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サンダーランド王国編
お前は一体何者なんだ?
しおりを挟む黒ローブの男はやはり魔法使いだった。槍を振り回して攻撃してくるから違うのかとも思ったけど・・そうじゃなかった。
だけど魔法を使った瞬間が全く分からなかった。
ボクがこの世界で習った魔法は一瞬だけでも魔法陣を展開する。そこから魔法が発動するものだ。魔法陣を見えにくくする工夫はある。その方法も知っている。
だからこそ分かるんだ。敵である黒ローブの男にはその瞬間が欠片もなかった。突然発動した感じだもの。最初は魔法だとは思わなかった。
それでいてジャスティン含むボクの隊の全員を気絶させるエナジードレインを使ったんだ。広範囲に効果がある魔法なんて・・。相当な魔力を必要とすると思う。と、いうかボクは知らない魔法だから断定はできないけど。
だけど・・僕の記憶が蘇る。エナジードレインって・・アレだよ・・な。そもそもエナジードレインという言葉自体この世界にない言葉だ。ジャスティン達が気絶してなかったら、言葉の意味は分からなかっただろう。
僕は分かる。
そしてボクは理解する。黒ローブの男が普通の人間では無い事を。・・少なくてもボクのような前世の記憶持ちだと思う。でも、チート紛いの魔法が使えるのがちょっと分からない。
残念な事にボクがこの世界で前世の記憶を取り戻した時も、それ以降も・・。所謂チートと呼ばれる魔法やスキルは全く持っていなかった。ただ・・記憶があるだけだった。
この世界の魔法の存在は知っているし、使えるけど。それはたまたまエイブラム爺がいたからだ。学んで覚えたものだもの。
そもそもこの世界は魔法自体を知らない人達が圧倒的だ。だから魔法は廃れ、失われつつあるんだ。
この世界での魔法に関する知識は失われつつあるとエイブラム爺は言っていた。失われつつも・・基本の体系は既に学んでいる魔法が全ての基本だと教えてくれた。
黒ローブの男が使う魔法は・・そのどれにも該当しない。未知のものだ。全く分からない。
今使ったエナジードレインもそう。おそらくスケルトンを呼び出す魔法もそう。他にも未知の魔法も知っているのかもしれない。
何者なんだ?本当にボクと似た前世があるのだろうか?
黒ローブの男は全く知らない。そんな噂も無いし。攻めかけてきた時も黒ローブの情報を聞いた事がなかった。今もそうだ。男という程度しか情報は得られていない。
こんな相手をボク一人で倒せるだろうか。
エナジードレインの影響だと思うけど・・身体の脱力感はまだ残っている。でも、まだ・・まだ動ける。
力は入る。
ボクは手首にはめている腕輪を触る。出し惜しみしている場合じゃない。気取られないよう慎重に。慎重に・・。
「ガキ・・。てめぇは何者だ?エナジードレインくらったらガキだったら即死する筈なんだがなぁ」
うわ~。・・そうだったんだ。即死だったんだ。となると魔力で体を覆ったのは正解だったんだ。もしかしてボクが魔法が使えるとバレたか・・?
「もう一発いれてやりたいがぁ。また耐えられるのも面倒だなぁ。槍で心臓ブスリで終わりにしてやるよぉ」
黒ローブの男は槍を振り回しながらボクに近づいてくる。
・・エナジードレインは何回も使えないのかもしれないな。ボク達を簡単に倒せなかったから一気に片づけようと大技を使ったのかもしれない。そもそも魔力も無尽蔵じゃないだろう。
そういうボクもそれ程魔力は残っていない。さっきの防御で相当消費した。魔力が欠乏している気怠さもある・・。
更にボクの体力はあまりもたない。あの槍を持っている以上、攻撃は防御されると考えるしかない。
・・隙を作って、槍をなんとかする。そこからの一撃で仕留める。
大雑把だけど・・これしか無いか。
ゆっくりと立ち上がり剣を構える。結構近い距離に黒ローブの男がいる。無造作に槍を振り回してくる。
ブオン!
すれすれのところを空振りさせる。攻撃はしない。すかさず攻撃がくるけど躱す。受け止める力は子供のボクには無い。
「ちょこまかとすばしっこいガキぃ・・めっ!」
凄い勢いで槍を振り回してくる。もう当たらないよ。
そんなの攻撃はウチの一般兵でもしない。ずぶずぶの素人だ。武術を学んでいない。黒ローブの男はやっぱり魔法使いだ。いんちき武器で接近戦も強いんだぞと主張したいのだろうか。
だけど攻撃を躱す隙を狙って数回剣を突き込んだけど。黒ローブの男は変な体勢になっても槍で防御してくる。オート防御か。・・・槍に操られている感が半端ない。人形みたいに振り回されているな。
焦っているのか、怒り狂っているのか、槍の振り回しが激しくなる。罵声も多くなってきた。
未だに魔法を使ってこない。条件は分からないけど魔法が使えない状況なのかもしれない。
と、なると・・・。そろそろ仕掛けどころか。
わざと足がもつれた振りをして倒れてみる。偽装だからすぐに動ける体勢は準備済み。バッチコーイって感じ。
勝負だ!
「もらった!」
よく聞く叫びをあげながら黒ローブの男は槍をボクに突き刺そうとする。心臓あたりを狙ってくる。
待ってましたとばかり、すれすれで体を捻って避ける。
槍は地面に刺さる。この土は意外と柔らかい。結構な勢いで深々と刺さる。それを踏み台にする。
踏み台にする事は賭けだった。呪いとか持ち主以外触れないとか、いろいろ面倒な事あったら困る。そんな不安はあったのだけど。悪影響は今は無いかな。体は動く!
