【本編完結】森で遭難しかけたら獣とおかしな人達に囲まれました 〜飼い猫が私を逃してくれません!〜

夕木アリス

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2章

閑話2★ 興味深いオモチャ②

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例の女の子を宿の部屋に寝かせた後、戻ってきた兄弟に話がある、と別の部屋に呼び出された。


「先にちょっとお願いが。ーーコレで血を分けてもらえませんか?」

押しつけられたナイフと皿を見て固まる。
コイツ、前からちょっとヤバい奴だとは思ってたけど……これはちょっとで済まないだろ。

「ちょい待て。説明はねーの?」
「面倒なので、できたら端折りたいんですが」
「いや、流石にしろよ。何に使うんだよ」

コレにですよ、と言って見せられたのは少し厚みのある不思議な感触の紙。羊皮紙ってヤツか?
一箇所だけ文字が書かれているのを読めばーー

「”命名申請書”って……どーゆーこと?」
「彼女に、僕らの飼い主になってもらおうかと思って」
「ーーは、正気?」


いやいや、ついさっき森で拾ったばっかの女の子だぞ?
飼い主決めるって、基本的には一生に一度とかのめちゃくちゃ重要な話なんだけど?
会って数分話しただけで”君に決めた!”ってやんのオカシーだろーよ。

しかも血を分けろ、って言ったってことは。
ひょっとしてこの申請書、ただの申請書じゃなくて……宣誓書……?


ーー結婚、雇用、出生、名付けーー

この国、いやこの世界の各種申請や契約には二種類ある。
普通の申請書と宣誓書だ。

申請書は最終的には国に提出するもので、ペットへの名付け、つまり飼い主としての契約は申請書でやるのが基本ーーつか、そうじゃないのなんて聞いたことがない。

だって、申請書なら一応破棄ができる。
外聞が悪かったり、手続きが面倒だったり、金が掛かったりはするが、言ってしまえばそれだけだ。

一方で宣誓書は国を通しはするが、最終的には『神』に誓うもの。一度出してしまえば基本破棄はできず、破棄するとなれば神罰が降るとされる。
神様ってやつは実際に見たことないが神罰の方はきっちりあるらしく、たまーに街が一個なくなっただの一族全員行方不明だのって話は伝わってくる。

酒場とかでそういうの聞くたびに、わざわざそんなアホな事する奴らっているんだなーって笑ってたんだが……


……えっ、マジで?
コイツ、宣誓書の方出す気なの?
さすがに頭オカシーんじゃねーの?


「……大体同意ももらってないじゃん」
「それはこれから説得しようかと」

説得、というか脅迫しかねない雰囲気漂わせてんな…。目が本気マジだよコイツ。オレでもこえーわ。
これはあの子逃げらんないだろうなー。ご愁傷様ってカンジ。

に、してもだ。


「……理由は?」
「一目惚れ、じゃ納得できません?」
「できると思ってんの?」
「してくれるとラクでいいな、とは思ってますよ」
「……いい加減にしねーとキレるよ?」

おやおや怖いですね、とニヤニヤ笑いながら両手を上げたポーズとかワザとやってくるから、ギリギリ狙ってナイフ投げてやった。
平然とした顔で掴んで投げ返されたけど。

「本当に、君は堪え性がないですね。短気は損気と言いますよ?」
「イチイチ煽ってくる奴が身近にいるからだろーよ!」
「それは失礼。反応が面白くてつい」

君だってさっき彼女に似たような事をしてたでしょう、と言われて詰まる。
……だって面白いんだもん。

「まあ一目惚れは冗談にしても。……ずっと、狙ってはいたんですよね」

あの森、迷い子が出るって有名でしょう?上手くいけばんじゃないかと思ってたんですよ。
そう続けるのを聞いて顔をしかめた。

「つまり何?飼い主になってもらう為に、迷い子探してたってワケ?」
「ええそうです」


あの森、っていうのは転移前に居たあの子を拾ったところで、この大陸一の巨大な森。
正式名称は国ごとに違うが、通称はどこでも同じで”まどいの森”と呼ばれている。

理由は、森の中に頻繁に霧が発生して碌に視界が効かない上に、中の土地自体が頻繁にから。
一度迷い込めば、大概の人間は出てこられなくなるから惑いの森。土地の入れ替わりに伴う地殻変動も多くて、動物にとっても危ない場所と言われている。
オレ達は仕事でしょっちゅう入っていたが、あまり外から人が立ち入る場所じゃなかった。

森についての話はもうひとつ。ーー迷い子、あるいは惑い子と呼ばれる異世界からの子供は、何故だかあの森から現れるらしい。

「確かに迷い子自体レアだし、迷い子が飼い主になったなんて聞いたことないし?一生使える話のネタにはなるけどーーそんなことで飼い主決めちゃうワケ?」
「迷い子なんて、短期間で元の世界に戻るのがほとんどです。しばらくの間面倒を見るだけで、飼い猫としての権利が手に入るならお得でしょう?」
「自分の家が持てるってやつ?今まで宿を転々としたって、不便だとか言ったことないじゃん。ーーで、ホントの理由は?」
「ーーさぁ、何だと思います?」

あ、コイツこれ以上喋る気ねーな。
生まれてからずっと付き合ってるから、嫌でも分かる。


「それで、どうします?別に彼女の飼い猫になるのは、僕だけでも構わないですよ?ノラ猫のままが良いというなら止める気もありませんし。ああ、もちろんの家には無期限に居候してもらっても良いですからね」

君に強制するつもりはないので好きに決めてくださいね、と言いながら同じ申請書をもう一枚出し、渡してくる。


ノラ猫のまま、ねえ。
別に今でも実際問題困ってないし、気楽な生活も捨てがたい。

でも……なーんか、あの子とコイツだけで仲良くやってる姿想像したら、すっごい腹立つんだけど?

なんだろ、コレ。


正直、なんでこんな気分になるのか自分でも良く分かんない、けど。


「……あんな良さげなオモチャ、独り占めとかズルイだろ?」

そう言って壁に刺さったナイフを抜き、指の先を切って血を落とす。

オレは猫だから、面白そうなオモチャはどうやったって目で追っちゃうし。
逃げる素振りをされれば、罠かもしれない、と思っても飛びついてしまう。

けどま、ネコってそんなもんだろ?


ーーそれに、どっちを盗られるのもイヤだ。迷い子オモチャ兄弟コイツも。だから。


「どーせちょっとの間だろ?付き合ってやんよ」

その方が面白そうだしな?

そう言ってニンマリ笑ってやれば、兄弟は少しだけ目を見張ったあと、満足げに笑い返したのだった。

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