銀雷の死刑執行人

パピコ

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一巻

死刑

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「出ろ」
真夜中に起こされたノエルは痛む体を無理矢理動かす。廊下に設置された魔石灯以外の光を感じられない地下牢。その暗がりに放り込まれたノエルの体は薄汚れている。
「お前の罪は晴らされた。出ろ」
喋る気力もないノエルは兵士を一瞥し牢から出る。地上に続く階段を登ると、外の光にノエルは顔を背ける。街灯や店の明かりは、ずっと地下にいたノエルには眩しすぎた。
ノエルは自分がどれほどの時間を地下牢で過ごしていたか気になった。地下では正確に時間を知る術はなかった。
「行け」
兵士は門の前までノエルを案内すると、再び元来た道を戻っていく。門を抜ければ門兵が内側から鍵を閉めた。何故自分が釈放されたのか、その理由を考えながらノエルは宿を目指す。
城から宿までは思いの外遠い。疲弊しきったノエルは時折躓く足をなんとか動かし宿に辿り着いた。
「折れてる」
胸部に感じた疼痛に、ノエルは魔法をかける。打撲などの軽傷を癒す初級の魔法だが、軽度の骨折程度であれば直すこともできる。複雑に折れ曲がったものや、切断面をくっつけるような上級の回復魔法まではノエルでも使えない。
「あの鎖に魔力を吸われて、これ以上は使えない……」
地下牢にいた間繋がれていた鎖によって、ノエルの魔力は枯渇していた。満足な回復もままならず、ノエルは宿に向かう。
「罅程度で済んでよかった。それよりもレオは、私を探しているのかな?」
部屋に戻ってきたノエルは、レオの姿が見当たらず推測を立てる。
「あれ、レオの鎌?」
ふと、部屋の隅に置いてある断罪の鎌がノエルの視界に入った。レオが断罪の鎌をあまり手放さないことを知っているノエルは疑問に思う。
「応急処置はしたし、レオを探さないと」
ノエルは断罪の鎌を手に宿を出る。ギルドを目指すノエルだったが、ギルドに近づいていくにつれ、街の様子が変わっていることに不安を抱き始める。
ノエルは街が魔物に破壊されたことを知らない。ギルドまで来たノエルは、その周辺の惨状を見て息を飲んだ。
「何、これ……」
ギルドでレオの情報を集めようと思っていたノエルは、そこで足を止めた。一箇所に集められた瓦礫の山と、空いたスペースに用意された簡易テント。
だが、ノエルはもう一度驚くことになる。仮で設置された掲示板。そこに載せられた人探しの依頼と、そこに記載されている二人の名前を見て。
「私の捜索依頼。依頼者はレオ?」
依頼の紙にはノエルの捜索依頼と高額の報酬金が書かれている。依頼人の名前は当然レオだ。
ノエルの捜索依頼とは別にもう一枚、ノエルの名前が書かれた紙があった。
「処刑……」
ノエルは、自分が殺される予定だったことを改めて考え身震いする。
「でも、人相書まで出されてなくてよかった」
ムーア共和国でのレオのように顔を描いた物まで出されていれば、レオを探すどころではない。死刑囚が逃げていると知れたら、街の人間に追い回され、最悪はその場で殺されてしまうかもしれない。
「情報が欲しい」
服の中から一枚の紙を取り出し逡巡するノエル。その紙はムーア共和国で貼り出されていた、レオの人相が描かれたものだ。
「よし!」
フードで顔を隠しギルドの簡易テントへと入っていく。ノエルは名前しか公開されていないため、ギルドの中でノエルに気づく者はいない。
「この人を探している」
「はい。捜索の依頼ですか?」
「いや、目撃情報が欲しい」
「でしたらあちらの被害者用掲示板の空きスペースに貼り出してください」
「分かった」
ギルドの受付は慣れたようにノエルを誘導する。それもそのはず、ギルド周辺は魔物が暴れた影響でかなりの行方不明者が出ている。未だに瓦礫の撤去が終わっていない建物もあり、死傷者数は日に日に増している。
「本当に何があったの。レオの情報があればいいけど」
柱に板を打ち付けただけの簡易掲示板には多くの情報が載せられていた。
行方不明者の目撃情報を求めるものと、すでに遺体が見つかってしまった人の名簿。
ノエルは名簿の方に目を通しレオの名前がないか探していく。あるはずがないと信じていても、それを確認するまでは不安が拭いきれない。
「まだ、生きてる」
名簿に目を通し終えたノエルはレオの名前がないことに安堵し、掲示板の空きスペースにレオの人相書きを貼り付けた。人相書きの空いたスペースにはノエルから一言だけ添えられている。
「もしレオがこれを見たら、ちゃんと宿に帰ってくるはず」
レオと入れ違いにならないようにノエルは宿に戻る。
レオが街の外を探しているとしても、どこかのタイミングで必ず宿に帰ってくる。鎌だけが残されていることからそう考えたノエルだが、その予想は外れることになる。
宿についたノエルは眠る気になれず、鎌を抱えただじっと時間が過ぎるのを待っていた。どれだけ時間が経ったかと、ノエルが気づいた時には夜が明けていた。
「行かなきゃ」
ノエルは鎌を手に取り再び街に出る。碌に休んでいないせいか、ノエルの足元は覚束ない。
初めににギルドに向かったノエルだが、情報は入っていなかった。まだ日が昇ったばかりだと自分を納得させレオの目撃情報を集める。
朝早い時間のせいかギルドの周りにはあまり人がいない。瓦礫が撤去されたスペースには早速建材が運び込まれ修復の作業が始められようとしていた。
掲示板には多くの捜索依頼が張り出されている。まともに稼げるような仕事は少なく、街の冒険者たちの多くは、北にあるもう一つのギルドの方へ流れていってしまった。