おもいっきり踏み込んで槍をもっとめり込ませる。同時に黒ローブの頭に向かって剣を突き込む。
バキッ!
思った以上の固い感触で何かが壊れる。・・硬質のマスクだったか。マスクは粉砕できたけど。肝心の本体は皮三枚くらい切り裂いた程度か。
有効打じゃないと思ったけど。当たり所が良かった。左目を切ったようだ。ダメージは不明。でも変な喚き声が聞こえる。ダメージは与えられたか。
「痛てぇ!このガキが・・」
黒ローブの男は痛みに狼狽えながら慌てて後ろに下がる。
遅い!
ボクは宙に浮いたまま剣を黒ローブの男に向けて投げつける。右肩近辺に剣は刺さる。
よし!剣が刺さるなら特殊な防御とかを黒ローブの男はしていない事になる。
チャンス!
背中に背負っていた刀を抜く。魔法陣に注いだ魔力が少ないのが心配だけど時間が無い。
「スイッチ」
魔法陣が雷の魔法に変換される。そのまま刀に充填。ガタガタと震える手ごたえが伝わる。・・少し弱いか。
いけ!
「・・震霆(サンダー)」
飛んでいたから狙いが少しずれる。黒ローブの男の左肩に袈裟斬りで振り下ろす。瞬間に発動!
バチバチと弾ける音と共に刀黒ローブの体に刺さる。魔法抵抗があるのかもしれない。十分に電撃が入らない。が、黒ローブの男が痙攣しているのが手ごたえで伝わる。
よし。十分では無いけど麻痺が入った。勢いのまま刀を振り下ろす。確実に切断できた手ごたえが残る。
魔力が枯渇して気が遠くなるけど耐える。きっちり息の根を止めないと。
「げっ・・」
黒ローブの男は千鳥足のようにフラフラと後退する。・・意識はまだあるのか?憎悪が溢れた茶色の目がボクを睨む。
・・やはり意識までは絶てなかった。
だけど左腕は切断した。大量出血だ。もう戦えないだろう。ボクもふらつく足を叱咤して前進する。
「いてぇ!・・き・・きっ・・貴様ぁぁぁ!お、俺に・・俺に何しやがったぁ!!・・」
黒ローブの男はふらつく足でグリフォンの元に奇跡的に縋り付く。・・不味い。逃げられる!血止めもしないでグリフォンに乗る。グリフォンは軽快に駆けて飛び立とうとする。
ボクは必死の思いでグリフォンの尻に飛びつく。尻なのかよくわからないけど。そこに容赦なく刀を刺す。魔力が残っていれば震霆を使えたんだけど。肝心な時に魔力切れは・・悔しい。
グリフォンは刀のダメージで良く分からない声で吠える。その声で異常に気付いたのか黒ローブの男は後ろを振り返る。
・・まだ気づくなよ。グリフォンが飛翔する中ボクは毒づく。
「貴様。・・・一体・・何者・・だ」
すっかり顔を晒された黒ローブの男は驚きの中にちょっとの恐怖が混ざっている顔をしている。あのヘンテコなマスクが声質を変換していたのか。今は普通に聞こえる。
まずはここまでビビらせる事ができた。最初に襲い掛かられた時の威勢はもうない。そりゃ片腕切り落としたからね。まともな思考できるのがおかしい。
「知る必要はないよ。お前はここで死ぬんだ」
グリフォンへ差し込んだ刀に力を入れる。こんな高度で落とされたら・・死ぬ。でもグリフォンを苦しめているから最悪墜落するかもしれない。矛盾している事を自覚しながら黒ローブの男に近づく。
「こ、このままだと俺達は死ぬぞ。そ、それは望みじゃないだろう?軍は引き返せないが、な、何が欲しい?」
条件を出してきたか。
でも・・・嘘だね。
妥協していいるように思える。でも・・違う。腕を落とされてパニックになるかと思ったのだけど、意外と早く冷静になったようだ。目が怯えていない。
そんなにすぐ切り替えられるものか?
何があった?
何を考えている?
ボクは見逃すつもりは全くない。話し合うつもりは既に無い。この男さえ殺してしまえばこの戦争はなんとかなる筈だ。チャンスは多くない。今だ。
グリフォンの飛行が安定したのを感じたボクは刀を抜き素早く移動する。その勢いで突き込む。ボク自身の体力の限界が近い。
「問答無用かよ!」
黒ローブの男はボクの突きを辛うじて躱す。少しバランスを崩して体勢を整え振り返ると黒ローブの男はいなかった。
え?落ちたのか?
直ぐに下を確認だ。
黒い布の塊がはためくように広がっているのが確認できる。血痕が広がっているから黒ローブの男が飛び降りたのだ。
マジで飛び降りたのか?
既に高度はかなりある。高すぎて距離が分からない。高所が初体験なボクは思わず体が竦む。どうにも高所恐怖症かもしれない。
ボクから逃げるために自分から飛び降りたのか。
バランスを崩して落ちてしまったのか。
・・分からない。
でも・・・・この高度じゃ助からないだろう。
飛び降りて生死を確認する気力はもう・・ボクにはなかった。
魔力切れ・・体力の限界、高所にいる事の恐怖。
何より制御できていないグリフォン。ボクをどこかに連れて行くつもりなのだろうか。
意識が飛びそうになりながらもグリフォンにしがみつく事しかできなかった。
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