22 / 30
閑話3。家出発覚①
しおりを挟む
「シルヴィアーナはまだ帰らないのか!?」
「妹がいなくなってもうすぐ丸二日です。父上、そろそろ捜索隊の手配をした方が……!」
平日昼間のラミレス邸に、本来なら仕事で家にはいないはずの当主とその跡取り息子の声が響く。
ソワソワと扉の前を行ったり来たりする彼らを見遣って、公爵家執事のウォルターが出そうになるため息を殺しながら言葉を紡いだ。
「お二人とも落ち着いてください。お嬢様が魔法の訓練で何日も帰ってこないのはいつものことではないですか。気にされずとも良いのでは?」
「いつもならそうだが、一昨日あんなことがあったばかりなのだぞ? ショックを受けて精神的に不安定な状態では訓練など却って危険だ! 早急に連れ戻さねば……」
「そうだぞウォルター、これは非常事態だ。むしろ何故お前が止めなかったのだ? 僕がその場にいれば絶対止めていたのに!」
(いや、お嬢様が本気で出て行こうとされたら止められる者などこの屋敷、というかこの国には居りませんしーーそもそもショックなんてカケラも受けている様子はなかったですよ。むしろ晴々とした表情で、今にも躍り出しそうなくらい上機嫌でしたから)
そう心の中で愚痴るも、優秀な執事であるウォルターは一切口に出さない。言ったところで彼らには伝わらないから。
この公爵家当主とその子息は大体のことには理性的で話の分かる人物だが、ことシルヴィアーナのことに関してはまともな思考をしていないのだ。
猫可愛がり、溺愛、贔屓の引き倒しーー彼らがシルヴィアーナを見る目には何層にもフィルターが掛かっていて、もはや原型を留めていない。
「あの娘は心優しく、とても繊細なのだ……訓練に行くと言ったのもきっと口実で、誰もいないところで悲しみに暮れておるのだろう」
「きっとそうです! ああ、可哀想なシルヴィアーナ……いつになれば帰ってくれるんだ……!」
「そんなに気になるのでしたら、お嬢様のお部屋に入られれば良いでしょう? 追跡魔法を使われるにしても最後にお嬢様が居られた場所で展開する方が良いでしょうし」
そう提案した彼をアレクシスとコルヴェナートはビックリした顔で見つめ、その二人を驚いたウォルターが逆に見つめ返す。
さっきから本人の部屋の前でうろついているのだから、てっきりそのつもりだと思っていたのだが。
「シーナの部屋にか?」
「ええ。旦那様はマスターキーをお持ちですよね?」
「いやでも。部屋に無断で入ったりしたら嫌われてしまうかも知れないだろう?」
娘に「勝手に人の部屋に入ってくるなんてデリカシーのないお父様は嫌いよ!」なんて言われたら立ち直れないし、と渋る当主に、ウォルターはまた胃がキリキリと痛むのを感じた。
その隣ではコルヴェナートが父親を急かしている。
「そうですよ父上! 中でシーナが倒れていたらどうするのです、早く開けてください!」
「坊ちゃまも解錠魔法をお使いになれば今すぐ入れますよね?」
「えっ……いや、でも、こういうのは家長である父上がーー」
ごにょごにょと言い訳をするコルヴェナートの顔には『万が一部屋に入ったのがバレたら妹に嫌われてしまう! それは困る!』とバッチリ書かれている。
(ホントこの二人似た者親子ですよね……お嬢様とは全く似ていませんが)
これでこの国が誇る宮廷魔道士団の長と副長というのがどうにもウォルターには信じられない。
信じられないが事実としてそうなので、このグダグダな姿は屋敷の中限定なのだろうそうに違いない、と半ば無理矢理自分を納得させてから、ウォルターは二人に向き直った。
ーーウォルターはここラミレス公爵邸の執事である。つまり、目の前にいるのは雇用主だ。
いくら娘可愛さのあまり部屋にも入れない情けない雇用主でも、その要望を完璧に満たすのが彼の執事としての在り方である。
だから、コレからすることは仕事の一環だ。
