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サンダーランド王国編
むずかしい判断ではあるけど
しおりを挟む呆然としたまま目の前の水の流れを眺めている。
・・一体何が起こったんだ。
隘路はボクがいる崖上から四十メートル下だ。ついさっきまで道だった。それが川になっている。撤退している人達は・・・流されてしまったのか人影は・・見えない。
流れ出してきた濁流は隘路を流れ領都方向に激しく流れている。
・・ボクはこの近辺の地形を思い出す。この地に来たのは今回が初めてだ。隘路は真っすぐではなく微妙に曲がりくねっていた。足元も他の道と較べると砂利が多かったような気がする。
もしかしたら昔はレッドリバー河の支流だったのかもしれない。川の流れが変わったのか。人力で流れを止めたのか。
ここの上流にはレッドリバー河がある。そこからこの濁流が流れ込んできたのだろうと思うしかない。
いけない!
近くの兵達が狼狽えている。原因を探るより現状をなんとかしないといけない。・・考えるんだ。
下に降りて助けようにも水の流れは一向に衰えない。下に降りても流された人達の救出は・・無理だ。巻き込まれずに近くに立ち止まっている。どうして良いのかわからないのだろう。
彼らに声を掛けようにも遠く離れている。川幅は五十メートルはあるだろう。水の流れもうるさく声は届かないだろう。どっちにしても彼らは領都に向かえない。
唯一の道が川になってしまったから。
・・撤退を許さない。この濁流も敵軍の作戦の一つであるとすれば・・殲滅を狙っているのか。
確か撤退はもう無理だ。この周辺の地形に詳しくないけど主要な道はここしかない。いくつかの集落につながる道はあるみたいだけど。領都への道はここだけだ。
実際にボクは向こう岸に渡れない状況だ。撤退している彼らに何もできない。先乗りして高台の安全確保をしようとしたから荷物は持っていない。それはこの高台に残された兵全員が同じだ。その数も五十人いるかどうか・・。
護衛の騎士がボクに恐る恐る声をかけてくる。
「次期様。どうされますか?この水の流れで我々は完全に分断されました。撤退すら難しいと思います」
一応ボクを立ててくれているらしい。気づいたら 高台に残された兵がボクの近くに集結している。・・この中ではボクが一番上という事か。フレーザー侯爵軍は規律が守られている。彼らも不安で仕方ないだろうに。
・・頑張らないと。
「濁流の向こうに渡る手段を誰か持っているか?もしくはこの流れを止めるか無くす手段がないだろうか?」
声は思ったほど震えていない・・と思う。ボクはこれから残酷な決断をする必要がある。
ボクの質問に答えられる兵は誰もいないようだ。ボクも川向こうに渡る手段が無い。水の流れが止まって自然に引くのを待つしかないのが結論だ。それ程流れは止まらないし、強い。
「ならば、この高台から領都に向かう道を知ってる者はいるか?」
これも誰も答えられないようだ。そもそも質問に答えられる程ボクの周辺にいる兵の練度は高くない。第一軍団ではあるけど、ほぼ新兵なんだ。おそらく領都周辺にしか駐屯していないのだろう。そんな彼らだから先に撤退させたともいえるのだけど。
「この周辺の土地を少しは知っている者は?」
これには一人手を上げてくれた。聞けば近くの村の出身らしい。レッドリバー河下流のっ村だからそんなに詳しくは無いと言われたけど。
この兵に周辺の地理を確認する。
領都に行く道は川にされた隘路以外にもう一つあるらしい。兵の村の近くに獣道のような細い道があるらしい。人一人がやっと通れる道幅でかなり遠回りになるから地元民しか知らないそうだ。
つまりレッドリバー河岸の兵に気づかれない道を探し横断するように下流部に移動しないといけない事になる。
それじゃ、どうやってレッドリバー河岸に移動するかとなると・・。目の前は川になった隘路に防がれて移動ができない。
今いる高台はかつて狩人の小屋があったらしい。高台を少し西に下ると森につながるそうだ。狩りをして肉を燻製にしたり皮をなめしたりの加工場所だっとの事。
その小屋は今は無い。獲物を得るのが難しくなったのと、稀に魔物が出るとかで安全に狩りができなくなったからとか。
魔物か・・・。それはちょっと不味いんじゃないか。だから森周辺は近づくなと言ったのか。
その森は北、西、南をレッドリバー河に切り取られるように囲われている。結構広い森だ。陸に続く東側はこの高台やレッドリバー河岸のみとの事。
この高台も広くはない。見た目で分かる。道は森側しかないのは明らかだ。森から河を渡れないかと聞いたのだけど。
レッドリバー河はかなり上流にいっても船でも渡る事は難しいらしい。上流に行きたくても、この森の上流からは山に遮られたり、起伏が激しいため誰も行かないとの事。
どこに出るのかも分からないんじゃ無理だな。
目標の森については外側からしか見た事がないそうだ。入ってみないと分からないって事だ。
どうするか・・。
フレーザー侯爵の指示を再び考える。
各砦の兵をまとめ後退。敵軍から領都を防衛。
これらを全く達成できない状況だ。他の砦どころか、このままではジェフに合流すらできない。ボク達は取り残されているんだ。
できる事は限られている。
ボクは兵達を見る。
「森に入ろう。なんとかしてレッドリバー河岸に戻る。もしかしたら四の砦の部隊と合流できるかもしれない。向こうも撤退の指示を受けている。ここで待機していても誰も助けてくれない。進むよ」
全員不安そうな顔になっている。それはそうだろう。敵襲を受けているレッドリバー河岸に戻るんだ。逃げられたのに敵中に突っ込むのは嫌だよなと思う。ボクだって選択したくない。
ここにいても見捨てられるだけだ。食料を全く持っていないボクらは待機していても生き残れない。森に入るしかない。
ボクが先頭になると宣言をする。
ゆっくりと森へ馬を進める。
レッドリバー河岸に目を向けると敵軍の渡河は殆ど終わっているのが見える。とんでもない数が河を渡ったんだ。
三と四の砦はここからでは見えない。
二の砦は激しく燃えているのが見える。
・・・城塞は狼煙以外の煙が広がっている。所々炎が見えるような・・・。敵軍は城塞を囲むように集結中だ。
フレーザー侯爵は撤退しているのだろうか。城塞に籠ったままだと・・。
今のボクには何もできない。森に入り撤退するルートを確立するのが役目だ。
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