ノエルの周りにいるのは、同じく人を探している人間か、依頼を受けに来た冒険者のどちらかだ。
「あの」
「なんだ?」
「この人見かけなかったですか?」
「見てねえな」
「そうですか」
手当たり次第に片っ端から声をかけるノエル。いつかはレオの情報が得られると信じて、街の人間だろうが冒険者だろうがとにかく声をかけ続ける。
「この人見かけませんでした?」
「いや、見てないな」
何十人と声をかけるが一向に手がかりが掴めない。そのうち冒険者の姿も見えない時間帯になった。
「あれは?」
少し休憩しようとしたノエルの視界に人影が映る。それは数枚の紙を持ったこの国の兵士だった。
掲示板に紙を貼り付けた兵士はそのまま去っていく。何かの通達だろうと、ノエルは興味本位で掲示板を覗き込んだ。
「……え?」
そこには処刑の日付の延期と処刑される人間の名前が書かれていた。
釈放された理由をある程度予想していたノエルは、処刑日の延期に納得がいった。
ノエルの冤罪が晴れ本当の犯人が捕まったのだと考えていたノエルだが、代わりに書かれた人物の名前を見て絶句した。
『今回の事件の主犯格である人間を捕らえたため、優先的に死刑を執行する。罪人名、レオ』
「なんでレオが……」
いくつもの疑問が生まれるノエルだが、考えるよりも先に行動に移っていた。
「レオが犯人なはずない!」
すぐに城までかけつけたノエルは門番に掴みかかっていた。
「立ち去れ。我々はもうお前に用はない!」
「レオを解放しろ!」
「陛下の御命令がなければすぐにでも切り捨てているぞ!」
暴れるノエルに二人の門兵は困惑する。王からの命令でノエルには手出ししないように言われている兵たちは、どうすればノエルが鎮まるのか辟易としていた。
「拾った命を無駄にする気か」
「……なんでレオが」
「それは我々には分からん。いいから立ち去れ!」
突き返されたノエルは鎌を支えに何とか転びそうになるのを耐える。諦めきれないノエルだったが、取り合ってもらえないことも事実。時間を無駄にするよりは何かできることを探した方がいいと考え、北のもう一つのギルドに向かった。
ミュールには二つのギルドがある。ノエルたちが初めに訪れたものと、北門側の二つ。
北側のギルドはミュール連邦国の他都市から来た冒険者も多くいるため、南東の倍以上の冒険者がいる。今は南の冒険者も流れて来ているため、夜になればその様子が見られる。
初めて入るギルドはいつでも少し緊張してしまう。ノエルは静かにその敷居を跨いだ。
建物内は少し閑散としているが、数人の冒険者が残っていた。
「冒険者たちを城に嗾ける? 誰も協力するわけない」
レオを解放させるために物騒な考えが頭に浮かぶノエル。だが作戦の無謀さにすぐに諦め首を横に振る。
「シイカならなんとかできるかも」
はっと思いついたノエルは急いで宿へと戻る。
シイカの上には男爵であるカリオットがいる。カリオットはこの国に限らずそれなりの発言力を持つ。カリオットから国に話をつけてもらえばレオを助けることができるかもしれない。
「カイリオンと話がしたい」
「カリオット様なら先ほど出かけられました。数時間もすれば帰ってくると思いますが」
「数時間……。分かった、待つ」
「畏まりました」
シイカを見つけ出し話をつけたノエルは、宿のロビーでカリオットが帰ってくるのを待つ。
ノエルは現状でこの手段しか思いつかなかった。王と話をするだけの力も権力もノエルは持っていない。
「お待たせいたしました。初めまして、カリオット・カイリオンです」
「ノエリア・スターリンです。突然呼び出してすみません」
ノエルは待合室に現れたカリオットに頭を下げる。
「頭をあげてください。あなたは私の部下を救ってくださった恩人です。私なんかでよければいつでもお呼び出しください」
「ありがとうございます」
ノエルは顔を上げてから礼を言った。
「それで、ご用件の方は?」
「この国の王に、レオのことで話をしてほしい」
「やはりその話でしたか」
先に本題に入ったカリオットは、ノエルの話が読めていたような反応を示す。
「レオ様の件、先ほど陛下とお話をさせていただきました」
「え?」
「単刀直入に申しますと、レオ様の処刑は避けれられません」
「そんな……」
カリオットに一縷の望みを賭けていたノエルは、唯一の希望が絶たれたことに声を失った。
「私の力では恩人であるレオ様を助けることはできません。申し訳ございません」
「……」
カリオットは謝罪を口にしながら頭を下げるが、ノエルは何一つ反応を見せない。
「ノエリア様?」
ノエルは覚束ない足取りで部屋を出て行く。カリオットに声をかけられても、まるで聞こえていないように歩いて行く。取り残されたカリオットは慌ててノエルを追いかけた。ノエルはそのまま宿の部屋に入っていった。
「ノエリア様。申し訳ございません」
カリオットはノエルには届かないと分かっていながら一言だけ謝った。

「もう、私にできることはない……」
部屋の鍵をしめ閉じこもったノエルは、鎌を抱えたまま部屋の隅にうずくまった。
「諦める必要はないよ」
「え?」
膝に頭を埋めるノエルに中性的な声が聞こえた。鍵のしまった部屋に誰かいるのだろうかと、ノエルは顔を上げたが声の正体は見られない。
「空耳?」
「ちゃんといるよ」
「気のせいじゃない!?」
慌てて立ち上がり周囲を警戒するノエル。
「警戒しなくてもいいよ。僕は君を襲ったりしないから」
「誰!?」
ノエルは未だ声の主の存在を掴めていない。
「ここだよ」
「……誰?」
ノエルの正面。眼前に、掌に乗るほどの人型の何かが浮かんでいた。