「でしたらお嬢様には俺の判断で部屋に入ったと説明しておきます。それなら宜しいのでしょう?」
「「ーー! 頼むウォルター!」」
「はぁ……承知しました。骨は拾ってくださいね」
そしてこの部屋を不在にしている人物は貴族令嬢としては型破りで、魔法使いとしてすら規格外のーーそれでもウォルターの敬愛する唯一の主人だ。
彼は主人のことをとても心配していた。
それこそ彼女の父兄と勝るとも劣らぬほどに。
「妹がいなくなってもうすぐ丸二日です。父上、そろそろ捜索隊の手配をした方が……!」
平日昼間のラミレス邸に、本来なら仕事で家にはいないはずの当主とその跡取り息子の声が響く。
ソワソワと扉の前を行ったり来たりする彼らを見遣って、公爵家執事のウォルターが出そうになるため息を殺しながら言葉を紡いだ。
「お二人とも落ち着いてください。お嬢様が魔法の訓練で何日も帰ってこないのはいつものことではないですか。気にされずとも良いのでは?」
「いつもならそうだが、一昨日あんなことがあったばかりなのだぞ? ショックを受けて精神的に不安定な状態では訓練など却って危険だ! 早急に連れ戻さねば……」
「そうだぞウォルター、これは非常事態だ。むしろ何故お前が止めなかったのだ? 僕がその場にいれば絶対止めていたのに!」
(いや、お嬢様が本気で出て行こうとされたら止められる者などこの屋敷、というかこの国には居りませんしーーそもそもショックなんてカケラも受けている様子はなかったですよ。むしろ晴々とした表情で、今にも躍り出しそうなくらい上機嫌でしたから)
そう心の中で愚痴るも、優秀な執事であるウォルターは一切口に出さない。言ったところで彼らには伝わらないから。
この公爵家当主とその子息は大体のことには理性的で話の分かる人物だが、ことシルヴィアーナのことに関してはまともな思考をしていないのだ。
猫可愛がり、溺愛、贔屓の引き倒しーー彼らがシルヴィアーナを見る目には何層にもフィルターが掛かっていて、もはや原型を留めていない。
「あの娘は心優しく、とても繊細なのだ……訓練に行くと言ったのもきっと口実で、誰もいないところで悲しみに暮れておるのだろう」
「きっとそうです! ああ、可哀想なシルヴィアーナ……いつになれば帰ってくれるんだ……!」
「そんなに気になるのでしたら、お嬢様のお部屋に入られれば良いでしょう? 追跡魔法を使われるにしても最後にお嬢様が居られた場所で展開する方が良いでしょうし」
そう提案した彼をアレクシスとコルヴェナートはビックリした顔で見つめ、その二人を驚いたウォルターが逆に見つめ返す。
さっきから本人の部屋の前でうろついているのだから、てっきりそのつもりだと思っていたのだが。
「シーナの部屋にか?」
「ええ。旦那様はマスターキーをお持ちですよね?」
「いやでも。部屋に無断で入ったりしたら嫌われてしまうかも知れないだろう?」
娘に「勝手に人の部屋に入ってくるなんてデリカシーのないお父様は嫌いよ!」なんて言われたら立ち直れないし、と渋る当主に、ウォルターはまた胃がキリキリと痛むのを感じた。
その隣ではコルヴェナートが父親を急かしている。
「そうですよ父上! 中でシーナが倒れていたらどうするのです、早く開けてください!」
「坊ちゃまも解錠魔法をお使いになれば今すぐ入れますよね?」
「えっ……いや、でも、こういうのは家長である父上がーー」
ごにょごにょと言い訳をするコルヴェナートの顔には『万が一部屋に入ったのがバレたら妹に嫌われてしまう! それは困る!』とバッチリ書かれている。
(ホントこの二人似た者親子ですよね……お嬢様とは全く似ていませんが)
これでこの国が誇る宮廷魔道士団の長と副長というのがどうにもウォルターには信じられない。
信じられないが事実としてそうなので、このグダグダな姿は屋敷の中限定なのだろうそうに違いない、と半ば無理矢理自分を納得させてから、ウォルターは二人に向き直った。
