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第八札 れーす! =競争=

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 法術師届けの事を静流しずるから聞いてから一週間後。

「そんじゃまぁ、登録とやらに行って来る」
「行ってきますっ…!」

「行ってらっしゃいませ」
「寄り道せずに真っすぐ、早く帰ってきてね!!」

 俺と流那りゅなは静流とサキの見送りを受け、今日やっと都心にあるという管轄所かんかつじょへ向かう事になった。

 本当はもっと早く行ってみたいという好奇心と興味はあったんだけどさ。

 流那は「こ、怖いのでご一緒させてくださぁい…」と捨てられた子猫のような目で懇願こんがんしてくるし、サキはサキで「やだぁぁぁ! 死にたくなぁい! 一人にしないでぇぇ!!」と泣きついてきた。

 いやお前は死んでるからな? とは思うだけで言わなかったが。

 出会った当初の、ここはサキの家だから出ていけぇとか言ってたのは何だったんだよ。

 まぁ、流那と一緒に行くのは流れ的にそうなっていたから待つ事になり、採用してから始めの三日間は静流と流那の生活用品や家具の搬入で終わった。

 搬入とは言ったが大きな家具も荷物もなかったようだし、荷物も多くはなかったから荷入れから荷ほどき自体は数時間程度で終わったんだけど。

 それよりも実家に帰って荷物をまとめたり、必要な物を揃えていた時間の方が長かったと思う。

 その期間中は住み込みではなく日中だけ通いで来てもらった。

 住み込みが始まってからの三日間は契約通り、試運転で家事を始めてもらったのだが…。

 いや、面接の時にある程度把握はしていたつもりだったんだけど二人の真面目さには改めて驚かされた。

 しっかりと家事をこなしているのはもちろんの事、素行の悪さ…サボりや手抜き等、悪い点が全く見当たらないのだ。

 前に一度どこぞのしゅうとめよろしく、窓枠を指でスススっと触ってみたのだが満足のいくようなほこりの量は採取出来なかった。

 その現場を静流にたまたま見られて気まずくなった俺は「もっと手を抜いていいのよ…?」とおかしな事を思わず言ってしまったが「いえ、業務なので…」と真面目に返されてしまった。

 ここまで真面目にされると俺まで真面目にせざるを得なくなるので

 どこかでこう、ハメを外してくつろいで欲しいものだと思ったりするのは贅沢な悩みなのだろうか?

 サキはサキで始めのうちは常に俺の傍を離れようとせずにうろうろしていた。

 最初に館に出現した時くらい付きまとわれて鬱陶うっとうしかったが、気持ちは分からなくもないので突き放す事はせずに放っておいた。

「トイレと風呂の時はさすがにドアの向こうで待ってくれよな」

 と言ったら、「そんなの当たり前じゃん、気持ち悪い…」と真顔で返された時は何だか釈然しゃくぜんとしなかったが!

 そんなサキも毎日静流のいる生活に多少は慣れたようで途中から俺の傍をちょくちょく離れては流那の様子を見に行ったり、遠目から静流を観察したりするようにはなった。

 親の手を離れ一人立ちしてくれてうれしいぞ、サキ。

 そうこうしていたら一週間があっと言う間に過ぎたという話だ。

「さて…。俺は東京があまり詳しくないから頼む、流那」

「東京は全然行かないので凄く、不安ですっ……」

 マジか。

「……ナビ見ながら行けば大丈夫、だよなきっと…」

「そうですねっ……」

 互いに不安を抱きつつ、東京不慣れ組の長く険しい旅が始まろうとしていた。



―――サキside―――



「行っちゃった……」

 サキも本当は屋敷の外に出たいけど、やっぱりダメだった。

 嫌な気持ちになっちゃう。

 出ていく利剣の姿が見えなくなってから、チラリと静流さんを見てみる。

「……ぁ…」

 見送りが終わった静流さんと目が合っちゃって、慌てて目をらしちゃった。

 目を逸らした事、怒ったかな…?

 どうしよう…。

 このままそっと離れて館に戻ったら不自然かなぁ……。

「私は、館に戻りますね…」

「う、うん……」

 それだけ言うと静流さんはペコってお辞儀して館に戻ってっちゃった。

 うう、怒ったかなぁ…。

――――――

 利剣も流那さんもいないと、何か落ち着かない。

 静流さんはいつもと変わらず忙しそうに廊下で掃除をしてる。

 今のところサキに何かをしてくる気配はないけど油断はできない。

 あの刀で斬られたら……ぜったい死ぬっ…! 成仏しちゃう…!!

「うーん……」

 うなりながらごろんと宙で横になる。

 感覚はないけど、この体勢がなんとなーくお気に入り。

「はぁ~~~……」

 どうにかしてサキの平和な生活を取り戻したいなぁ~……。

 でもサキ、物にも触れないから何にも出来ないんだよね。

 何か行動が起こせれば色々と変化があるんだろうけど……。

 ぼーっと天井を見つめながらそんな事を考えてたから、サキは自分がふよ~って移動してた事に全く気付いてなかった。

「サキ、さん」

「へっ…?」

 ガバッと身体を起こしてみたら、目の前に静流さんが。

「あっ………し、しずるさん……」

「……」

「ぁ…ぁはは…は……」

 なんとなく、笑ってみたけど……。

 静流さんの顔つきが何かを思いつめてるみたいですっごく怖い。

 これって、その…斬りたいけど斬らない約束をしたから我慢、みたいな?

「ぁ……ぅ……」

 サキの顔、引きつっているんだろうなぁ…って言うのが自分でも分かる。

 本当に怖いって思った時って、声が出にくいんだね。

「サキさん……」

 その時、静流さんがそっとさやに手をかけた。

 それはまずいよね!

「き、きゃああああっっ!!」

 それを見た瞬間、大声を上げながら静流さんの反対方向へと脱兎だっとの如く飛び出していた。

「ま、待ってっ…!」

 慌てて静流さんが追いかけて来る。

「待てないぃぃっっ!!」

 長い廊下を必死に飛んで逃げる。

 サキは利剣の全速力より速く飛べるみたいで、今まで利剣に追いつかれた事がないんだよね。

 追いつかれても掴めないんだけどさ。

 掴めないはずなんだけど、静流さんなら何か掴んで来そうな気がする。

 掴まれたら終わりだ。

 サキの直感がそう警鐘を鳴らしている。

 実際に静流さんの駆ける速度は速く徐々に距離を詰めてきて、もう真後ろぐらいまで迫ってきている。

「ひぃぃーー!!」

「サ…キさんっ…!」

 もうすぐで廊下の突き当たり!!

 窓は開いてる。

 やー、閉まっていてもサキには関係ないんだけど。

 ただあそこを通り抜けるだけだから。

 スッッ……

 館から脱出してさらに高度と距離を少しとった場所でバッと振り返る。

「ふぅ、何とか…ってふぁいっっっ!?」

 静流さんが窓枠に足を掛けたのが見えて――――

 次の瞬間には跳躍してた。

 サキに向かって手を伸ばして。

「ちょっ、そこ、二階なのにぃぃぃぃ!!!!」

 サキの叫びが敷地内に響き渡った。


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