「名前はとくに決まってない。僕のことは、そうだなぁ……カマとでも呼んでよ」
「鎌?」
ノエルは、カマと名乗った小さな者と手元の鎌を見比べる。
「察しがいいね。僕はその鎌に宿る精霊さ」
「精霊?」
「そう。はるか昔からその鎌に憑いている。レオのことはよく知っているし、君のことも少しは知ってる」
精霊と自称するカマはその場でひらりとお辞儀をした。
ノエルは目の前の生き物が本当に精霊なのか、判断しかねていた。
この世界において精霊は、お伽話や英雄譚に出てくる架空の生き物と考えられている。だが実際には、精霊の親戚と言われるエルフがいることから、精霊の存在はいるのではないかと考える人間もいる。
精霊が人前に姿を見せることは滅多になく、ほとんどの人間が作り話だと思っている。ノエルもその内の一人であった。だが、
「それで、何の用?」
「君が今知りたいこと。レオを助ける方法を教えてあげる」
「助けられるの!?」
カマの発言にノエルは食いついた。精霊の存在は信じていなくとも、レオを助ける術があるのなら手段を選ばない。
「君の知らないレオの情報だ。レオは生き返る。遺体さえ回収すればもう一度レオと会える」
「……そんなふざけた話、あるわけない」
カマの意見を聞いたノエルの顔には落胆の色が映る。悪ふざけもいい加減にしろと怒鳴る気力すら起こらない。
精霊の悪戯好きな性格は物語の通りだったのだと、ノエルはカマを睨みつける。
「これはレオが望んだことだからあまり口を挟むつもりはないけど、君がレオとの再会を望むなら、レオの体は回収しなくちゃいけないよ。たとえ頭と体が分かれていても」
ノエルの怒りを無視してカマはそう告げ、消えていった。ノエルは弄ばれたことと、レオが死んでしまう未来を想像し絶望した。

それから数時間。一睡もできていないノエルは、目の下に隈を作りながら北へ向かった。
城の近くの広場には特設の高台が設置され、その周りには多くの人が集まってた。ノエルと同じく南からやってきた人や、北側に住む無関係の人間まで区別はない。
「ただいまより死刑を執り行う!」
司会役の男が罪人の名前と罪状を読み上げていく。台の上にレオの姿はまだない。
「レオが出てきたら……」
台の上を真っ直ぐに見つめるノエルの目は、まるで獣のように鋭い。
読み終えた官司が下がると、王が前に立ち演説を始める。その内容も碌に聞いていないノエルは、レオが出てくる瞬間を待ち構えていた。
「それでは刑を始める。罪人をここに」
王の命令で数人の兵に連れられたレオが姿を現す。鎖で両手を縛られ下を向いて歩くレオに、ノエルは心が痛むのを感じる。
「今……」
「ダメです!」
レオを取り戻す機会はここしかない。そう思い飛び出そうとするノエルは後ろから掴まれた。
「カリオット!? 離して!」
「ダメです。今飛び出せばあなたも殺されてしまう!」
「それでもレオを助けないと……」
カリオットの拘束を振り払おうと暴れるノエル。列の最後尾で組み合う二人に気を留める者はいない。
「今しかないの!」
「レオ様の犠牲を無駄にする気ですか!」
「……どういうこと?」
カリオットの一言でノエルの動きが止まる。
「レオ様はあなたが処刑されると知って城に忍び込みました。そして自身を身代わりにあなたの命を救ったのです。ならば、あなたはその命を、レオ様の犠牲を無駄にしてはいけない!」
「レオが、私の代わりに?」
ノエルはそこで気がついた。レオが捕まった事実に動揺して今まで考える余裕もなかったが、ノエルが捕まった時点で国がわざわざ真犯人を捕まえる必要はない。それに、レオがこの国の兵士に捕まるはずがない。自分から捕まらない限りは。
「私が捕まらなければ、レオは死ななかった……」
それまでカリオットを振り払おうとしていた腕は力なく垂れ下がる。
「レオ様のお気持ちを汲んで差し上げてください」
そう言われたノエルは処刑台の方を見る。膝をついたレオの姿が視界に映ると、不意にレオが顔を上げた。
「何か言い残すことはないか?」
「俺には家族がいない。俺の体を引き取ってほしい!」
王の問いに答えたレオとノエルの視線が絡む。レオは台の上からしっかりとノエルのことを見据えていた。
「死刑を執行する!」
王の宣言と共に乾いた音が響く。何が起こったのか分からないノエルだが、民衆はレオが死んだと分かり声を上げる。
「今の音は?」
ノエルは何が起こったか分からず、カリオットに問いかける。
レオの死という現実を認めたくない、認められないノエルはの体は動かない。動けない。理性がレオの死を否定し、それに呼応するように体が硬直する。さして興味も関心もない質問が、現実を少しでも遠ざけようと口から出る。
「あれは銃という処刑道具です。技術や魔力を用いずに一撃で人を殺せる道具です」
未知の道具にノエルは怪訝な表情を見せる。だがそれよりも、レオの体を回収する方が先だった。
いつまでもレオの遺体を晒し続けるのはノエルの心が許さない。
レオはまだ生きているんじゃないか。そんな希望からノエルは動き出す。
「レオ!」
ノエルは人混みを掻き分け急いで台の元まで駆けつける。
「レオ……」
レオの遺体は既に鎖から解かれ布に巻かれていた。
「ノエリアだな? こいつの最後の頼みだ。この遺体は貴様が持ち帰れ」
「……」
王はそう言うと、複数の護衛と共に去って行く。残されたノエルはレオの亡骸を抱きしめ、遅れてやってきたカリオットは神妙な面持ちでノエルを見つめていた。
「レオ様のご冥福をお祈りします」
カリオットは祈りを捧げ、ノエルが立ち上がるのを静かに待った。
宿に戻ったノエルはレオをベッドの上に寝かせ包んでいた布を取り払った。
