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第十三札 さーかますたんす!! =事情=
しおりを挟む「っっりゃぁぁぁ!!」
パシィッ!…
俺の力任せの横薙《よこな》ぎに対して、竹刀を斜めに構えた静流《しずる》が剣筋を上へと受け流す。
がら空きになった俺の頭に竹刀を打ち込もうとするがそれはもう何度も経験済み。
振り切る前の竹刀を腕の返しで上段に構え直して面打ちを防ぐ。
静流に法術を見せてもらってから一ヶ月。
剣術の腕に関しては師が良かったのである程度の時間は打ち合いを続ける事が出来るようになっていた。
それでも静流に法術を使われると防戦一方に回らざるを得なくなるけど。
法術に関しては……全く成長していない。
毎日札に力を入れてみたり、瞑想《めいそう》みたいな事をして体内の気を探そうとしてはいるが、
ウンともスンとも言わない。
やっぱり並行世界《パラレルワールド》の人間だから体の作りもどこか違うもんなんだろうか。
いや、流那《りゅな》も一般人な訳だからその辺りは関係ないか。
並行世界転移者だから恩恵を見る宝玉がバグったのかもしれない。
でもそれならサキが見えるのは何でだ?
それに歪曲札《わいきょくふだ》の効果も見える訳だから、視覚に関しては法力があるという考え方も……。
パァン!!
「っってぇ!!」
突如頭に激痛が生まれたせいで思考が中断される。
「も、申し訳ありません!」
慌てた静流が竹刀を腰に戻しながら近づいてくる。
「いつつ……俺の方がごめん、だ。ちょっと他の事を考えてた……」
痛む頭をさすりながら俺は顔をしかめて笑う。
「急に守りが薄くなったので誘っているのかと……」
「ほう…? で、その誘いに乗ってきたと」
「は、はい」
罠と思いつつ打ち込んでくるとか、実はリスキーな事が好きだったりするんだろうか。
聞いたとしてもそんな事はありませんとか否定されそうだったので聞くのはやめておく。
「いやぁ、俺の法術は一向に開花しないなぁとか考えてた」
「すみません、どうも法術を教えるのは不慣れで…」
申し訳なさそうな顔の静流に、慌てて俺は首を横に振る。
「そんな事はないし静流が謝る事はないぜ。むしろ色々教えてもらえてすごく感謝してる」
「あ……。そう、言って頂けると嬉しいです」
ん?静流の表情が一瞬曇った気がしたが、気のせいか?
……いつもの静流だ。
「それでは私は着替えてから夕飯の買い出しに行って来ます」
「あぁ、もうそんな時間か。それじゃあ頼む」
「分かりました」
―――
館内に戻ると流那が洗濯物を抱えて歩いているのを見かけた。
「お疲れ、流那」
「あっ、利剣さんっ。ありがとうございます~っ!」
「仕事は慣れた?」
俺の問いに流那はニッコリと微笑んだ。
「はいっ! お陰さまでっ。利剣さんも静流さんも良くしてくださって…」
「そっかそっか」
満点の回答に俺は満足してウンウンと頷く。
「そこにサキの名前がない事はしっかりとサキに伝えておいてあげよう」
「ご、誤解ですよぅ…」
まぁ確かに話し相手にはなるだろうが…。普通に驚かせに来てるもんな、あいつ。
流那が来て間もない頃なんか洗濯機のフタを開けたらサキの顔があった、とか台所に行ったらキッチン台にサキの首だけあった、とか。
しばらくの間は目を瞑《つむ》りながら洗濯機のフタを開けたり部屋のドアを開けてたもんな流那。
ホントアイツは何してくれやがってるんですか。
それが原因で流那が仕事やめてたら除霊も考えたぞマジで。
「サキさんは、驚かせたりはしてきますけどっ…、お話をするとすっごくいい子ですよっ」
「そうかねぇ…?」
「はいっ! 家の子供達みたいで…」
「家の子供?」
今まで聞いた事がないキーワードが飛び出たもんで俺はつい考えもせずに聞いてしまった。
「え?」
「え?」
流那が俺の言葉を受けて疑問形で返したので、俺もさらに疑問形で返す…、って何だこれ。
「いや、家の子供って…。流那もしかしてお子さんが…?」
彼女、確か十九歳だったよな?
まぁ結婚出来る年齢ではあると思うけど人は見かけによらないっていうか…。
「い、いえっ! 流那は子供はいないですよっ!」
ぷるぷると首を振って否定する流那。
「そっか。家の子供って言ったからつい」
「あーっ……。あはは~……」
納得した表情をしてから、困ったように笑う流那。
「悪い、困らせるつもりはなかったんだ」
「あ、いえっ。困るとかではないんです…けどっ」
一呼吸置いてから意を決した流那がポツリポツリと話し始めた。
「履歴書をお渡ししたので、色々お調べになった上で私を採用して下さったのかなぁ~? って思っていましたので…特にはお話していなかったんですが…」
あぁー……。まぁ、履歴書を受け取ったらどんな人か、とかどこに住んでるのか、とか調べるのが普通なんだろうか?
だがあの時は他にロクな…おっと、適任がいなかったし、人生で人を雇用する事自体初めてだったからなぁ…。
「私、両親がいなくて……養護施設で育ったんですっ」
うわあ。
ほんとごめん。
静流の家庭環境についても面接の時に地雷を踏んだっぽいのに、ここに来て流那の地雷も踏んだ。
「えっと、あっ! でも、今は施設長がっ…あ、今のお母さんなんですが流那を養子にしてくださって、それで…」
上手く言葉がまとまらないながらも一生懸命言葉を俺に伝えようとしてくれている流那。
「なるほど」
あぁ。
今の流那の説明で何で未成年の女の子が住み込みで就職を希望したのか理由が分かった気がした。
流那は養子にしてもらった施設長――義母に負い目を感じている。
「子供達」って言葉から多分施設には複数の子供がいるんだろう。
その中でも自分が養子にしてもらえた上に、生活まで保障される事になって…。
それに対して申し訳ないって気持ちがいっぱいなんだろう。
「あ……」
面接の時のやり取りを思い出す。
「流那、ごめんな」
「ふぇ? な、何がですかっ?」
唐突な俺の謝罪に説明を止めた流那が驚く。
「俺、面接の時に「母は子供に迷惑をかけられてナンボ」みたいな事、言ったからさ」
そうなのだ。
流那はあの時何か言いたそうだったが、何も言わなかった。
いや……言えなかった。
(実の母親じゃないので迷惑をかけたくないんです)
俺の言った言葉を否定するだけなら。
迷惑をかけたくない理由を説明するだけならば俺にそう言えば良かった。
だがそれは流那を養子にしようと考え、そして養子にしてくれた施設長の気持ちに対して「実の母親じゃない」と言う思いを言葉にしてしまうという意味を持つ。
だから流那は言えなかった。
恐らく流那の普段の言動を見るに、「実の母親じゃないくせに」とかそういう否定的な感情は持っていない。
どちらかと言うと「お母さんって思いたいけど、自分は養子だし、迷惑をかけっぱなしで本当に申し訳ないなぁ…」みたいな気持ちなんだと思う。
あくまで個人的な主観だけどな。
この性格と雰囲気でもし「あーあ、嘘の母親とかホントかったるいわー。早くここで金貯めて自立すっかぁ。スパー(煙草)」とか思っていたとしたら俺はもう人間を信じられなくなっちゃう。
「利剣さんは何も悪くないです。流那がお話しなかっただけですから」
「うーん、それでも俺がちゃんと調べてればもうちょっと発言にも気を遣えたというか…」
「そんな事ないですよ!」
双方譲りそうにない。
本当にこの館の女性は頑固というか…強いなぁ。
「そんじゃ、お互い様って事で」
「は、はいっ…。それでしたら…」
「よし、和解」
「はいっ!」
「あっ! ねぇねえ~、何話してるの~?」
どこかを散歩していたんだろうか。
俺たちに気付いたサキがふわふわとこっちに近づいて来る。
「おお。サキが驚かせまくってる来るからウザいって流那が」
「ふぇぇっ!?」
「ええっ!!?」
俺の嘘に同じリアクションの二人。
「ご、ごめんなさいっ…」
心底申し訳なさそうに謝るサキに、流那が首と両手をぶんぶんと振る。
「い、いえ! それは利剣さんの嘘なのですっ…」
「ふぇぇっ!?」
「利剣さぁん! 流那の真似しないでくださいよぉっ…!」
「はっはっは!」
「憎しみで人が殺せたらぁっ!!」
今日も我が家は平和だ。
――――――
「うーん…」
町のスーパーマーケット。
「(今日はレタスが安いわね…)」
静流が野菜コーナーでレタスを手に取り、どれが一番鮮度が良いかを品定めしいると隣に若い女性が並んだ。
チラリとその女性を一瞥すると、静流はスッ…っとエコバックから一通の封筒を取り出してそっと陳列棚に置く。
静流がその場を離れてすぐに若い女性もその場を離れる。
二人が去った後、陳列棚に静流が置いた封筒はなかった。
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