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サンダーランド王国編

敵襲

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 カン!カン!カーン!カーン!

 鐘の音で目が覚める。
 噂の魔物が現れたのか?
 完全に不意をつかれた。昨日戻ってから眠るのが遅かったし。
 慌てながら寝台から転がるように降りる。ここは戦場だからパジャマなんか着ていない。傍らに置ている鎖帷子を着用している時にノックが聞こえる。
 起きている旨を告げると騎士が入室してくる。昨日の護衛の一人だ。既に鎧まで装着している。もしかして起きていたのか?と、聞く前に報告が入る。

「敵襲です!敵軍が大軍で河を渡っています!早く準備を!」

 え?
 魔物じゃない?
 敵?・・カゾーリア軍が来たって事?
 カゾーリア軍が河を渡っている?

 え?

 言葉の意味がまだ分からない。
 河を渡っている?渡るといったって・・・。
 昨日の夕方には対岸に船は全くなかったぞ。いつ船を準備したんだ?
 疑問に思いながらも護衛の騎士はボクの鎧装着を手伝ってくれる。ボクは一人ではまだ鎧の着付けが上手くできない。
 その間に激しい足音とたたき割りそうなノックがする。返事をする間もなくドアは開く。
 ・・ジェフだ。表情は幾分緊張しているようだ。その表情だけで緊急である事が分かる。
 一体何が起きているんだ?ボクと目が合った事を確認して説明を始める。

「敵軍が全軍投入して河を渡っている模様です。何故か馬や徒歩で河を渡っております。原因を調べる事は無理ですが河の水量が減っているようで。四地点に限らず渡れる地点から渡河を始めています」
「それって他の砦も見えているよね?どう対応しているんだろ」
「攻め手の音声がうるさいので鐘の音は遠くの砦からはきこえませぬ。当然敵襲には気づいているでしょう。ひとまず防衛に徹する筈です。状況判断は必要ですが我らも防衛に専念ですぞ」

 鎧の装着が終わり刀を背負う。腰には大剣を差す。兜は護衛が持ってくれる。この砦の名目上の主はボクだ。皆ボクに集まり防衛にあたる。状況を確認するため廊下から櫓への階段を昇る。


 櫓に昇る。物見台からレッドリバー河を見る。

 ・・・凄い事になっている。

 確かに・・・昨日まで対岸に陣取っていた敵軍がこちらに向かって進撃している。河岸も昨日より後退しているのは目視でも分かる。水は減っているのは確かだ。疑問は確かに後回しなのかな?
 皆に聞いている感じだと水量が増える事はあっても減る事は過去になかったそうだ。だからレッドリバー河が国境になり得るのだ。
 渡河しているいくつかの箇所で敵方の兵が水に流されているのが見える。水量は減っているけど流れはそれ程ゆるくはないらしい。だけど足が河底についているようだ。歩ける程の水量である事は確かのようだ。
 時間はかかるかもしれないけど、それ程の損耗無く河を渡り切るだろう。このペースだと二針(2時間)はかからないかも。

 五万の兵が一斉に向かってきている。過去から今に至るまでこの光景を想像できた人はいないだろうとジェフは言っていた。ボクも同感だ。この大軍を一斉に渡らせる船は無いのだから。
 守るこちらは二万も無い数だ。それも四つの砦に分散している。ボクが守る二の砦は五千人程だった筈。敵全軍に一斉に襲われたら砦を守りようがない数だ。

 現在敵は横に並んで進軍している。どこを狙って進撃しているのかという狙いは見えない。これは対処が難しいのでは?

 各砦の連絡はどうなっているんだ?
 フレーザー侯爵からの指示はあるのだろうか?砦単位で防衛なのか?

 考えが纏まらない。

「若。敵の狙いがはっきりしない以上、砦単位で防衛が基本です。ですが数が多すぎますな。対処は色々考えられるのですが・・ここは閣下の指示を待ちましょう。どのみち河岸で迎撃は数で負けているから無理です」
「今までこの数を防衛した事は無いって言ってたよね。本当に大丈夫なの?」
「正直申し上げると絶対は無いですな。三つの砦は放棄して閣下のおられる城塞で防衛が宜しいでしょう。ここを含めて砦は焼いて破棄ですな。その間に周辺を巡回している第三軍団に連絡を取り敵の背後をつくか、敵の王都を狙わせるかが戦術ではありますが。さてどのような采配が来ますかな」

 厳しい表情ではあるがどことなく嬉しそうなジェフは言う。毎日防衛は自分に向かない。敵陣に突撃したいと言っているんだ。ジェフの望んだ状況ではあるのだろうけど。あまりにも不利過ぎる。
 そこへ物見台の下から報告がくる。
 
「オールドフィールド副団長!本営から早馬が来たようです!」

 それを聞いてボクは城塞方向に目を向ける。城塞は二の砦から近い。五百メートル離れているかの距離だ。
 ・・確かに騎馬がこっちに向かっている。兜に白く長い羽飾りをつけている。それは指令を伝える早馬の印だ。他の砦にも出ているのだろう。もう一騎の早馬が遠く見える。あれは四の砦に向かっているのか。
 
「若!拙者は早馬の伝令を先に確認してきます!若もゆっくり来てくだされ!」

 言うなりジェフは階段を駆け下りていく。体力で劣るボクは全力で追いかけようにもついて行けない。基本スペックが違うから置いていかれる。敵軍の咆哮が徐々に大きくなってきてる。

 ・・交戦は近い。

 三と四の砦は河岸にとても近い。そこが真っ先に会敵するだろう。フレーザー侯爵が籠る城塞は河岸と離れている。だけどボクがいる二の砦よりは近い。この砦が交戦する時間が一番遅いと思う。
 だから逃げるなら今の内という事にもなるのだけど。ここにいる面々は逃げる事を考えていない。第一軍団の半分くらいの兵がここに籠っている。ジェフの指示の元で戦意旺盛だ。
 頼りになる面々だ。でも今は逃げた方がいいのではないかと思う。数があまりにも差がありすぎる。
 小競り合いに近い交戦は敵方が小船で渡河してきて戦うのが主だ。多数の小船を使っても一度に渡れるのは千人に満たない。だから各砦で対処できているのだ。でも今は数が違い過ぎる。

 勝利はかなり難しいと思う。退却して敵の補給線を断ち切ってから戦闘したほうがいいんじゃないかと思うのだけど・・・。司令官はフレーザー侯爵だ。ボクが判断できる事じゃない。

 物見台を降りかけた時に別の鐘の音が聞えた気がする。足を止め、音が聞えた方向を見る。護衛の騎士が戸惑っているようだけど。聞こえた音が間違いないなら非常にマズイ。

 ・・カン・・カン!・・・・カン!カン!・・・カン!カン!カン!・・・

 カン!カン!カン!カン!

 カン!カン!カン!カン!

 え?
 あの音は敵が砦内に侵入した時の鐘の音だ。一番遠くまで音が届く鐘を使う。だから、なんとか聞こえたのかも。
 これって・・交戦開始の鐘の音だ・・。

 あの方向は・・。
 そして、その櫓からは白煙が立ち上がっている。これは狼煙だ。

 護衛の騎士も驚いているのが分かる。何かモゴモゴ呟いているけど言葉になっていない。信じられないのだろう。

 そう。ボクだって信じられない。

 まだ敵は河を渡っている最中だ。
 それなのに・・
 それなのに・・何故フレーザー侯爵が籠っている城塞が交戦中なんだ。

 しかも・・あの狼煙は・・・敵が城塞へ侵入した事を知らせるものだ。

 この砦にはまだ敵は接近すらしていない。河に目を向けても軍勢は相変わらず河を渡っている最中だ。

 なのに城塞は交戦中?

 一体何が起こっているんだ?


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