レオの遺体は綺麗な状態で、人の尊厳が保たれた死だ。頭と首の間には大きな弾痕がある。表だけ見ればただ眠っているだけのようにも見える。そんなレオを見てノエルは呟く。
「起きるはず、ないのに……」
カマの言っていたことを思い出したノエルは、そんなことはありえないと否定する。それでも、その可能性に縋ってしまう己の弱さを悔いた。
「初めてできた、仲間だったのに。やっと、仲間になれたと思ってたのに。レオは、死なないんじゃないかって思ってた……」
進化個体やドラゴンでさえレオを殺すことはできなかった。そんなレオがこんなにもあっさりと死んだことが、ノエルは信じられなかった。
「起きない、よね」
ノエルの手は自然とレオの右手を握っていた。祈るようにレオの手を両手で握るノエル。その頬には雫が垂れている。
冷たいレオの手。いつか握ったときのような暖かさはなく、ノエルは溢れる涙を止めることができない。
初めてできた仲間。レオといる時、家族と過ごしているかのような不思議な暖かさを感じていたノエルは、また大切な人を亡くしてしまったと嘆く。
だが、どれだけ嘆こうとも結果は変わらず、冷たい手と動かない体が、ノエルに冷酷な現実を突きつける。
一人。寂しさと喪失感だけが漂う暗い部屋の中、ノエルはレオの名を呟く。
「レオ……」
これまでの疲労が出たのか、ノエルは手を握りしめたままレオの傍で眠りに落ちた。


背中に受ける柔らかな感触で目を覚ます。レオは最後の記憶を思い出し、無事に生き返ったことに少しだけ残念に思う。
レオは初めて受ける攻撃に、自覚することなく死んだ。鎖によって魔力が吸われていたことで生き返るのに時間がかかった。
「ノエル。ありがとう」
ベッドに突っ伏して眠るノエルを起こさないように礼を言う。
自分の亡骸をここまで運んでくれたノエルに、レオは柔らかな声でお礼を言った。
レオはベッドから起き上がり、ノエルを代わりに寝かせる。余程疲れているのか、ノエルは動かされても全く起きる様子がない。
レオが処刑されたのは正午。それからどれだけ時間が経ったのかと、レオが窓を開けると外は夜になっていた。少し冷たい夜風が通り過ぎ部屋の中に流れ込む。
「ん……」
声が聞こえレオが後ろを振り返るとノエルが体を起こしていた。
「レオ……?」
「おはよう、ノエル」
ノエルはまだ寝ぼけているのか、ぼやぼやと何か呟く。
「夢?」
「夢じゃないぞ」
「レオっ!?」
両目を擦っていたノエルは驚きベッドから跳ね起きた。
「おいっ」
レオの元へと真っ直ぐに飛びつこうとしたノエルだったが、立ち眩みでバランスを崩した。だが、そんなことも関係なしにノエルはレオの腕を掴んだ。
「生きてる!? どうして……」
「黙ってて悪かった。俺は、不死身なんだ」
「不死身って……」
ノエルはカマの言っていたことが本当だったのだと気づいた。そして、
「お、おい。どうした?」
レオの目の前で俯いたノエルは堰を切ったように泣き出した。
レオは何故ノエルが泣いているのか分からず、慰める方法も思い浮かばない。
「レオ、生きてる? 本当に?」
「ああ、生きてる」
「夢じゃ、ない?」
「夢じゃないぞ」
レオの体をペタペタと触り、本当に生きているか確認するノエル。幻覚を疑うが目の前にいるレオは紛れも無い本物。
間違いでは無いことが分かると、再びノエルの目からは涙が溢れ出す。
「お、おい。なんで泣くんだ……」
「分かんない。でも、レオが死んだと思って、でも生きてて、分かんなくなって」
「俺は、生きてる」
混乱するノエルを落ち着かせるようにレオは静かに声をかけた。
「少し、ホッとした」
落ち着きを取り戻したノエルは、涙を拭うとすっと息を吐く。
「なんで身代わりになんかなったの」
「ノエルを助けるために」
「なんで……」
「仲間だから」
ノエルは真っ直ぐレオの瞳を見つめる。そこに嘘はなくただ正直に自分の気持ちを伝えるレオがいる。
「でも、自分を犠牲にしてまで」
「俺は不死身だ。だがノエルは違う。一度死んでしまったらもう会えなくなる」
「そんなの言い訳だよ。本当に死んじゃうかもって心配した。それに、生き返るからって自分を犠牲にしていい理由にはならない。なんで、教えてくれなかったの?」
「すまなかった。信じてもらえると思わなかった」
「私は信じられない?」
「それは違う」
悲しげな表情で問うノエルに、レオは首を横に振る。
「こんなふざけた話を信じる人間はいないと思っていた。だからノエルが信じられないわけじゃない。むしろ信じている。だから俺はお前を助けたいと思った」
レオがそう言うとノエルはじっとレオの顔を覗き込む。鼻が触れそうな距離で、
「バカ」
そう言ってレオから距離を取った。
「自分のせいで誰かが死ぬのは嫌。たとえ生き返るとしても許さない。それで、私はその選択をさせてしまった弱い自分が許せない。レオ、ごめんなさい」
「謝るな。黙っていた俺も悪かったから、お互い様だ」
頭を下げるノエルにレオは困惑する。
「レオと私の死生観は違う。レオは自分を犠牲にすることに躊躇いがない。でも、これからは違う。私がレオを守る。いつまでも守られるだけの魔法使いじゃないって、今ここで約束する。だからレオも誓って」
「……」
「もう、自分を犠牲にしないって」
「分かった」
本気の表情のノエルにレオは真剣に答える。
「レオのことは私が守る。レオは命を大切にする」
「ああ」
「もし約束破ったら、レオには一生養ってもらう」
「それは困るな。俺は貧乏だから」
「ふふ」
レオとノエルは冗談を言って笑い合う。
「レオはいつも勝手にいなくなる」
「すまない」
「だから、これからは離れちゃダメ」