ーーウォルターはここラミレス公爵邸の執事である。つまり、目の前にいるのは雇用主だ。
いくら娘可愛さのあまり部屋にも入れない情けない雇用主でも、その要望を完璧に満たすのが彼の執事としての在り方である。
だから、コレからすることは仕事の一環だ。
「でしたらお嬢様には俺の判断で部屋に入ったと説明しておきます。それなら宜しいのでしょう?」
「「ーー! 頼むウォルター!」」
「はぁ……承知しました。骨は拾ってくださいね」
そしてこの部屋を不在にしている人物は貴族令嬢としては型破りで、魔法使いとしてすら規格外のーーそれでもウォルターの敬愛する唯一の主人だ。
彼は主人のことをとても心配していた。
それこそ彼女の父兄と勝るとも劣らぬほどに。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
友人Aの俺は女主人公を助けたらハーレムを築いていた
山田空
ファンタジー
友人Aに転生した俺は筋肉で全てを凌駕し鬱ゲー世界をぶち壊す
絶対に報われない鬱ゲーというキャッチコピーで売り出されていたゲームを買った俺はそのゲームの主人公に惚れてしまう。
ゲームの女主人公が報われてほしいそう思う。
だがもちろん報われることはなく友人は死ぬし助けてくれて恋人になったやつに裏切られていじめを受ける。
そしてようやく努力が報われたかと思ったら最後は主人公が車にひかれて死ぬ。
……1ミリも報われてねえどころかゲームをする前の方が報われてたんじゃ。
そう考えてしまうほど報われない鬱ゲーの友人キャラに俺は転生してしまった。
俺が転生した山田啓介は第1章のラストで殺される不幸の始まりとされるキャラクターだ。
最初はまだ楽しそうな雰囲気があったが山田啓介が死んだことで雰囲気が変わり鬱ゲーらしくなる。
そんな友人Aに転生した俺は半年を筋トレに費やす。
俺は女主人公を影で助ける。
そしたらいつのまにか俺の周りにはハーレムが築かれていて
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最強ドラゴンを生贄に召喚された俺。死霊使いで無双する!?
夢・風魔
ファンタジー
生贄となった生物の一部を吸収し、それを能力とする勇者召喚魔法。霊媒体質の御霊霊路(ミタマレイジ)は生贄となった最強のドラゴンの【残り物】を吸収し、鑑定により【死霊使い】となる。
しかし異世界で死霊使いは不吉とされ――厄介者だ――その一言でレイジは追放される。その背後には生贄となったドラゴンが憑りついていた。
ドラゴンを成仏させるべく、途中で出会った女冒険者ソディアと二人旅に出る。
次々と出会う死霊を仲間に加え(させられ)、どんどん増えていくアンデッド軍団。
アンデッド無双。そして規格外の魔力を持ち、魔法禁止令まで発動されるレイジ。
彼らの珍道中はどうなるのやら……。
*小説家になろうでも投稿しております。
*タイトルの「古代竜」というのをわかりやすく「最強ドラゴン」に変更しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
魔拳のデイドリーマー
osho
ファンタジー
剣と魔法の異世界に転生した少年・ミナト。ちょっと物騒な大自然の中で、優しくて美人でエキセントリックなお母さんに育てられた彼が、我流の魔法と鍛えた肉体を武器に、常識とか色々ぶっちぎりつつもあくまで気ままに過ごしていくお話。
主人公最強系の転生ファンタジーになります。未熟者の書いた、自己満足が執筆方針の拙い文ですが、お暇な方、よろしければどうぞ見ていってください。感想などいただけると嬉しいです。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる