SORUA

明日葉智之

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11.拒絶

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11.拒絶


 アデスは星界軍との開戦を想定し、戦線となりうる場所へ戦力を配置した。
 攻勢の情報を公開した時は反発の声も上がったが、最終的には皆、覚悟を決めるしかなかった。
 滅びるか戦うかしか選択の余地はなかったからだ。
 ソルアが奪われた時点で星界門は完全に閉ざされ、光の届かない下級星街の星は生き絶える事になるだろう。
 その後は貴族星からソルアが選ばれるまで、星が犠牲になり続けると老星は予想していた。
 
 僕は年齢が低かった為、後方での雑務をこなす。一日の終わりには家に帰る事ができた。
 しかし他の大人達は前線に配置され、結晶の灯を持ち、開戦に備えている。いくら灯があってもずっと動き続けることはできない。皆、交代で星界軍の動きを見張った。
 ここで僕の小さな疑問だった「ソルアの光さえあればずっと起きていられるのではないか?」という仮説は間違いである事が証明された。
 休まなければ、いずれこの体は動かなくなる。
 警戒態勢になったとはいえ、下級星街は概ねいつもの生活が送れている。
 近所の子供達の笑い声が聞こえる事だってあるし、街の市場も開かれている。ドナルド、ルシフ、アンテの三人組を見かけることもあった。
 ただ、その間にも灰は振り続け、下級星街の星の数は砂時計の砂のように少しずつすり減っていく。
 こんな日々がいつまで続くのだろうか。
 
 僕は今、家へと続く道を歩いているが、少しだけ気が重かった。
 数日前、大量の灰が降ったその後から、すっかりいつも通りの風景となってしまった帰り道に変化があったからだ。
「スピカ……」
 夕暮れの道に銀色の髪がさらりとなびく。夕日を吸った白銀は淡い紫を纏っていた。
「随分遅い時間だけど、今日も薪拾いかい?」
「うん。見て!こんなに沢山拾っちゃった」
 にっぱりと笑い、むんと胸を貼ったスピカが答える。
 この前も彼女は薪を拾っていた事を思い出す。おそらく老星もアデス自衛軍の事で家を空ける事が多くなっているのだろう。
「紐の結び方、よくできてるね」
「ノエルがやってるのを見て練習したんだよ」
「そう……」
 僕は素っ気なく答える。スピカみたいな笑顔をする事ができない。
 スピカの手にはいつもの人形が抱かれてはいなかった。まあ、確かに薪拾いをするのには身軽な方が都合がいいか。
 そんな事を思う僕の顔はどんな表情をしていたのだろうか。
「じゃあ、またねノエル」
 そう言ってスピカは背負子の肩紐をぎゅっと握ると一歩下がった。
「ああ……またね」
 僕は軽く手を振りその場を後にする。
 
 その後スピカは僕の帰り道によく現れるようになった。木陰に座り、僕の帰りを待っているのだと彼女は言った。
 帰り道のわずかな時間に少しだけ僕らは言葉を交わす。僕は大した事は語らなかったが、スピカはその日の出来事やらを楽しそうに話した。

「ねえ、ノエル。今日初めて市場に行ったの!」「暖炉を掃除したらすすだらけになっちゃた!」「シャウラが本を借りに来てたわ」「薪を割るのって大変なのね」「エドワードさんが家に来たんだけど緊張して何も話せなかった」「今日はとても上手く料理が作れたわ!」

 初めのうちは、そんなたわいもない話にも付き合えたが、日を追うごとに僕は話を聞くのが耐えられなくなっていった。
 安全な日常や未来へ抱く希望が既に偽物となったこの世界で、君はどうしてそんなに笑っていられるんだ?僕らが追い求めていたものは現実を誤魔化す飾りに過ぎないと思えないのか?君だって知っているはずだ。
 星はただそうあるべきなのだ。
 何をしたいんだ?
 何を成そうとしているんだ?
 僕は子供頃の自分には戻りたくない。
 弱い自分にはなりたくないんだ。
 また大事なものを無くしてしまいそうな気がする。
 君と関われば、きっと僕は僕でなくなる。
 だから……。

「スピカ!」
 気がつけば僕は声を荒げていた。スピカの華奢な肩がびくりと跳ねる。
 頭の端ではこれから僕はスピカを傷つける事を確信しており、微かに全身の毛が逆立ったような感覚に身がしびれた。
 そして固まっている彼女に僕は言った。
「……もう来ないでくれ」
 大きく見開かれたスピカの瞳は、しばらくして花が萎れるように伏せられた。
 地面に積もった灰は空気中の音を吸い、鼓膜に張り付くような静寂が二人を包む。
 声なき声を零し、スピカは一歩後ずさると、そのまま後ろを向き家の方へ走っていった。
 これでよかったんだ……そう自分に言い聞かせ、僕もその場を後にする。スピカが遠ざかるのを背中で感じる。
 唇を噛んだスピカの姿が頭に焼きつき、彼女との距離が離れるごとに胸がぎゅうぎゅう痛む。
 家に帰ると、僕はベッドに倒れ込んだ。後方支援の補助の疲労もあるかもしれないが、それ以上に重要な何かを失ったかのような感覚に心は疲弊していた。
 外は静寂に包まれている。
 部屋に置いてあるランプの青白い灯に分厚い布をかけ、布団に沈み込むと、いつの間にか僕は眠りについていた。
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