「ふむ。だが今回はノエルが先にいなくなったような……」
「そ、それは……ごめん」
「冗談だ。俺も肝に命じておこう」
図星を突かれたノエルは言い返せずに言葉を詰まらせる。
「とにかく、レオは私が守る! それが分かればいい」
レオは頑張って威厳を見せようとするノエルを見て微笑む。
レオが不死身と知ってなお態度を変えなかった人間はノエルが初めてだ。レオを気味悪がって近寄らないのが、レオにとっての普通だった。
「ノエルは初めてできた仲間だ。俺もお前を守りたい」
「ありがとう。でも自分を犠牲にするのはなし」
「ああ」
説教も済み、ノエルは無事に再会できたことを喜んだ。ノエルも疲れているだろうと、レオの提案で二人は床に就いた。

「ノエル、起きろ」
「うん?」
「朝だ」
「もう?」
「もうだ。昨日は遅かったからな」
「うん」
ノエルは眠たげに声を漏らす。レオは不死身になってから睡眠不足に悩まされることはなくなっているが、寝不足は集中力の低下につながる。
「眠そうなところ申し訳ないが、今日中にこの街を出たい。追手はこの街まで足を伸ばしている。それに、もうこの街に俺の居場所はないだろう」
「分かった」
ノエルは短く返事をすると、テキパキと準備をする。荷物はいつでも出られるようにまとめられているため、ノエルの準備が整えば出発できる。
シンザンからの追手がシャドだけとは限らない。日が昇っているうちに次の街まで逃げる必要がある。
「ノエル、次に目指すならどの国だ?」
「シガナ王国」
シガナ王国は北ミュール連邦加盟国の一つ。シンザンが手を出せない理由の一つでもある。
シガナ王国は自国の民に対する庇護がとても強い。それがたとえ冒険者だとしても。過去には一人の人間の殺害事件が戦争にまで発展したことがある。
シガナの王は自国愛が強すぎる故に危険な存在として他国に認識されている。
また連邦国の中には冒険者の街や、冒険者を尊重するような思想の国もある。冒険者だった者が王になった国が、ミュール以外にもいくつか存在する。
シガナ王国までは徒歩で五日。ミュールからおよそ一日の場所に街が一つあり、そこを経由してシガナ王国に向かう。
レオが既に死んでいるということと追手のことを考えると乗合馬車は使えない。
「出発する?」
「行けるか?」
「大丈夫」
ノエル捜索に充てていた金は、多少減ってはいるが、二人の元に返っていた。野営の設備もある。保存食を調達すればすぐにでも出発できる状態だ。
「よし、行こう」
「ああ」
準備が整い部屋を出る。ノエルは受付に挨拶をして宿を出る。かなり優遇してもらった二人だが、結局長くは居られなかった。
「レオ、北西の門」
「ああ」
フードを目深に被り顔が見えないようにしているレオ。ノエルも同じように外套を羽織るが顔は隠していない。
シガナ王国に無事つけるよう、レオは心の中で静かに祈った。


出発の準備を整えたレオたちは街の北西門から外に出る。街中で誰かに声をかけられるようなこともなく、門で引き止められることもなく無事に通過した。街道の遠方には山が霞んで見える。
「レオ。囲まれた」
「何?」
立ち止まり突如身構えるノエル。だが周囲はひらけた場所で木すらない。遠くに見える山以外に視界を遮る物はなく、レオは警戒しサーチの魔法を発動した。
「なっ!?」
それとほぼ同時。何も無い空間から矢が飛来した。矢が飛んできた方向に鎌鼬を放つと呻き声が聞こえ、周りの景色が揺らめくように姿を変えた。
「よく気づいたな。嬢ちゃん」
ノエルは周囲の違和感を感じ取り、レオよりも先にサーチの魔法を発動していた。
二人は既に囲まれ逃げ道は一切ない。弓、長剣、魔法使い。雑多に揃えられた冒険者たち。今回は落ちぶれ盗賊のような雑魚ではない。レオの隣でノエルは苦々しい表情をしている。
「その男を捕まえた奴には報酬上乗せだ!」
「シャド!?」
レオたちを取り囲む冒険者の一番後ろ。そこでシャドが冒険者たちを煽っていた。シャドの腰には二本の短剣、そして手にはサーベルが握られている。
「やれ!」
「悪いな、俺たちも仕事なんだ」
冒険者たちの中でも一番大柄な男がそう言うと、他の冒険者たちもにじり寄ってくる。完全に囲まれているレオたちだが、冒険者たちは警戒して飛びかかってくる者はいない。
「ノエル、魔法だ」
「うん。あの男を狙う」
「了解」
冒険者たちとの距離は十メートル以上ある。まだ剣の領域には入っていない。冒険者たちが慎重になっている理由はレオの鎌だ。距離があるため一人目は確実にこの鎌の餌食になる。故に冒険者たちの取る手段は限られる。
「ファイアボール!」
冒険者の放った魔法と矢が二人に襲いかかる。四方から飛んでくる攻撃を、レオは鎌鼬で一つ残らず撃ち落とす。射程で不利の状況に立っている冒険者たちの選択は限られる。
冒険者たちの行動を読んでいたレオは冷静に対処していく。
「魔法はこうやって使うもの。ファイアボール」
今度はノエルの番だ。一度に幾つものファイアボールを展開し、それを冒険者たちに打ち込んでいく。
お互いの距離が近い冒険者たちは、魔法を躱しきれずに被弾する。近づけずに燻っている冒険者たちに、レオとノエルは容赦なく攻撃を仕掛けていく。
レオを警戒し近づけない冒険者たちは逃げることしか出来ず陣形が崩れ出す。魔法や矢は一発も当たらず、後衛の者たちは業を煮やす。
「お前ら、たかが二人に何手間取ってやがる!」
シャドの叫び声が戦場に響く。その声からは焦りの感情が読み取れる。だがそれも仕方がない。Bランクの冒険者の群れが、数分で壊滅状態に追い込まれているのだから。
「撤退だ。俺たちは命が一番なんだよ。金ならいらねえ!」
「逃げるな!」
倒されていく仲間を見てとうとう逃げ出す冒険者が出始めた。
背を向け走り去っていく冒険者に追い討ちをかけず見逃したレオ。しかし次の瞬間、その冒険者は雷に打たれ地に伏した。
「シャド……」
「許さない。俺の作戦を狂わす奴は一人も許さない!」
激昂したシャドに次々と殺されていく冒険者たち。逃げ出した者は一人残らず殺されていく。
「仲間に手を出すなんて、クズ野郎」
シャドを睨みつけるノエルは魔法の詠唱に入る。シャドを確実に殺すための魔法。既に二人に向かっていく冒険者はいなくなった。
死んでいる冒険者の全てはシャドが殺したものだ。レオとノエルは一人も殺していない。
「お前は人を殺してもいいのか? お前の国では殺人は最も重い罪のはずだが」
「国外での罪を誰が裁く? それに俺はあの教えを信じていない! 根っからの教徒じゃないんでな」
シャドはそう言って最後の冒険者に手をかけた。
「ノエル、援護頼む」
「了解」
構え直すレオにノエルも魔法の用意をする。だが、
「小娘、その男を殺せ!」
「何を……うっ!?」
レオの背後でノエルが呻き声を上げた。何かに抵抗するような様子を見せたノエルだったが、すぐにレオに向かっていく。
「ノエル!?」
「体が言うことを聞かないっ!」
短剣を抜き振り回すノエル。攻撃を躱すレオは反撃に出ることもできず困惑する。
「ははは。その娘には隷属の腕輪が付けられている。お前を連れ帰る時に使う予定だったが、こんな所で役に立つとはな!」
「シャド!」
「おっと、俺を殺せばその娘は助からないぞ」
シャドに鎌を向けるがレオだが、ノエルを人質にとられ攻撃に出られない。
「レオ、私のことはいい。あいつを倒して」
「そいつの隷属の腕輪には一週間後に自殺をするように命令してある。俺を殺せばその娘は確実に死ぬ!」
そう言いながら高笑いするシャドは、まだレオに攻撃を仕掛けない。常に鎌の射程から逃れレオが倒されるのを待っている。
「レオ、私はいい。足手纏いになるから」
「……許せ」
レオは一言だけ謝り反撃に出る。隷属の腕輪のせいで自由に動けないノエルだが、魔法を使っていない。できる命令にも制限があるのだろうと気づいたレオは、ノエルの側頭部に掌底突きを叩き込む。外傷を最小限に抑え、かつ意識を確実に刈り取る。頭を揺らされたノエルは意識を失いその場で崩れ落ちる。
「ちっ。役に立たん屑め」
「お前は最も許せないことをした」
倒れこむノエルを優しく抱えたレオは、道の端にノエルを寝かせシャドと向き合う。
「この薬はとっておきだが、お前は化け物だからな」
「お前はここで、処刑する」
シャドはレオから距離を保った所で粒状の物を口に入れる。懐から取り出したそれが何かは分からないレオだが、嫌な気配を感じ取った。
「ふっふっふ……」
「なんだ?」
周囲の空気がシャドに向かって流れていき風が発生する。大量の魔力がシャドの体に流れ込み、魔力が集まる過程で空気が動かされている。空気に影響を及ぼすほど大量の魔力がシャドの体に蓄積されていく。
「素晴らしい力だ! この力があれば俺は誰にも負けない!」
「何をした?」
「薬による限界線の解除。リミッターを外したんだ。空気中の魔力を体内に取り込むことによって身体性能を飛躍的に上昇させる。今の俺は、たとえ相手が龍だろうと負けはしない!」
強大な魔力の反応。ノエルが雷槍を撃つ時以上の魔力の高まりに、周囲が揺らめいて見える。巨大すぎる魔力が周囲の空気を圧縮し視覚化している。
「シンザン王国が開発した、魔石とお前の血肉から研究して作られた秘薬だ。お前はお前自身の力で再び地獄に戻るんだよ。どうだ、恨めしいか? 憎いか?」
シャドは楽しげに、その全能感に酔いしれる。
「また木偶人形のように甚振ってやる!」
「ちっ」
ドーピングしたシャドは文字通り限界を超えた速さで接近する。取り込んだ魔力に合わせるように体が膨張し、スピードもパワーも段違いに上がっている。
「どうした、防ぐだけで精一杯か?」
今まで逃げに徹していたシャドの猛攻に、レオは防御することしかできない。速さでは五分だが力で押し負けている。避けきれない攻撃が腕や足を打ち、徐々に態勢を崩されていく。
「遅い遅い!」
「ぐっ……」
シャドが魔力を蓄積していくことで互角だった攻防に差が出始める。一撃の重さも初めの比ではない。レオの態勢が崩れたところに、シャドは確実に致命打を叩き込んでいく。
「再生が追いついていないぞ!」
いくつもの裂傷が刻まれ、レオの服は血で赤く染まっている。肩の肉が削がれ右手の小指が飛ばされた。体が再生するよりも早く次の攻撃が襲いかかる。
「さあ、今度はお前から来い!」
余裕のある態度でシャドは構える。レオの体の再生を待ちレオを甚振るつもりだ。だが、その慢心が命取りだということにシャドは気づいていない。
「お前の剣は見切った。その慢心を今から刈り取ってやろう」
「強がりか? 威勢のいい人形(サンドバック)だな」
鎌鼬はシャドの体を覆う魔力に防がれる。魔力の消耗を考えればレオの方が圧倒的に不利だ。だがシャドの戦い方は力任せに破壊しているだけ。そこに気づかずに強くなった気でいるシャドの攻撃は単調なものになっている。
レオはシャドとの距離を一気に詰める。鎌の射程を最大限に活かせる距離で攻撃を叩き込む。
剣の届かない一歩外から攻撃できるのが長得物の利点だ。だが懐に入られればその長さが仇となる。鎌は、槍と違い突きの動作がないため、より扱い難いものになっている。
「お得意の鎌捌きはどうした?」
懐に入ったシャドはレオを嘲笑う。だが、速さも力も負けている現状で懐に潜りこまれるのはレオも想定内であった。
「俺が一体何年生きていると思っている? 年の功を舐めるな」
先程までギリギリ防げていたシャドの攻撃。しかし、特徴や速さに慣れてしまった今では掠りもしない。それどころかシャドの体に次々と斬り傷が生まれる。
「何故当たらない!」
レオを馬鹿にしていたシャドは力任せに剣を振るが、レオの体には一太刀も届かない。
「お前が弱いからだ」
「今の俺は最強だ! お前のような奴隷に負ける筈がない!」
出鱈目に剣を振るシャド。その剣は魔力を帯び斬撃を生む。地面に幾つもの痕が残り砂を巻き上げる。
「クソ、がぁっ!」
「なっ?!」
砂煙に覆われた視界で、シャドはひたすら剣を振り乱す。その中で生まれた斬撃の一つがノエルの元に真っ直ぐと向かう。
レオは慌ててその場を離脱しノエルを庇う。次の瞬間、強い衝撃がレオの背中を打った。
「ああ? そこにいたのか」
手応えを感じたのか、シャドは手を止め砂埃を払う。
「そんなにその女が大事か?」
レオはノエルを庇いその場から動かない。
「女、その男を殺せ」
魔力の篭ったシャドの言霊。
「無駄だ。ノエルは眠――」
言いかけたレオは、背中に訪れた熱い感覚に振り向いた。
「な、なぜ……」
気絶している状態で命令を聞かせることはできない。それは奴隷紋でも同じで、レオはそれを知っていた。だからこそシャドの命令は無意味なものだと思っていた。
だが、シャドは言葉に魔力を乗せることで、ノエルを無理やり動かすことができていた。
「今の俺が負けるなんてこと、あってはならないんだ。女、刺し違えてでもその男を殺せ。死ぬ気で動きを封じろ!」
シャドはレオを警戒して近づこうとしない。
ノエルは虚が映る半眼でレオを見据える。
レオはノエルとシャドに挟まれた位置で両者を警戒する。服の背中にはナイフでできた穴が空いている。
ノエルは既に気を失っている。気絶させて動きを止めることはもうできない。
「どこまでも外道な奴め」
レオは忌々しげに呟く。そんなレオの様子を顧みることもなく、ノエルは短剣を片手に突貫する。
理性も駆け引きもない、純粋で単調な攻撃。そんなものがレオに当たるはずもない。
「はあああっ!」
ノエルの攻撃に合わせて、シャドも剣を見舞う。挟み撃ちにあったレオは二つ刃を躱す。
「っ……」
「ノエル!?」
攻撃を躱したレオだったが、シャドのサーベルがノエルの肩を浅く斬り裂いた。
「ち、守りながらというのは面倒だな」
シャドの攻撃はノエルを考慮したものではなく、レオは挟撃してくるノエルを守りながら戦わなければならない。
レオはシャドとノエルに挟まれ、上手く攻撃に転じることができない。
「ふはは、俺は強い。俺の計画に失敗などあってはならない!」
「まずいな。時間が」
シャドの体は戦闘前から比べて一・五近くなっている。
レオはノエルを庇い続けているため、その体には夥しい数の傷が刻まれていく。ノエルからの攻撃は一度も当たっていないが、シャドの攻撃がじわじわとレオを追い詰めていく。
「腕が、上がらない……」
「抑えろ!」
シャドの攻撃で筋を斬られたレオは、腕が上がらずノエルに体を抑えられる。蹴って払うのを躊躇った一瞬。レオはノエルに抱きつかれてしまった。
「終わりだ!」
シャドは魔法の詠唱を開始する。レオを警戒し、射程の外から強大な魔法をノエルごと浴びせるつもりだ。
だが詠唱が完成するのを待つレオではない。すぐに傷を治したレオは、ノエルを引き剥がそうと腕を抜く。しかし、ノエルを止めるには動きを封じるしかない。
「何か、縛るものがあれば……」
ノエルはレオの腰に抱きついたまま動かない。シャドは上級の魔法を唱えている。手段はなく、
「唸れ。煌雷穹!」
「な、早すぎる……」
七等級以上の魔法を、シャドは人間を超えた速度で行使した。常識外の攻撃に四の五の言っている暇もなく、レオはノエルを地面に抑えつけた。
もがき続けるノエルを、鎌を地面に突き刺し縫い付ける。鎌は地中深くに突き刺さり、ノエルの力ではどかすことができない。
シャドの手元に出現した雷の弓。弦には三本の矢が装填されており、レオがノエルを突き飛ばすのと同時に放たれた。
飛来する三本の矢は避けることのできない速度で迫り、レオの臓腑を貫いた。
「がはっ……」
レオの口から血が滴る。
「レ、レオ……ごめん、ごめんなさい」
鎌と地面の間で暴れるノエルは、目を覚まし自我を取り戻していた。だが、ノエルを守り続けボロボロになったレオを見て、謝罪の言葉を口にする。
守ると誓ったのに、足手纏いになりたくないと願ったのに、レオを傷つけてしまった。その事実にノエルは謝ることしかできない。
「今、助ける。お前が俺を守ってくれるように、俺もお前を守る」
「なんで、そこまで……」
「俺に生きる意味をくれたから」
レオは塞がらない傷を抑え、シャドからノエルを庇う。
鎌を持たないレオにシャドは余裕と嘲笑の表情を浮かべる。
「その女がそんなに大事か? 安心しろ、その女は殺しはしない」
瀕死のレオにシャドが問う。レオの魔力は尽きかけ、もう回復もままならない。
「何?」
「奴隷として娼館に売り払ってやる。命までは取らん」
「……」
どこまでもレオを挑発し続けるシャド。
バキバキとレオの中でと何かが壊れる音がする。レオが視線を落とすと右手の骨が折れていた。骨が折れるほど手を握りしめていたことに、レオは怒りの感情を自覚した。
「ふふふ。ゴブリンの巣に放り込むのもいいかもしれないな」
聞きたくない不愉快な声と高笑い。だがレオの感覚は冴え、鮮明にシャドの言葉を捉える。
体の奥が急速に冷たくなっていく。だが反対に、頭の中は炉の中のように熱くなっていく。
