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サンダーランド王国編

後継問題 ~スチュアート・トラジェットは思う

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 スチュアート・トラジェットは若くしてカーライル地方の領主になった。
 先代当主であったスチュアートの父が体調を崩したからだ。
 もとのように回復するのは難しいと医者に判断された。結果、当主の地位を息子であるスチュアートに任せる事にしたのであった。
 事情が事情である事。カーライル地方が特殊な地域でもある事。等々が考慮され、スチュアートが次期当主になったのである。
 王家への申請も簡単に完了した事については気味が悪い程スムーズでであったと先代当主は零していた。
 その事をスチュアートは人伝てに聞く。
 スムーズな継承についてはスチュアートの弟であるウィンストンの策略だった。
 父がそれを知る事は今後もこれからも無い事をスチュアートは確信している。
 こうしてスチュアートは実権を握ったのであった。

 実権を握ってからはスチュアートは思うままに力をふるった。
 フォレット家から半ば脅迫するように妻を迎える。これは武術家の血を家に取り込むためだけの目的だった。
 更に側室も迎えより多くの一族を増やそうとしたスチュアートであった。
 しかし、産まれたのは正室であるフォレット家の娘からだけだった。その娘が死んでから数年経過するが現在においても子供は二人のみである。
 スチュアートの悩みの種でもある。
 自分はまだ若い。今後も子供が生まれる可能性はあるだろう。
 最終的な後継者はその時に決めればよい。
 と、思って引き延ばしにしてきたのだ。が、さすがに引き延ばせなくなった。

 貴族には後継者となる子供がいる場合は早めに後継者を決めないといけない。伯爵であるスチュアートも例外ではない。
 子供が無事に6歳まで成長すると周辺領主含めたお披露目をする必要がある。自家に後継者が存在していると宣言する儀式でもある。暫定でも後継者として指名するのだ。
 従って余程の事が無い限り年長の子供が最初の後継者になる。

 スチュアートは子供が二人いる。一応正室であるフォレット家の娘が母である。
 一人はフェリックス。今年8歳になった。
 もう一人はスタンリー。今年で6歳になる。

 実はフェリックスのお披露目は未だに開催していない。表向きの理由は正室の喪に服すという理由だ。
 この理由はかなり苦しい。通例では長くて半月だ。四年も喪に服す事など常識的にはありえない。その事をスチュアートは充分承知している。
 それでもフェリックスのお披露目は行っていなかった。

 そうできない”わだかまり”がスチュアートにはある。

 ”わだかまり”という簡単なものではない。
 ある種の疑いを持っているのだ。
 それを確認する手段を現時点で無い。従ってこの思いはくすぶったままなのである。
 

 6歳になるスタンリーのお披露目は近い。既に周辺貴族にも招待を出している。今更取り消しはできない。するつもりもない。
 ここで後継者を宣言する腹づもりなのである。

 このお披露目はスタンリーをメインとして開催する。当然出席させ内外的に後継者と宣言するつもりだ。
 フェリックスは遅れた発表とし、最低限で済ませる。本人も出席すらさせない病弱等適当な理由で後継対象外を匂わせるつもりだ。
 これでスタンリーを次期当主と認識させられるだろう。
 この後継者の認識のすり合わせを今回行うのだ。
 遠征帰りの疲れはあるが今日を逃すと機会を失うかもしれないとスチュアートは判断したのである。

 執務室に来たのは三人だ。この三人を抑えておけば家の運営はスムーズにいく。

 次期執事となるウィンストン・ファレル。スチュアートの血を分けた弟でもある。当主代行の権限も与えている。
 騎士隊長であるハンフリー・リドル。トラジェット家の縁戚であり、スチュアートの意向に従う姿勢を見せている。
 腹心でもある二人はスタンリーを次期当主に据える事に賛成をしている。何の問題もない。

 残った一人が問題だ。
 先代当主から仕えているクリフォード・ブラックバーンだ。トラジェット家の現在の執事でもある。気に入らない事に先代当主の親友でもある。
 職位柄クリフォードは屋敷内の使用人を掌握している。早々に解雇してもよかったのだが、そうすると屋敷内の運用ができない。使用人達のクリフォードに対する信頼は高い。
 簡単には解雇できない。仕方なく執事の職を継続させている。来年には執事の座を譲ると誓約させている。しかし、それは来年だ。
 少しづつではあるがスチュアートの息がかかった使用人も腑やしている。しかしなかなか定着しない。大多数はクリフォードに従っているのである。
 このクリフォードは長男であるフェリックスが次期後継者になるべきと主張しているのだ。

 この場でスタンリーを次期当主にすることは決定事項と宣言する。今後使用人達もそのように振る舞うよう指示する。スチュアートはこれを確定するつもりなのだ。
 現状の空気感では上手くいきそうもない。
 クリフォードはいつもの厳しい目でスチュアートを見ているのだ。
 スチュアートはこの目が苦手であった。幼少の頃より執事であったクリフォードに当主の心得とばかり厳しい教育を受けたのだ。
 優しく教育された記憶が全くない。トラウマに残っている程の恐怖心も残っている。今も内心の怯えを隠して対峙しているのでは上手くいくはずもない。

「呼んだのはお披露目の件についてだ。スタンリーのお披露目だ。そこでスタンリーを次期当主と宣言するつもりだ」
「成程。若様・・フェリックス様を差し置いて次期当主にすげる理由は何かありますかな?」

