

 ボクは手を広げて今も工事をしている砦を指す。
 
「それについてはお館様より御曹司に話をしたい事があるそうですぞ。拙はお呼びするために探しておりました」
「クラウス爺はボクに話す内容を知っているの?」
「ホッホッ。お館様から直接聞いてくだされ。少し歩きますがのう」

 人払いされた所で話をしたいのか。
 いずれにしてもここでは話す気は無いという事か。
 ボクに何の関係があるのか分からない。
 基本ボクはクラウディア様の身の安全を確保する事しか考えていない。
 冷たい言い方だけど次の皇帝が誰になるかなんて関係ない。
 と、言い切りたいのだけど。無理なんだよなぁ。
 もやもやする事ばかりだ。やっぱり苛々してくる。力が及ばないのは悔しいなぁ。

 仕方なくクラウス爺の後をついていく。結構な距離を歩く。本当に広い。


「馬鹿弟子。お前は今回の件どう思ってる?」

 物見櫓を昇らされて師匠一人しかいない状況での開口一番がこれだ。
 今回の件って何?
 相変わらずのペースだ。
 崩御の件ならばボクが知る訳ないじゃん。むしろ教えてもらうほうだよ。
 
「崩御の件ですか?ハッテンベルガー家とは連絡取れませんし。皇室の事情をボクが知る事はできませんよ。師匠が既に情報掴んでボクに教えてくれる立場じゃないんです?」
「チッ!そっちの情報はまだたよ。アレは病弱だったが。誰よりも健康や事故に気をつけていた。誰かが殺したに決まってんだ」
「それを探っているんですよね?それよりエリーゼ様の無事は確認できているんですか?」
「そっちもまだだな。宮廷内で拘束されているらしい事は分かっている。エーレもだな。一緒かどうかも分からん。アレを殺した犯人が見つかるまではそのままだろう」

 エーレ?
 はて?
 ・・ああ、ハッテンベルガー家当主の名前か。確かエーレンフリートだった。
 師匠・・・省きすぎだよ。

「弑逆されたのですね?そこ間違えると大変ですよ」
「間違いねぇな。じゃなきゃこんな砦こさえてねぇよ。帝都が近いからな。何が起こるか分からん」

 あ・・やっぱり砦だったんだ。宿営地じゃないんだ。
 しかも師匠も命狙われる可能性あるのね。
 
 ボクにも気になる情報がある。ボク個人で抱えている各地の耳からの情報だ。
 結構ハトばらまいているんだよなぁ。
 すんごい高くついているのだけど新鮮な情報を得るための投資だ。ボクの生命線の一つだ。他の目的で結構役に立っている。フレーザー領の情報は進展が無い。
 今思うと帝国内で気になる情報がある。師匠に聞いてみるか。
 
「少し気になる情報を掴みました。これは何かの役に立ちますか?」
「ほう・・・。話せ」

 師匠・・ニヤリとしないでよ。
 ボクは師匠に説明する。

「宮廷だと尚書の動きに注意が必要です。公国だとベルトラム公国が派手に動いてますね」

 師匠は驚いた表情に見える。クラウス爺は片眉をあげて固まっているみたい。
 省略しすぎたかな?

「・・纏め過ぎました?」
「当たり前だ。簡潔な結論は結構だが理由をちょっと乗せろや!」

 いつもは一言で纏めたがるのに・・。理不尽だ。

「ボクは商会の所有者である事は話しましたよね?商人というのは世の中の流れに敏感なんですよ。それと商人同士のつながりもあるんです。例え皇帝であっても商人にそっぽ向かれては明日のパンも食べれないですよね?」
「ホッホッ。流石は御曹司。独自の経路で仕入れていたのですのう。成程ハトが連日飛んでくる訳ですな」

 う・・やっぱりばれてたか。ま、使っているのは隠していないし。
 情報は命だ。
 そこにひと手間加えると色々見えてくる場合がある。お陰で結構儲けさせてもらってます。実はボクは結構な資産家だ。へへへ。

 崩御の事はちょっと前に知った。その前から不審に思う動きがあったんだ。

「交流がある御用達商人から尚書の役人が玉璽の材料となる蛇紋岩の注文したそうです。他にも香木、白木の大量注文があったとか。崩御の話を聞く前の動きだったので何かの儀式があるのかと思っていたのです」
「ふむ、次期様の即位に必要な玉璽と詔書の材料に必要とも考えられますのう。それが弑逆前に注文があったのですな?何時頃の注文ですか?」
「詳細は商会の資料見ないと分からないよ。でもボクが帝都を出る前の事だったのは確実だよ」

 師匠は厳しい表情。クラウス爺は上を向いて思案しているようだ。
 そりゃそうだ。もし本当に次期皇帝のための玉璽を作ろうとしていたのなら周到な準備がされていたのだから。
 崩御の前日までは政務に励んでいたそうだ。前日までは健康体だった事は間違いないらしい。
 突然の病死は無いか・・・。事故も怪しい。
 ボクは仕入れた情報を伝えるだけだ。この件について考える事は止めよう。

「御用達の商人とは仲が良くて色々教えてくれたのです。注文の指示は宰相からなんですって。大至急調達と無理言われた。と、ぼやいていましたよ」
「ボドワン!あの野郎。あいつが裏で糸を引いてやがったのか。何が忠誠を誓うだ。片腹痛てぇや!」
「その通りですな。・・御曹司。ベルトラム公国は何を準備しているのか分かりますかのう」

「詳細まではちょっと無理。何かの祝賀で公王が帝都に来ているよね。でも同行している護衛隊の費用にしては多すぎるんだよね」
「多いとは?」
「あちこちの商会に小分けで多量の注文を入れているみたい。ボクが所有している商会にも注文が入ってるんだ。商会同士の交流で注文内容はおおよそ把握できてるよ。結構な量だよ」

 一拍おいて二人を見る。提供情報についてはボクを信頼してくれているようだ。続きを促す雰囲気だ。

「十万程度の兵が数カ月滞陣できる食料。それにまつわる設備。数万単位の武器、鎧、馬。そのための素材。傭兵の募集。鍛冶職人の招聘。急ぐのは二万が二十日以上行動できる食料、武器、防具を揃えろと。一番早い所で三十日前に注文が出ていたみたいです」

 ・・続きを話せという沈黙。
 軽く息を吸って続ける。なんかマズイ気がして仕方ない。

「既に五万人分の必要物資はベルトラム公国に送られいる計算です。加えてティフェブラウ湖近辺に数万の軍が対陣しているとの情報も聞きました。これは十日前後だと思います」

 師匠が大きく息を吐く。

「馬鹿弟子。そんな情報があったなら早く出しやがれ」
「そりゃ無理ですよ。今回の件を知らなかったんですから。ボクは帝国内の関係は教えて貰ってないんですよ。今説明した数字だって結構・・いえ相当大変だったんですよ。行軍中に計算もしていたんですからね」

 結構ムッときた。この情報が簡単で無い事が伝わってない。なんか許せん。
 今話をしたのだって自分とこの帳簿や関係商会の物資の流れを分析して積み上げ、推測して結論づけた数字なんだよ。簡単な情報じゃないんだよ。
 帳簿の概念が無いこの世界。自慢じゃないけどここまで読み解けるのはボクだけだと思う。他の商人達も理解できないみたいだ。
 他にも疑いのある地域はあるのだけど。大がかりなのはベルトラム公国だ。
 とにかく・・とにかく。簡単な事じゃない事は伝えておかないと。

「レイ様は簡単に報告しました。ですが、この結論に至るまでに膨大な資料等から導き出したのですよ。わたくしには何をしているのか全く分かりませんでした。このような知識はお金をいくら積んでも得られない稀有なものです。そこを理解してください」

 お?
 クレアはボクの感情を読み取ってくれたようだ。綺麗なグリーンアイの眼は鋭く光っている。これは相当怒っているな。
 ちょっとだけ怯んだ感じの師匠。相変わらず平然としているクラウス爺。・・感情あるのかな?本当に表情が変わらない。

「ホッホッ。御曹司失礼な事は考えない方が良いですぞ。お館様、この二人の申し上げる通りですな。拙も賞賛に値する情報だと思いますぞ」

 ドキリ。ボクってそんなに顔に出ているのかな?クレアにもすぐばれるから、そうなんかな。
 師匠は思案顔のままでボクを見る。この時の師匠は結構怖い。緊張する・・。

「ああ。確かになぁ。万単位の動員は少なくても宮廷内には広まっちゃいねぇ。露骨な動きがばれていない以上今の所思惑通りに行っているか。だが、財務卿はきっちし仕事してんのかよ!」
「ベルトラム公周辺の情報も追加で集めた方が宜しいでしょうな」

 師匠とクラウス爺は何やら話し込み始める。
 ボク達はそっちのけ。って感じだ。

 ・・・ボク達。
 櫓から降りてもいいかな?
 
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