上 下
7 / 94
サンダーランド王国編

スチュアート・トラジェットはトラジェット家の当主

しおりを挟む
 僕がこの世界での暮らしを始めてから数日。
 いよいよ来るべき日が来た。
 と、いうか過去の経験から下手な事はしないで、今まで通りに振る舞うのが無難だと思う。
 昨日、先触れが来ていたから心の準備はできている。

 遠征で屋敷を不在にしていたスチュアート・トラジェット。
 トラジェット家の当主が帰還するのだ。ついでにボクの父でもある。

 帰還の挨拶にちょっとだけ顔を出せばいい。それさえこなせば問題無しだ。
 そんな気持ちで屋敷の玄関口で帰還を待っている。
 スタンリーとアップルトンの二人はボクの横に陣取っている。
 この場合、本来は長男であるボクの前や隣に並んではいけないらしい。
 最初はボクの目の前に陣取っていたんだけど、クリフォードに指摘されると。ならばと強引に横に並んできた。
 と、いうかアップルトンはスタンリーの従者とはいえ、この場合はもっと後ろで控えているべきなのだ。
 クリフォードはそう指摘したのだけどスタンリーの我儘が発動。アップルトンが横に控える事になったようだ。
 この辺の事情を知っているクリフォードはこれ以上指摘はしなかった。
 そのクリフォードやクレア、他の使用人達はずっと距離をおいて後ろで控えている。
 他の貴族がこれを見た場合は変な家だと思うのは間違いないとクレアが言っていた。
 目の前の砂埃がたつのを眺めながらボクは思っていた。
 あ~面倒だな。

 砂埃は馬が巻き上げているものだ。トラジェット家の騎士隊が戻ってきたのだ。
 そこから一騎駈歩で近づいてくる。ボク達の前でピタリと止まり大音声で告げる。

「ご当主様!ご帰還!」

 父が戻って来た。
 騎士隊は五十騎程か。遠征時は二百騎程だった。
 周辺警戒や怪我人等があるので全部戻ってくるのは数日かかるらしい。
 豪華な馬装の馬に動けるのか分からない重厚できらびやかな鎧を装備した騎士が見える。
 あれじゃ戦闘に向かないよなぁ。騎士達が優秀だからいいのだろうけど。
 他の騎馬は離れて停止して下馬する。
 派手な騎士はボク達の目の前に近づく。ボク達は挨拶をする。
 一応長男であるボクが声を掛けるのだけど思った通りスタンリーが先走る。
 ・・本来は騎馬が停止してからなんだけど・・・。

「父上!ご無事のお戻り。スタンリーは嬉しいです!」

 騎馬はまだ止まっていないので馬装のジャラジャラした音がうるさい。
 スタンリーの声は聞こえているんだろうか?
 ま、父にはそれは重要じゃないんだろうけど。

「おう!スタンリー!元気そうだな!父は無事に戻って来たぞ!」

 馬を停止し、ガシャリと金属音うるさく下馬しながら喚く。
 日々体は鍛えているから重たい鎧も気にしない筋力がある。
 日焼けで無精ひげを蓄えた顔は山賊といっても通用しそうな気がするなぁ。
 とりあえず挨拶をしないと。

「無事のご帰還おめでとう・・」
「出迎えご苦労!皆業務に戻れ!」

 全部言わせないのかよ・・・。
 ボクの背後では緊張した雰囲気が伝わってくる。そりゃそうだ。儀礼を全く守ってない。
 トラジェット家・・特に現当主になってから、こんな事は多い。
 スタンリーは素早く父の元に向かい何やら話をしている。
 スタンリーを見るブラウンの目は優しい。ボクをチラリと見た目はいつも通り厳しいんだけどね。
 
「クリフォード!留守中問題はなかったか?」

 ボクを完全に無視して後ろのクリフォードに声を掛ける。ま、クリフォードが責任者に任命されていたからね。
 クリフォードの内心は分からないけどいつもの口調で返答する。
 
「特にございませんな。魔物討伐はつつがなく終了されようございました」
「あの程度なら問題ない。エイブラムの見立て通りだったからな。近隣の村の柵が多少破損した程度だ」
「それは何より。長い遠征でお疲れでしょう。ゆっくりお休みください」
「ああ、その前に例の件を実施するぞ」
「例の件?はて・・なんでございますでしょうか?」

 クリフォードは首を少し傾けながら父に確認する。ギリッと歯ぎしりが聞こえそうな程噛みしめている父。その表情は怒っているようだ。
 ボクには例の件の意味するところは分からない。どうやらクリフォードは惚けているのかもしれない。

「執務室に来い!そこで話す。ウィンストン!お前も来い!」

 待機していた騎士隊の中から痩身の男が出てくる。来年あたりから執事職をクリフォードから引き継ぐウィンストンだ。
 騎士隊の鎧はある程度体格に合わせられるけど、それでもぶかぶかな感じがする。痩せすぎなんだよね。剣の腕は全くダメらしい。
 父は荒々しい足取りで屋敷の中に入っていく。ウィンストンは小走りにその後をついていく。
 なぜかスタンリーとアップルトンもついていく。君達呼ばれてないよね・・。
 それを眺めるボクは溜息をつく。しばらくは息苦しい生活が続くかぁ。救いなのは顔を合わせる機会が少ない事だ。

「若様。後程執務室に呼ばれると思いますので遠出等は控えて頂きますよう。歓迎すべき話題ではありませんが我慢ですぞ」

 身をかがめてボクに聞こえるようにぼそりとクリフォードが伝えてくれる。

「・・うん。分かった。それじゃ自分の部屋で待っているよ」

 軽く頷いたクリフォードは立ち上がって執務室に向かって行く。
 それを見送りながら”例の件”について心当たりがあるボクは軽く頷く。父が何を考えているのか理解できた。
 一応、本人の口から聞いておかないと確定はできないけど。
 使用人達は一人を除いて皆仕事に戻っている。そこにクレアは含まない。
 その人が心配そうな顔をしている。
 アラベラだ。
 今は屋敷の侍女長だけど前はボクの乳母だった女性だ。見た目のにこやかさとは裏腹にとっても厳しい女性だ。
 母上の次に頭があがらない女性だ。根は優しいのをボクだけが知っている。母上が亡くなってからボクにとって母のような存在だ。
 
「若様。ご当主様の態度は褒められたものではございません。ですが、お気を悪くする必要はないですよ。若様は次期当主に相応しい方なのは私が保証しますのよ」
「・・・うん。ありがとう。いつもの事だから気にしないよ。ボクは大丈夫だよ」
「そうですか?私としてはご当主様に申し上げたい事は多々あるのでございますが。若様が宜しいなら黙っておりましょう」
「それで頼むよ。色々覚えないといけない事が多いんだ。変な事に気を遣う余裕はないんだ」

 そう。家でのボクの待遇は些細な事だ。ボク達の予想が当たるならボクは色々学ばないといけない。
 アラベラは心配そうな目をしているけど。こればっかりはボクではどうしようもない。
 クレアを伴い自分の部屋に戻る。


「坊ちゃま。アラベラ侍女長には大丈夫と言われてましたけど。大丈夫ではありませんよね?いざとなればクレア達の実家を使ってください。力になれると思いますよ」

 廊下を歩きながらボクにしか聞こえない音量でクレアは言う。相当怒っていたんだ。
 あまりクレアを怒らせたくないんだけど。
 
「大丈夫。ホントだって。そりゃ少しはショックはあるけど。今に始まった事じゃないもの。母上が亡くなられてからだから・・ボクにはその記憶がないから。もう慣れっこさ」
「ソレを日常にされてはいけないのですよ。いざとなれば坊ちゃまの力になる家は多い事。きちんと覚えておいてくださいね」
「ハハハ・・・。分かってるよ。心強いとは思っているからさ。そもそもクレアが一番僕の力になってくれているんだからね」

 クレアの頬を僅かに赤く染まったのをボクは見逃さない。・・・本音だよ。
 ・・ありがとう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

これダメなクラス召喚だわ!物を掌握するチートスキルで自由気ままな異世界旅

聖斗煉
ファンタジー
クラス全体で異世界に呼び出された高校生の主人公が魔王軍と戦うように懇願される。しかし、主人公にはしょっぱい能力しか与えられなかった。ところがである。実は能力は騙されて弱いものと思い込まされていた。ダンジョンに閉じ込められて死にかけたときに、本当は物を掌握するスキルだったことを知るーー。

異世界まったり冒険記~魔法創造で快適無双~

南郷 聖
ファンタジー
普通の学校に通う普通のオタクな高校生「坂本 匠」16歳は童貞だ。 将来の夢は可愛い女の子と付き合ってあんなことやこんなことをすること。 しかしその夢は、放火の魔の手によってもろくも崩れ去る。 焼死した匠の目の前に現れたのは、ナイスバディな女神様。 その女神様の計らいで異世界に転生することになった主人公。 次の人生では女の子にモテるような人生を歩むことを心に誓い、転生を決意する。 果たして匠は異世界で童貞を捨てることはできるのか!?

異世界に転生!堪能させて頂きます

葵沙良
ファンタジー
遠宮 鈴霞(とおみやりんか)28歳。 大手企業の庶務課に勤める普通のOL。 今日は何時もの残業が無く、定時で帰宅途中の交差点そばのバス停で事件は起きた━━━━。 ハンドルを切り損なった車が、高校生3人と鈴霞のいるバス停に突っ込んできたのだ! 死んだと思ったのに、目を覚ました場所は白い空間。 女神様から、地球の輪廻に戻るか異世界アークスライドへ転生するか聞かれたのだった。 「せっかくの異世界、チャンスが有るなら行きますとも!堪能させて頂きます♪」 笑いあり涙あり?シリアスあり。トラブルに巻き込まれたり⁉ 鈴霞にとって楽しい異世界ライフになるのか⁉ 趣味の域で書いておりますので、雑な部分があるかも知れませんが、楽しく読んで頂けたら嬉しいです。戦闘シーンも出来るだけ頑張って書いていきたいと思います。 こちらは《改訂版》です。現在、加筆・修正を大幅に行っています。なので、不定期投稿です。 何の予告もなく修正等行う場合が有りますので、ご容赦下さいm(__)m

スキル【アイテムコピー】を駆使して金貨のお風呂に入りたい

兎屋亀吉
ファンタジー
異世界転生にあたって、神様から提示されたスキルは4つ。1.【剣術】2.【火魔法】3.【アイテムボックス】4.【アイテムコピー】。これらのスキルの中から、選ぶことのできるスキルは一つだけ。さて、僕は何を選ぶべきか。タイトルで答え出てた。

前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~

櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

処理中です...