怒りに震える体を抑えつけるように、レオは崩れ落ちかけた体を起こす。シャドはそんなレオの様子にも気づかず、レオを刺激していく。
「さあ俺をもっ……ぐはっ!」
レオは駆け出しシャドの顔面を殴り飛ばした。シャドを殴り飛ばした右手がさらに折れたが、すぐにその傷も癒え元の形になる。血を流すほどの傷もすでに無くなっていた。
冷静ではない頭が強い衝動を囁く。
「何が、その力はなんだ!?」
吹き飛ばされたシャドは顔を抑えながらよろよろと立ち上がった。しかしレオは答える気はないとシャドを睨みつける。
レオは拳に刺さったシャドの前歯を捨て、もう一度シャドの顔面を叩き潰した。地面に叩きつけられたシャドは血を吐きながら転げ回る。
「痛ぇ!?」
「お前に死は勿体ない」
「何を……」
レオから嫌な気配を感じたシャドは怯えた様子で後退る。レオはシャドの両手両足を、逃げられなくするために斬り飛ばした。取り出した短剣が赤一色に染まる。
「ああああっ!?」
胴体と頭だけになったシャドは痛みに絶叫する。だがその手足も凄まじい速さで再生を始めた。
「ノエルの腕輪を解除しろ」
「誰がお前の言うことなん……」
シャドの腹を踏みつけ短剣で腹を裂く。うっかり殺してしまわないように、胴体が離れない程度に切り込みを入れる。
「イヅァァゥゥ……」
レオはシャドの腰から短剣を奪い、再生し始めた太ももにを突き立てた。
「うああああっ!?」
「ノエルの腕輪を解除しろ」
「いてぇ……」
痛みにもがき苦しむシャドの首にファイアボールを押し当てる。
「あづああああ!?」
肉が焦げる臭い。シャドの首は焼けたそばから再生し無限に焼かれる苦しみを味わうことになる。
「ノエルの腕輪を解除しろ」
レオの問いは変わらない。ひたすらノエルの腕輪を解除させるためにシャドを拷問にかけていく。
「ああああ……」
シャドは薬のせいで頭が覚醒し、気絶することもできない。精神が壊れ始め口から涎を垂らす。
「起きろ」
「ぐああああ!」
完全に再生した腕を再び斬り落とし、痛みにより強制的に意識を取り戻させる。
「あぁ?」
「ノエルの腕輪を解除しろ」
「や、やめろ。もうやめてくれ!」
「なら、ノエルの腕輪を解除しろ」
「わ、分かった!」
体液でぐちゃぐちゃになった顔でシャドは解呪の文言を唱える。
隷属の腕輪は、付けた本人にしか解除できない厄介な代物だ。だからレオはシャドを殺すことができなかった。
「と、取れたはずだ」
レオはシャドを放置しノエルの元へ向かう。たしかに腕輪は外れていた。それを確認したレオはノエルを抱えて立ち上がる。
「レオ、ごめん」
「謝るな。俺たちは仲間だ。助け合うのは当たり前のことだろう」
体が自由になったノエルは、レオの腕の中で謝る。悔やみきれないノエルに、レオはそんな必要はないと慰める。
「馬鹿め! 俺の再生力を忘れたのか!」
レオが腕輪の確認をしている間に再生を終わらせたシャドは、剣を両手で持ち上段に構えていた。
「お前を連れ帰り、俺は新たなる地位と力を手に入れる。お前にはまた木偶人形に戻ってもらうぞ!」
「力に溺れた哀れな者よ」
レオまでは相当に距離がある。しかし、シャドの体に蓄積された魔力はこの間合いを消すだけの力がある。振り下ろしで発生する衝撃がシャドの前方を軽く吹き飛ばすことになり、冒険者たちの死体諸共跡形もなく消える。
既に力は限界まで高まり、今から回避行動をとっても確実に間に合わない。だが、その攻撃が放たれることはなく、
「ばぅあっ?!」
膨張し続けていたシャドの体が爆発した。膨れ上がった魔力に器となる肉体が耐えきれず、内側から破裂した。
「お前は知らない。強力すぎる力に耐えられなくなった器は内部から破裂する。知っているか? 人間が魔石を食べると肉体が爆ぜるんだ。今のお前のように」
押さえつけられていた魔力が一気に飛び出したことで強い風が発生する。その風に乗るように肉片が飛び散り、シャドは見るも無残な姿に変わり果てた。
「お前は不死身になったわけじゃない。ノエルの腕輪を解除する前にお前が限界を迎えなくてよかった」
シャドの体が爆発することを知っていたレオは、体の再生に魔力を消費させることで肉体の崩壊を遅らせていた。それでも、シャドの精神が保つかどうかまでは分からなかった。
「レオ様ー!」
「ん?」
シャドを倒したレオに誰かが声をかけた。レオが振り返ると、そこにいたのは馬車に乗ったシイカだった。
「何ですかこれ!?」
「ああ、これは……」
街道で馬車を止めたシイカは周囲の状況を見て驚く。周囲には多くの冒険者の死体と肉片が飛び散り、シイカは状況の説明を求めた。
「――そういうわけだ」
「分かりました。とりあえず乗ってください。シガナ王国まで行くんですよね?」
「そうだが、なぜ?」
「レオ様が生きていることを確認したカリオット様が、お二人の力になるようにと私を向かわせたんです。どうやって生きているのかは知りませんが、無事で何よりです」
シイカはそう言いながら懐に手を入れる。
「これはカリオット様からの手紙です」
「ああ」
「それじゃあ、行きましょう」
手紙を受け取ったレオはノエルを抱え馬車に乗り込んだ。腕輪の効果から解放され、再び気を失ったノエルを静かに寝かせ、その隣に腰掛ける。乗合馬車とは違い他にも荷物が積まれているが、座れないほど狭くはない。
レオはカリオットからの手紙を開きつつノエルに視線を落とす。
ノエルがいなければ今のレオはいなかった。死ぬこと以外に生きる理由もない幽鬼になっていた。
「ありがとう」
遠ざかるミュールの外壁を眺めながら、二人は旅立った。

END
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