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しおりを挟む旅の商隊に拾われてから半月ほど経った。
あの後話を続けていくうち、なんと護衛の男二人はそろって犬だったことが判明した。
被っていたフードを取って耳を見せられた時の、あのやりきれない気持ちは何て表現したらいいのだろう。
なんとも言えない微妙な表情をしていたらしい俺を見て、男二人は腹を抱えて笑っていた。
「あっははー、だからあんなに警戒してたんだ?」
「…悪かったな。いつも被りっぱなしだから、つい取るのを忘れていた」
……なんでもっと早く言ってくれなかったんだとか、人間だと思って勝手に警戒していた自分がバカみたいだとか、言いたいことは山ほどあったが。
とりあえず笑いながら謝ってくる二人をまるっと無視して、俺は食事に夢中なフリをしたのだった。
◇
血の気が戻って、まだ脚は痛むものの何とか歩けるようになった俺は、商隊の護衛の一人として雇ってもらえることになった。
とは言っても、人間の歳で10才か11才のガキに普通の護衛の仕事ができるわけはなく。
実態としては単なる雑用係で、食事の準備や片付け、夜中や休憩時の見張り係を適宜手伝う、と言った感じだった。
何も言いつけられていない時は自由時間として、主に拾ってくれた護衛達が代わる代わる勉強を教えてくれる。
中身は大陸の共通語の読み書きや簡単な計算、他にも世の中の常識といって基本的な挨拶や地図の読み方、買い物のやり方なんかも含まれた。
商人の連中はほとんどが人間で、やっぱり最初は警戒してまともに会話ができなかったが、そのうち慣れることができた。
「おれ、ガキん時犬飼いたかったんだけどさー。どーせ散歩もしねーんだろって、母親から許可もらえなかったんだよなぁ」
「……ウチに置いてきてる息子がな、お前と同じくらいなんだ。もう一月近く会っていないが、元気にしてっかな…」
みんなが気が向いた時にふらっと話し掛けてきて、俺を見て嬉しそうにしたり、少し悲しそうな顔をしたりしていく。
図々しいヤツの中にはやれ耳を触らせろだの尻尾をモフらせろだの好き放題言ってくるのもいた。
どうせ逃げられないからと大人しく撫でさせてやったら、緩みまくった顔でわしゃわしゃ触りたくった後、お礼と言って菓子をくれたりもした。
…誰も怒鳴り散らしたり、腹を蹴ったり、石を投げてくるなんてことはしなかった。
たまたまだが、気のいい連中に拾われたようだ。運が良かった。
◇
その日は、水を補給するためと言って森の浅いところにある湖に寄っていた。
「お前さん拾った時も、こんな感じで水辺に来てたんだよ。いやあ、あん時は本当に喫驚したぞ」
「そうそう!血だらけの包帯が散らばってて、そん中に傷だらけのマッパの坊主が倒れてんだもんな。もう明かにヤバい図でさー。正直追い剥ぎ相手にするよりも焦ったわー」
「……マッパで倒れてたとか、そんな説明いらないから」
どのタイミングで取れたのかは知らないが、姿封じのピアスがなくなった時点で人化したんだろう。
ーー犬の時は服なんか着てないんだから、しょうがないじゃないか。
「犬のお前さんを手当てしてくれたってご令嬢は、森の中で会ったんだったか?」
「…ああ。確か侍女に”マヤ”って呼ばれてた」
「黒髪黒目のご令嬢かー。チビちゃんを拾った辺りでもこの辺でも、人間だと見ない色だけど。惑の森の地殻変動に巻き込まれたんなら、どこの国の側に居たのかも分からないからねー」
大陸の何処かには、その色の人間が普通って国もあるんだろーなぁと、何でもない事のように言われる。
ーー地殻変動、か。
あの竹林は一体どこの国だったんだろうか。
……きっと、あの場所に行けることはもうないんだろう。
あの時、彼女に待っててと言われたが…悪い事をしたな。
そう思いながら、俺は腕に巻き付けたリボンをそっと押さえた。
さすがに首に巻くのは恥ずかしいので、服で隠れるところに巻いてある。
いつか謝れるといいんだがと、おそらくはもう会うことも無いだろうご令嬢のことを、俺は少し申し訳なく思い出していた。
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