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サンダーランド王国編

防衛戦  ~フレーザー侯爵の覚悟

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 フレーザー侯爵は城塞を取り囲むカゾーリア王国軍を睨んでいる。
 周囲をびっしりと囲み虫一匹も逃がさない包囲になりつつある。
 しかし最後の退却路はまだ包囲されていない。

 撤退するなら今が潮時だ。
 とはいえ簡単な撤退ではない事は確かだ。撤退時に敵の追撃を受けた場合は半分以上の兵を失うであろう。これはチェスターの見積もりであった。
 それ程に自軍と敵軍の数の差は明らかである。

 懸念されていた二十万という動員はされなかったが五万程の大軍で攻め込まれている。こちら側が準備した兵数は二万満たない。
 しかも各砦に配置したため、この城塞には寄騎の兵合わせて七千程度である。だが鉄壁を自負している城塞だ。このまま防戦に徹すれば持ちこたえられる予定であった。

 しかし寄騎の一家がカゾーリア王国に完全に寝返るという事件が発生する。

 領地に置いたままだと叛乱を起こす可能性を考慮した。結果として監視できる戦場に招集したのだ。それはトラジェット家であった。
 カゾーリア王国の計略なのかトラジェット家が裏切る想定はフレーザー侯爵になかった。
 そもそもカゾーリア王国は代々計略は好まない。当代の国王も計略を好まないと事前調査済みであった。裏切りの調略など想定外である。

 トラジェット家当主スチュアートは城塞の外壁を守る扉を中から破壊する。殆ど防戦もせずに敵軍の侵入を許したのだ。スチュアートの軍勢はそのまま敵軍の中に消えていった。
 外壁を突破されないのが防戦の前提でもあった。最早もたないかもしれない。

 他の砦に撤退指示をしたのは僥倖だったとフレーザー侯爵は思う。
 撤退した兵を再編成させ救援の軍を待つ。その間自分達は城塞の防衛に集中し敵軍の進軍を止める。
 既にハトを使って諜報員にも指示をしている。王家に救援の一報を送らせるのだ。この危機に王家が動かないとは無いだろう。
 
 初期段階として打てる手は打った筈だった。
 だが、トラジェット家の裏切りで綻びがで始めた。一番外の外壁を占拠されては長く持ちこたえる事は難しい。外壁部は三つの区画に分けている。一番重要な門を守る区画を奪われてしまったのだ。
 いずれ他の二つの外壁部の区画も奪われるだろう。ここを奪われると撤退は不可能となる。
 しかしフレーザー侯爵含め誰も撤退する意思は既に無い。カゾーリア王国に領土を渡す気持ちは一片も無いのである。
 城塞には主力軍である第一軍団がほぼ残っている。二の砦にいたはずのジェフまでが兵を連れて戻ってきたのだ。
 当然厳しい叱責をしたがジェフ本人はどこ吹く風である。自分の主はフレーザー侯爵以外にいない。追い出すなら自害するとまで主張されれば折れるしかなかった。
 ジェフはフェリックスと一緒に撤退すると指示した事については後で厳罰を受け入れると言う。本人は豪気に如何様にでも処分して欲しいと。但し、この戦が終結した後にと吠える事も忘れていない。
 フェリックスはすぐさま撤退させたというから安全に撤退できたのであろうと思うしかなかった。
 しかしその後の戦場の変容に驚かざるを得ない。

 そもそも前兆はあったのだ。

 常に激しく流れを絶やさないレッドリバー河の流れに変化があった。早朝からせせらぎ程度の流れになったのだ。その影響で敵軍五万の一斉渡河を許してしまったのである。
 この時に気づくべきだったのだ。レッドリバー河上流部で何かが起こっていると。
 可能かどうかは別として敵軍はレッドリバー河上流で水の流れを堰き止めたのだ。堰き止めた流れは別の方向に流れ込む。撤退路ともなっている隘路方面を水浸しにしてしまったのだ。否、川になったのだ。
 レッドリバー河北岸全域にもその影響は及ぶ。水が様々な方向に流れ砦間を分断していく。なかには完全に水に埋没した区画まである始末だ。仮に城塞から撤退しても退路は塞がれたに等しい。

 早急な援軍が到着する可能性も無くなったのである。
 ここに至っては敵軍の数を減らす。もしくは長期間防戦して敵軍が撤退するまで絶え凌ぐ。
 救援の見込みがない戦いに移っていったのである。
 
 
「敵軍には不思議な術を使う者がいるようですな」

 フレーザー侯爵が声のする方向に顔を向けるとスキンヘッドをテカテカと光らせたチェスターが物見台に昇ってきたようである。この場にそぐわない高い声がひときわ目立つ。
 
「そうだな。物見の報告を聞いて昇ってみたが。あれは生き物なのか?」

 フレーザー侯爵は顎で話題の箇所を指し示す。そこには骨格ができた物体が多数存在している場所だ。チェスターも同意するように頷く。

「不明です。動いているから生き物と特定しても宜しいような。骨ばかりの体で生きていると言えるのか。魔物でも拙者の記憶にはありませんな。ですが何らかの目的で整然と動いているように見えますぞ。本当に不思議な物体ですな」
「物体か。確かに物体としたほうが得心がいくか。しかしカゾーリア王国は方針を変えたようだな。奇妙な目の前の物体を使う。戦場を水浸しにした周到に準備された戦略。以前もそうだが現国王の考える事ではないな」
「その通りですな。知恵者がカゾーリア王国にいるのでしょうな。未知の技術までもっているようで」

 想定外の状況にフレーザー侯爵達の内心は穏やかではない。敵は奇妙な物体を軍勢に加えている。他にも未知の戦術を備えている事を考慮すべきだと考えている。
 
「我らはどこまで持ちこたえられると思うか?」
「食料の備蓄だけですと五千程の兵を四十日は賄えますな。切り詰めれば六十は可能かと。外壁は奪われましたが中のほうが固いですからな」
「兵力はどうだ?」
「奇妙な物体の強さが分かりませんな。ジェフも道中で遭遇しなかったと申しております。城門での戦闘はカゾーリア王国の兵のようですから。攻撃を仕掛けるにも連中は周辺を囲んでいるだけで動いていませんからなぁ」
「数合わせの人形だとすれば実質二万か。・・停戦交渉は探れないか?」
「カルデナス将軍が寄せ手の指揮官となってるようで。接触はしました。ですが交渉の席は無いそうで。敵軍の指揮官が我らの全滅を望んているらしいのです」
「指揮官がカルデナスでないのか?国王の出陣は無いと聞いているが。一体何者だ?」
「そこについては沈黙でしたな。信頼はしていない雰囲気ではありました」

 チェスターは淡々と答える。交渉の余地が無いとは思っていなかったのだ。籠城時には交渉をするのが通例だ。それが通じない相手が指揮官というのも想定外ではある。
 一体何者なのか?
 フレーザー家で通常通りの戦争準備しかしなかった。敵の現状を把握できなかったからだ。カゾーリア王国に送っている諜報員からの報告にもなかった。
 指揮官に指名されるまでの人物であればなんらかの報告はあるべきではある。カゾーリア王国の情報隠蔽が勝ったのか。諜報員の怠慢なのか。いずれにしても気づけなかったのだ。
 おそらく骨の奇妙な物体は新しく任命された指揮官の策であろう。そこまでしか推測できない。具体的な対案が思いつかない。チェスターもお手上げのようだ。

 既にフレーザー家は死地に踏み込んでいる。
 レッドリバー河の北岸は敵軍の策略で隘路の道を絶たれている。
 他の砦の軍団は撤退すら困難であろう。隘路への道を絶たれたからだ。且つ、領都からの救援も望めない。
 城塞に籠っている七千人で五万を退けないといけないのだ。

 後継者指名をしたフェリックスは逃げられただろうか。身の安全を保障するために戦場に同行させたのだが裏目に出てしまった。

「・・フェリックスは無事に撤退できたであろうか?」
「正直に申し上げて難しいかと。我が軍は敵軍の策に乗せられてます。いまだ戦場にいるのではないでしょうか。ですが、この場にいるよりは安全でしょうな」
「フッ。確かにな。ジェフが一緒にいないのが厳しいな。ジェフがいれば危険度も下がったろうに。なぜフェリックスに同行しなかったのか理解に苦しむ」
「ジェフもこのようになると想定できていなかったのでしょう。我らもこの謀は見抜けませなんだ。それよりも忠誠心の方が勝ったのでしょう。自分の主は閣下だけだと」
「ならば命令をきちんと遂行して欲しいものだが。仕方ないか」

 チェスターが何かを言おうとしたときに眼下で異変が発生する。
 それは争いの音である。
 自軍の兵が争っているのかと異変の先を見ると・・。

 フレーザー侯爵達が奇妙な物体と命名した異形の骨が現れているのである。突然出現したのか自軍の兵は混乱の最中にある。統制が取れず散り散りになる。これでは規律が保てない。

「閣下・・。敵軍に外壁内の一部は奪われました。ですがそこから内側の侵入は許しておりません。しかし・・これは・・・」

 流石のチェスターも言葉が続かない。
 フレーザー侯爵も同様だ。

 奇妙な物体はどんどん増えている。混乱はどんどん広がっている。
 
 どうしてこのような事が実行できるのか?

 戦術が全く読めない敵との会戦。
 どのような手段で侵入できたのか皆目見当もつかない。突然湧き出したという表現が適切なのだろうか。
 外壁を囲んでいる奇妙な物体が全て城塞内に侵入できるのだとすると。

 防戦は不可能のように思えるのであった。

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