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3章

21★ 目をそらした方が負けです

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「もちろん、お断りします」

コンマ一秒の間もなくきっぱり拒否の言葉を返すと、目の前で女王がベシャっという効果音とともに突っ伏した。
実際にはフッカフカのラグとぬいぐるみ達の上に倒れているのだから何の音もしていないのだが、そんな事を感じさせない見事なへしゃげっぷりである。


(ーーこの国の民達は、女王のこういう姿は知っているんですかね)

まあおそらく大半の人間は知らないのであろう。
女王が国民の前に現れるのは年に一回、建国記念日の一般参賀のみ。その時だって城の一番高いバルコニーの上から手を振る姿を見せるだけだ。
その一日くらいは彼女も猫を被り通しているだろうし、こんな情けなーーいやリラックスした姿は見せていないはずだ。

自分は素の彼女を見せられている少数派の方なのだろうが、正直全く嬉しいとは思わない。
仮にも国のトップなのだからこんな駆け引きをやって遊んでいる暇があったらとっとと仕事しろ、とは思っているが。

シアンがそんな事をつらつら考えていると、床にへばりついていた女王がバッと顔を上げて飛び起きた。

どうやら復活したらしい。


「こんのっ……話ぐらい聞かんかぁあぁーっ!! なにいきなり断っとるんじゃッ!」
「アンタが持ち掛ける時点でろくなもんじゃないのは確定してます。厄介事はごめんです」
「うっ、クソッ……可愛げのない猫め!」
「そっくりそのままお返ししますよ」

バチバチッと音のしそうな勢いで、一人と一匹がしばし無言で睨み合う。
せっかくのイケメンと美幼女が向かい合う様も方や眉間にシワを寄せまくり、方やギリギリと歯軋りをして苛立ちを露わにしているので、まあはっきり言って台無しである。


ーー交渉事では先に目をそらした方が負けとは誰が言った言葉なのか。
その言葉が正しければ、今回負けたのはシアンの方だった。

「兎に角、取引とやらには応じません。僕は一刻も早くソフィーの元へ戻りたいのでこれで失礼させて頂きますよ」

そう言って背を向けたところにトドメの一撃コトバが投げ掛けられる。

「そのお主の大事な飼い主の傍にいるため、と言えばどうじゃ?」


帰りかけていた足を止めて振り返り、シアンは胡散くさそうな目で女王を見下ろした。

「……だから、その方法があるのはその日記帳の中でしょう? 取引をしないと見せてもらえないなら要りませんよ。他を当たります」
「他を当たっても出てこんと思うがの? なんせこの国では迷い子についての研究はご法度じゃからの」
「ーー何ですって?」
「迷い子についての研究も記録もわらわの専売特許じゃ。こんな面白い事を他の者にさせてやるなど勿体なかろ? じゃから禁止にしてやったのじゃ!」

研究者の間では常識なんじゃが、知らんかったのかと鼻で笑われる。

ーーそんな事を言われてもシアンは届け物屋であって研究者ではないのだから、研究対象の制限なんて聞いたこともなかったのだが。

(とはいえ迂闊でしたね。世の中に全く関連する書物が出回っていない時点で、少しは調べておくべきでしたか)

まあそれを時前に知ったところでどうすることもできない。
迷い子の大半はこの国でまず保護されている上に、他国で捕らえられ研究されたとしてもその情報だって国家機密だ。簡単に入手できるものではない。

どういうルートを辿ったところで、結局はこの女王に話をする羽目になったのだろう。
全く、腹立たしいことこの上ない。


「ーー仕方ありませんね。その取引、乗ってあげますよ」

嫌そうに、ほんっとーに嫌そうにだが、ため息をつきながらシアンが手を差し出した。
その手を小さな手で握り返して、ニンマリと女王が笑う。

「そうこなくてはの! ならほれ、さっさと耳を貸せい」
「は? 嫌ですよ。二人しか居ない場所でひそひそ話をする必要がどこにあるんですか」
「こういうのはお約束というやつじゃ! 良いから付き合え!」

そう言って腕を勢いよく引っ張れば、しかめっ面をしながらもシアンが幼児の身長に合わせるようにしゃがみ込んで横を向く。
女王は目の前にきた猫耳を意外にもソフトタッチで包み込み、顔を寄せた。


(むふふ……ついでじゃから猫耳をモフりたかったんじゃ! 思う存分とはいかぬが、堪能させてもらおうかの♪)


実はもふもふ好きの女王の心の声は読心スキルのないシアンにも筒抜けで、シアンは再度深々とため息をついたのだった。
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