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ベルフォール帝国編

人じゃないと思うのだけど

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 本当に実力を見るだけだよね?
 殺さないよね?
 冗談抜きで困る。
 
 ボク達の心配が伝わっているか分からないけど。
 伯爵と殿下のやり取りは続いている。
 が・・。
 どうやら伯爵が折れたようだ。
 ・・ダメでしたか。
 伯爵はボクに向かってくる。

「レイ君。この方と一合で良いから立ち会って貰えるかな?実力を見るだけと言っておられる。君が心配している事にはならないと信じて欲しい」

 ・・う。
 失礼かもしれないけどボクも自分の生命を守りたい。ほんと断りたい。
 と、思ったら。

「失礼ですがご本人の誓約は取れますか?何の誓約も無く、かの大将軍相手に御曹司を立ち会わせるつもりはございません。例えご当主様のご命令といえでもです。叶わないのであれば即日帝都を無理にでも離れるつもりです。勿論簡単では無い事は承知しております」

 クレアが代わりに注文をつけてくれた。強気だ。
 こんな場合はクレアは譲らない。でも言い方は考えようよ。ほんと・・強気だよね。
 クレアの反論に伯爵は僅かだけど眉を寄せている。そりゃ無理を言っているもの。
 伯爵は完全に板挟みだ。ごめんなさい。

 伯爵に断るという選択肢は無い。
 
 クリューガー将軍の爵位は公爵。
 ハッテンベルガー伯爵が要請を断れるはずもない。不敬という理由で処罰される事だってある。
 二人が気安い仲のようなので表面上は穏やかに話は進んでいるのだけど。
 
 絶対に殺さないという保証があれば仕合はするよ。仕方ないもの。
 でも、正直怖い。生命の保証がされても怖い相手だもの。
 近くにいるだけでも、なんか分からない圧が押し寄せてくるんだもの。
 トラウマにならないよね?

「・・殿下の代わりに私が誓約しよう。生命の危険は絶対に無い」
「毛筋も怪我を負わないと誓約いただけますか?」
「本人によく言い含める。全く負傷しないというのは流石に無理がある。正直に言おう。殿下がこの場に来るのは想定もしていなかった。屋敷の警備の甘さについては謝罪する。だが目をつけられた以上断れぬのだよ」

 ・・しつこいという事?
 食いついたらスッポンのように離れないなんて。やっぱり怖い人だ。

 え?

 あれ?

 突然身体を持ち上げられる。その流れで抱き寄せられる。柔らかい感触で誰かはすぐに分かる。
 クレアだ。
 え?でも。
 結構驚いたけど。理由はすぐわかった。
 
「お~、お~。お嬢ちゃんもなかなか。そんなに警戒されたら俺ぁ傷つくぜぇ。殺しゃしねぇ。安心しろよ。しかしお嬢ちゃんもうまそうだな。後で食ってやろうか?」

 さっきまでボクが立っていた所に殿下がいた。もしかしてボクを捕まえようとしていたのか。
 それをクレアが阻んだという事?

 ・・全く気づかなかった。
 結構離れた位置にいたと思う。いつの間に?
 今まで出会った魔物でもこれ程速い動きをボクは見た事が無い。
 殿下は人間を止めてませんか?超改造しているとか。明らかに人の動きじゃない。
 
「拳であればいつでもお受けさせて頂きます。その他の手段はきっぱりお断り致します。私はこちらの御曹司に身も心も捧げておりますので」
「ひょ~。言うねぇ。お前らぁ増々面白れぇなぁ。おい坊主早くやろうぜ」
「殿下。事故、過失等々、ともかく仕合で絶対に御曹司を殺さないと誓約できますか?できなければお断り致します。我々二人とも二度とお目にかかれない土地へ去らせて頂きます」

 クレアは殿下に臆することなく睨んでいる。
 ・・ボクは。
 ボクもビビっている訳にいかない。覚悟を決めよう。
 お腹に力を込めて気合を込める。顔をあげ殿下に向かう。圧に恐れていてはダメだ。

「将軍。恐れながらボクは理由があって行動不能になる事や死ぬ事はできません。これに含まれない怪我であれば立ち合いを恐れる理由はございません。如何でしょうか?」

 殿下は一瞬鋭い視線で圧を強めてきた。
 ・・これに屈しちゃいけない。

 頑張れ!

 耐えることと暫く。
 ・・・・。
 
 ・・圧が緩んだ。
 死線は乗り越えた?

「そんな必死になるなよ。本当に実力を見たいだけなんだからよ。つまらんからと言って殺しゃしねぇよ。加減をたま~にしくじる事はあるが信用してくれや?な、嬢ちゃんもだ。な?」

 ・・良かった。
 最悪どこかの骨は折れるかもしれないけど生きていればなんとかなる。
 ほんと・・生きた心地がしなかった。
 ボクを抱きしめているクレアの呼吸も穏やかになったみたい。
 全員の緊張感がほぐれたと感じる。

 ゆっくりと軽く息を吐く。

 殿下は檻から解き放たれた魔獣だな。付き合い方に注意が必要だという事はよく分かったよ。
 神出鬼没すぎる。
 誰かマニュアルを作って欲しい。

 結局は仕合をする事になってしまったし。
 あとは覚悟を決めて戦うしかない。

 気付くと伯爵は若様を屋敷の中に戻るよう促していたようだ。
 若様は何か言いたそうだったけど父親の指示に大人しく従ったみたい。従者を連れて重い足取りで帰っていく。
 ボクが殿下にボロボロにされる所を見たかったのかも。
 
 伯爵とクレアは当然のように残る。二人とも、万が一の時はお願いします。殿下を止めてね。
 
 覚悟したボクは殿下と対峙する。

 まとっもに戦えるはずもない。
 無茶苦茶だけど無理を通さないといけない。

 失望されない程度には立ち回らないといけない。
 うう・・・。
 大きな怪我をしませんように。

 心の中で祈りをささげた後、剣を抜いて構える。
 殿下は宣言通り無手。


「おっし!やっとできるな。早くかかってこいよ」

 興味津々の表情を隠さない殿下。
 ・・やっぱり防具だけでもつければよかったかも。
 
 呼吸を整え体を巡る魔力を整える。
 
 覚悟を決めよう。
 相手に臆することなく戦う事を。
 

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