168 / 174
4章
閑話8★ 古い記憶④
しおりを挟む
アレは惜しかったな、と今でも思い出すことがある。
「名前をくださいませんか?」
「ふぇっ?!…………名前? なんでいきなり?」
城に着いて十日後。
これから出掛けるというララを引き留め、用意した首輪を手渡しながらそうお願いすると、彼女は奇声を上げてピシリっと固まった。
しばらくそのまま目を白黒させていたが、やがておっかなびっくり聞き返してきたのに、ニッコリ笑って説明する。
「あなたの飼い猫になりたいと思いまして」
「……名前をつけるだけで、猫ちゃんがわたしの飼い猫ってことになるの?」
「届け出が必要ですが、それはこちらでやっておきます。あなたは名前をつけて、僕を飼うと決めてくれればそれだけでいいんです」
それを聞いたララは腕組みをしながらうんうん唸っていたが、やがて残念そうに首を振った。
「ダメだよ、わたしじゃ猫ちゃんは飼えないよ……わたしね、この前八歳になったとこなの。子供なの」
「子供でも、猫は飼えますよ」
「飼えないよ! 子供は勝手なことできないもん。大人の許可がいるんだよ」
「僕が大人ですから、僕が許可を出しますよ」
「それってヘリクツって言うんだよ? むー、困ったなぁ」
そりゃ猫ちゃんはとっても可愛いけどー、しっぽもお耳もふわふわでとっても魅力的だけどー、と悩ましげに眉を寄せたララだが、またふるふるっと首を振り、今度はキッパリと言った。
「やっぱり、やめとく」
「……なんでですか?」
さっきと違って迷っていない顔だから、多分聞いても答えは変わらないんだけど。
それでも気になって理由を聞けば、ララは必死になって自分の考えを伝えてきた。
「ーー動物を飼うなら、最後まで面倒見なきゃいけないの。途中でやめちゃいけないの。でもわたしは、猫ちゃんとはすぐに別れなきゃだから。だから猫ちゃんのことは飼えないの」
「別れるってどういうことです? ずっと城に居るのではないのですか?」
なんだそれ。彼女がいるから、この城にも来たのに。
そんな話は知らなかったと拗ねてみせると、ララは困った顔でうーとかあーとか呟いたあと「今から言うのは秘密だから、誰にも言わないでね」と前置きしつつ、話を続けた。
「……わたしね、ここじゃない世界から来た子供なの。ーー“迷い子”っていうんだって。迷い子は、そのうち元の世界に帰っちゃうんだって」
だから一緒にはいたいけど、ずっとは無理なんだよーーと本当に残念そうな声で言われた。
気落ちしなかったと言ったら嘘になる。
迷い子が必ず帰ってしまう、なんてことはこの世界の者にとっては常識だ。それこそ僕のような境遇の者にだって知れ渡っているくらいに。
だから、諦める以外の選択肢は思いつかなかった。
けれどーー
「……ララは自分が迷い子じゃなければ、僕のこと飼ってくれました?」
「それはもちろん! 猫ちゃんのこと大好きだし!」
「はあ……とりあえず、今はその言葉だけで良しとしますよ」
ため息をつきつつそう言えば、ごめんね? と申し訳なさそうに八歳児に笑われてしまった。
◇
その後は今度こそ出掛けると言うララを魔法陣まで送りながら、思いつくままに色々なことを話した。
「他の猫ちゃん達は、大体がこの国にお世話になることにしたみたい。猫ちゃんはどうするの?」
「……そろそろ放ったらかしにしている兄弟がイジケて面倒なことになりそうなんですよね。なので、いい加減迎えに行こうかと。ララは今から何をしに行くんですか?」
「わたしはまた動物いじめをしている悪い大人がいるって聞いたから、みんなでお仕置きしに行くよー」
猫ちゃん達みたいに困ってる子がいるかもだから頑張る! とガッツポーズを決めるララは、どう見ても可愛くて元気いっぱいな普通の子供だった。
「なんでララは城の仕事を手伝ったりしているんですか? 迷い子だからって、別に強制されているわけでもないでしょう?」
「え? うーんと……わたしがこっちで良いことしておけば迷い子のヒョーバンが良くなって、次の迷い子がこの世界の人たちと仲良くしてもらえるかもでしょ?」
「でも、ララは迷い子ってことは隠しているんでしょう?」
それじゃララ本人に何のメリットもないのでは、と聞いたのだが。
「わたしは好きでやってるからいーのっ!」