 クリフォードは鋭い銀色の目を一層鋭くしてスチュアートを見る。変わらず苦手が残っているスチュアートはやや青ざめている。そして言葉が継げなくなる。
 それを見て次期執事であるウィンストンが出てくる。こちらは緊張感はそれ程ない。厳しい教育を受けていないからだ。

「まず、フェリックス様はお披露目をしておりません。また、8歳となり既にお披露目の年齢を超えております。なんらかの理由があったにしろ次期当主の権利は失ったと我々は判断しております」
「ふむ。それが次の執事となる其方の判断なのか?その判断は誠にトラジェット家のためを思って申しておるのか?」
「勿論です。我々はスタンリー様こそが次期当主に相応しいと考えてます。これは騎士隊の総意でもあります。勿論分家である我がファレル家も同様です。更にハンフリー隊長のリドル家も・・」
「それ以上は宜しい。それ以前に大事な事を忘れておりませんか?」

 やや強めの声でクリフォードは一括する。それに気圧されたのかウィンストンも言葉を続けられず沈黙する。
 ハンフリーは数合わせで参加しているだけだ。弁論は立たない。それでも自分達が気圧されているのだけは感覚として分かる。
 クリフォードは執事ではあるがトラジェット家では一番強い事を知らぬ者はいない。武を一番とするトラジェット家の家訓であれば強い者の言が優先される。
 クリフォードの意見は無視する事ができないのだ。
 
「・・な、何か言いたい事があるのか・・。何を言っても考えは変わらぬぞ」
「そのお考えを先代ご当主に細かに報告し納得させられましたか?代替わりの際に誓約した事をお忘れか?次期ご当主を決める際には先代にきちんと相談すると」
「・・う、ぐ。だが父は隠居して別の土地で暮らしている。この屋敷にはおらぬ。相談しようもない」
「訪問すればよいではないですか。更に亡くなられた奥様にも誓約されましたな?若様を、フェリックス様を次期当主にすると。それに相応しい教育も受けさせると。若様は順調に教育をこなされてますぞ。反対にスタンリー様は必要な教育も受けておりませぬ。この現状で何故次期当主と判断なされるのか?」
「・・・」

 言いくるめるつもりが逆に誓約を果たしていないとなじられてしまうスチュアート達。
 騎士にとって誓約は大事である。約束をまもれぬ者が何をもって信用を得られるのであろうか。
 この場での話し合いではスチュアート達に勝ち目はなさそうだ。

 追い込まれたスチュアートは思わぬ事を口走る。かねてからくすぶっていた疑念が表に出た瞬間であった。

「フェリックスは本当に権利があるのか?あの者が誠に俺の子だという確証があるのか?そんな子供をトラジェット家の跡取りにはできない」

 クリフォードは片眉を僅かに跳ね上げる。心底呆れたような表情をスチュアートに向ける。

「本気で奥様が不貞を行っていたと?そのような発言をする以上根拠はありや?何の根拠もなければスタンリー様もご当主の子供でない可能性も否定できますまい」
「スタンリーは俺の子供だ。顔の形もそうだが、髪や目も俺と同じブラウンだ。逆にフェリックスは俺に似ていない。似ているのは髪の色だけだ」
「それだけを根拠に?髪の色他は奥様の外見を引き継がれたと思われぬのか?若様の気質は先々代によう似ておると小生は思いますがな。とれも利発な方ですぞ」
「フェリックスの生年を考えてみよ!俺に嫁ぐ前に既に身籠っていた可能性はあるはずだ!そもそもあの者は生娘ではなかったのだぞ!」
「何故それを奥様に確認されない?夫婦間の事であればお二人で解決すべき事では?勿論、奥様は否定されましょうがな」

 とんでもない事を言いだすスチュアートにアップルトンとハンフリーは驚く。
 まさかそこまで疑念を抱いていると思って無かったのだ。
 彼ら二人の認識は扱いづらい賢いフェリックスより、単純で扱いやすいスタンリーが次期当主になってくれたほうが将来が操るのが楽になるからだ。

「う・・ぐ。・・しかし本当にそうだと証明する手段がない。無い以上容易に認める事はできない」

 なおも抵抗するスチュアート。
 フェリックスに対するスチュアートの屈折した態度の根本はこの疑念にある。日々の冷たい態度もここに原因がある。
 本当に自分の子供であるのか?という疑念が拭い去れないのである。
 スタンリーは婚姻してから数年経過してからだ。確実に自分の子供と言い切れる。外見も自分に似ている。疑う気持ちは微塵も無い。
 逆にフェリックスはどこか冷めた態度でスチュアートに接してくる。それが亡き妻に似ている。近寄りがたい気持ちも疎ましく思う原因でもある。

 奪うように婚姻を結んだため。正室のブレンダとは亡くなるまで心を通わせる事ができなかった。
 それを踏まえるとスタンリーも本当に自分の子供かと疑う事もある。それはさすがに疑いすぎかと否定している。


 結局の所、スチュアートはクリフォードを納得させる事ができなかった。
 更に頑なにしてしまったような状態にしてしまった。大失敗である。
 加えて父親に次期当主についての承認を受けないといけないという課題を与えられてしまったのだ。
 これではどちらが当主かは分からない。

 スチュアートには強い態度に望めない人物が何名かいる。
 何人かは既に故人になっている。が、目の前のクリフォードは未だに健在だ。

 スチュアートは屈辱感を感じていた。
 今回の件に限らずクリフォードには今後大事な相談はできないと認識したのであった。
 早めに執事の交代を実現するべきだと考えているのである。

 この事が今後どのように左右するのかは・・まだ誰にも分からない。
 
 
 
 

 
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