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1章

1。迂闊に森に入ってはいけません

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「はあー……」
深々としたため息が湿度の高い空気に溶ける。

周りはうすい乳白色の霧に沈む、さまざまな樹々。もう少し進めば綺麗な湖もある。
目にも優しく、空気も美味しい。晴れていたならとても気持ちの良い森林浴スポットだろう。

「……やらかした」
ただし、ここがどこか分かっているなら、の話だが。

ほんの数時間前に、うっかり、本当にうっかり、後先考えずに森の中に走り込んでしまった。
それは、直前にかなり、いやもの凄くショックな光景を見たからではあったけれど。

だとしても有り得ない。どうかしてたよ自分。
いやまあ、実際のとこめちゃくちゃパニックになっていたんだけど。

「帰り道、どっちかなぁ……」

完全に迷子である。


大まかになら分かっている。研究室の旅行で来ている閑静な避暑地。そこのコテージを囲むように広がる森のどこか。
大まかすぎて、この場合全く役に立たない情報だ。

元々、この森が迷いやすい場所とは聞かされていたのだ。

『結構深い森でね?霧が出ることも多いから迂闊に入っちゃダメだよー。迷子になっちゃうからねー』
教授にも研究生達にも、もちろん保護者である姉にも散々言い含められ、なんなら脅された。

その度に子供扱いしないでと文句を言っていたのだが、彼らが全面的に正しかったわけだ。

きっと今頃私が居なくなっていることに気付いて、大騒ぎになっている。
真っ青な顔の姉が目に浮かぶよう。

「どうやって帰ろう……」

遭難、なんて言葉が頭をよぎって、徐々に血の気が引いてくる。
思った以上に深い森で、最悪のケースとか考え出したら今更ながら怖くなってきた。

アウトドアなんて好きじゃないとか言わずに、サバイバル術とか調べておけば良かった。
さっき見つけた湖、あの水は飲んでも大丈夫だろうか。

「確か、あまり動かない方が良いはずよね……」
方向も分からないのに無闇に歩くのも良くない、と自分に言い訳をして、木のそばに腰を下ろす。

正直、クタクタに疲れ切っていた。全力疾走の後、かれこれ3時間は森の中を彷徨っているのだ。
少しだけ、と目を閉じる。目を開けたらコテージのベッドの中だったらいいのに。
すぅ、と落ちていく意識の中でそんな甘いことを考えた。
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