満面の笑みでそう返されれば、なら仕方ないな、で納得するしかなかった。
そうして転移魔法陣に着いたあと。
ララは別れ際にしっかりと僕の目を見ながら、“お願い“とやらを言い残した。
「ね、猫ちゃん。いつかまた他の迷い子に会うことがあったら、親切にしてあげてね? 困ってたら、手助けしてあげて?」
約束だよ! とにっこりしながら小指を絡めて言われたのが、結局最後の言葉で。
その次の週には、ララはこの世界から消えていた。
*************************
次から本編に戻ります。
「名前をくださいませんか?」
「ふぇっ?!…………名前? なんでいきなり?」
城に着いて十日後。
これから出掛けるというララを引き留め、用意した首輪を手渡しながらそうお願いすると、彼女は奇声を上げてピシリっと固まった。
しばらくそのまま目を白黒させていたが、やがておっかなびっくり聞き返してきたのに、ニッコリ笑って説明する。
「あなたの飼い猫になりたいと思いまして」
「……名前をつけるだけで、猫ちゃんがわたしの飼い猫ってことになるの?」
「届け出が必要ですが、それはこちらでやっておきます。あなたは名前をつけて、僕を飼うと決めてくれればそれだけでいいんです」
それを聞いたララは腕組みをしながらうんうん唸っていたが、やがて残念そうに首を振った。
「ダメだよ、わたしじゃ猫ちゃんは飼えないよ……わたしね、この前八歳になったとこなの。子供なの」
「子供でも、猫は飼えますよ」
「飼えないよ! 子供は勝手なことできないもん。大人の許可がいるんだよ」
「僕が大人ですから、僕が許可を出しますよ」
「それってヘリクツって言うんだよ? むー、困ったなぁ」
そりゃ猫ちゃんはとっても可愛いけどー、しっぽもお耳もふわふわでとっても魅力的だけどー、と悩ましげに眉を寄せたララだが、またふるふるっと首を振り、今度はキッパリと言った。
「やっぱり、やめとく」
「……なんでですか?」
さっきと違って迷っていない顔だから、多分聞いても答えは変わらないんだけど。
それでも気になって理由を聞けば、ララは必死になって自分の考えを伝えてきた。
「ーー動物を飼うなら、最後まで面倒見なきゃいけないの。途中でやめちゃいけないの。でもわたしは、猫ちゃんとはすぐに別れなきゃだから。だから猫ちゃんのことは飼えないの」
「別れるってどういうことです? ずっと城に居るのではないのですか?」
なんだそれ。彼女がいるから、この城にも来たのに。
そんな話は知らなかったと拗ねてみせると、ララは困った顔でうーとかあーとか呟いたあと「今から言うのは秘密だから、誰にも言わないでね」と前置きしつつ、話を続けた。
「……わたしね、ここじゃない世界から来た子供なの。ーー“迷い子”っていうんだって。迷い子は、そのうち元の世界に帰っちゃうんだって」
だから一緒にはいたいけど、ずっとは無理なんだよーーと本当に残念そうな声で言われた。
気落ちしなかったと言ったら嘘になる。
迷い子が必ず帰ってしまう、なんてことはこの世界の者にとっては常識だ。それこそ僕のような境遇の者にだって知れ渡っているくらいに。
だから、諦める以外の選択肢は思いつかなかった。
けれどーー
「……ララは自分が迷い子じゃなければ、僕のこと飼ってくれました?」
「それはもちろん! 猫ちゃんのこと大好きだし!」
「はあ……とりあえず、今はその言葉だけで良しとしますよ」
ため息をつきつつそう言えば、ごめんね? と申し訳なさそうに八歳児に笑われてしまった。
◇
その後は今度こそ出掛けると言うララを魔法陣まで送りながら、思いつくままに色々なことを話した。
「他の猫ちゃん達は、大体がこの国にお世話になることにしたみたい。猫ちゃんはどうするの?」
「……そろそろ放ったらかしにしている兄弟がイジケて面倒なことになりそうなんですよね。なので、いい加減迎えに行こうかと。ララは今から何をしに行くんですか?」
「わたしはまた動物いじめをしている悪い大人がいるって聞いたから、みんなでお仕置きしに行くよー」
猫ちゃん達みたいに困ってる子がいるかもだから頑張る! とガッツポーズを決めるララは、どう見ても可愛くて元気いっぱいな普通の子供だった。
「なんでララは城の仕事を手伝ったりしているんですか? 迷い子だからって、別に強制されているわけでもないでしょう?」
「え? うーんと……わたしがこっちで良いことしておけば迷い子のヒョーバンが良くなって、次の迷い子がこの世界の人たちと仲良くしてもらえるかもでしょ?」
「でも、ララは迷い子ってことは隠しているんでしょう?」
それじゃララ本人に何のメリットもないのでは、と聞いたのだが。
「わたしは好きでやってるからいーのっ!」
満面の笑みでそう返されれば、なら仕方ないな、で納得するしかなかった。
そうして転移魔法陣に着いたあと。
ララは別れ際にしっかりと僕の目を見ながら、“お願い“とやらを言い残した。
「ね、猫ちゃん。いつかまた他の迷い子に会うことがあったら、親切にしてあげてね? 困ってたら、手助けしてあげて?」
約束だよ! とにっこりしながら小指を絡めて言われたのが、結局最後の言葉で。
その次の週には、ララはこの世界から消えていた。
*************************
次から本編に戻ります。
0
お気に入りに追加
554
あなたにおすすめの小説
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
〖完結〗私は旦那様には必要ないようですので国へ帰ります。
藍川みいな
恋愛
辺境伯のセバス・ブライト侯爵に嫁いだミーシャは優秀な聖女だった。セバスに嫁いで3年、セバスは愛人を次から次へと作り、やりたい放題だった。
そんなセバスに我慢の限界を迎え、離縁する事を決意したミーシャ。
私がいなければ、あなたはおしまいです。
国境を無事に守れていたのは、聖女ミーシャのおかげだった。ミーシャが守るのをやめた時、セバスは破滅する事になる…。
設定はゆるゆるです。
本編8話で完結になります。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
【完結】今夜さよならをします
たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。
あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。
だったら婚約解消いたしましょう。
シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。
よくある婚約解消の話です。
そして新しい恋を見つける話。
なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!!
★すみません。
長編へと変更させていただきます。
書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます!
【完結】お前を愛することはないとも言い切れない――そう言われ続けたキープの番は本物を見限り国を出る
堀 和三盆
恋愛
「お前を愛することはない」
「お前を愛することはない」
「お前を愛することはない」
デビュタントを迎えた令嬢達との対面の後。一人一人にそう告げていく若き竜王――ヴァール。
彼は新興国である新獣人国の国王だ。
新獣人国で毎年行われるデビュタントを兼ねた成人の儀。貴族、平民を問わず年頃になると新獣人国の未婚の娘は集められ、国王に番の判定をしてもらう。国王の番ではないというお墨付きを貰えて、ようやく新獣人国の娘たちは成人と認められ、結婚をすることができるのだ。
過去、国の為に人間との政略結婚を強いられてきた王族は番感知能力が弱いため、この制度が取り入れられた。
しかし、他種族国家である新獣人国。500年を生きると言われる竜人の国王を始めとして、種族によって寿命も違うし体の成長には個人差がある。成長が遅く、判別がつかない者は特例として翌年の判別に再び回される。それが、キープの者達だ。大抵は翌年のデビュタントで判別がつくのだが――一人だけ、十年近く保留の者がいた。
先祖返りの竜人であるリベルタ・アシュランス伯爵令嬢。
新獣人国の成人年齢は16歳。既に25歳を過ぎているのに、リベルタはいわゆるキープのままだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる