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【スタ特15】離してごめん

花火大会

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 じんくんと一緒に、花火大会へ行った。

 分かっていたけれど、人出が本当に半端なくて。

 じんくんのたっての希望で慣れない浴衣に下駄と言うで立ちの私は、いつも以上にのろまさんで、尽くんとはぐれないように歩くので精一杯。

 私のすぐそばを歩くじんくんは、日頃のスーツ姿とは違って、Vネックの白いTシャツにニュアンスカラーのグレージュを使ったパンツを合わせたシンプルスタイル。
 それが何だか新鮮で、物凄くかっこよく見えて……。
 差し出された尽くんの手をギュッと握るのを躊躇ためらってソワソワとしていたら、あっという間に尽くんから引き離されて、私はあれよあれよと言ううちに人混みに吞み込まれて流されてしまう。

天莉あまり!」

 尽くんが慌てたように、すぐにこちらへ手を伸ばしてくれたけれど、人の流れは本当に怖いぐらい大きな力で。

 私も一生懸命彼に向って手を伸ばしたけれど、全然届かなかった。


***


 何とか人の流れから逸れて隅っこに避難したのだけれど、変な歩き方をしちゃったからかな?

 下駄が片っ方どこかに行ってしまって、片足だけ素足と言う何とも情けない格好になってしまっていた。

「どうしよう……」

 日頃くつも履かずに外を歩いたことなんてないから。
 アスファルトに散らばった小さな砂利じゃりを踏みつけるだけで足の裏が痛くて、そんなには歩けそうにないの。

 そんなこんなで尽くんを探して歩くことを早々に諦めた私は、尽くんに一刻も早く居場所を知らせようと、手にした巾着袋きんちゃくぶくろの中から携帯を取り出した。

「――えっ。何、で?」

 だけど、人が密集し過ぎているからなの?
 圏外とか……嘘でしょう?

 弱り果てて片足をなるべくつかないようにして立ち尽くしたまま、携帯をあちらこちら向けていたら「お姉さん、一人? ひょっとして下駄をなくしちゃったの? 俺たちが助けてあげるからこっちおいでよ」と見知らぬ男性二人から声を掛けられた。

 ニマニマと薄ら笑いを浮かべながら私を見詰めてくるその表情が何だか怖くて、素直に「連れが来てくれるので大丈夫です」と話したのに、二人が一向にそばを離れようとしてくれないから。
 不安な気持ちが降り積もって来ていると言ったら、自意識過剰だと言われてしまうだろうか。

 そろそろと彼らから距離を取るように後ずさり始めた私に気付いたんだろう。
「ほら、下手に歩くと足、怪我しちゃうよ?」
 言って、二人の内の一人が私を捕まえようと手を伸ばしてきた。

じんくん、助けてっ)

「大丈夫なので……お願い、放っておいて!?」

 懸命に言い募りながら私はその手から逃れるように、片足素足のままヒョコヒョコと駆けだしたのだけれど。

「ほらぁ、そんなまま動いたら危ないって」

 こんなに嫌がってるのに、どうしてこの二人は諦めてくれないんだろう?

 わざと楽しんででもいるかのように、背後の二人も走ったりせず早歩きで迫ってくるから。
 それが余計に怖くて……私は足の痛みも忘れて歩調を早めた。


 泣きそうになりながら巾着を握りしめて逃げていたら、不意に横からグッと手を掴まれて、恐怖に身体がすくむ。

「やだぁっ……! 離して!」

天莉あまり、俺だ」

 だけど、私をグイッと引き寄せて力強く抱きしめてきたその身体から、嗅ぎ慣れた尽くんのコロンの香りをかぎ取った私は、ホッと肩の力を抜いた。


「何だ、男連れかよ」

 舌打ちの声とともに私を追い掛けていた二人組が立ち去っていく気配を感じながら、私は尽くんの胸に埋めた顔を上げることが出来ない。

「ごめ、……」

 彼の方を見上げて謝ろうとしたら、その声に被せるように「すまなかった」とじんくんから先に謝られてしまう。

「尽……くん?」

「俺がもっとしっかり天莉あまりの手を握っておかなかったから……怖い思いをさせたね」

 言われて、私を抱きしめる腕を緩めた尽くんが、そっと私のそばにしゃがみ込む。
 そうして私のすぐ前に、失くしたと思っていた下駄を置いてくれた。

「それ……」

「キミを探している最中にたまたま見つけたんだ」

 下駄だけが転がっている様を見つけて、尽くんはどんなに不安に感じただろう?

 だけどそんなことおくびにも出さずに彼は優しく私に微笑み掛けてくれるのだ。

「天莉、転ばないよう俺の肩にしっかり捕まっておいで?」

 言って、じんくんはハンカチを取り出すと、私の足についた土とか砂利とかを丁寧に拭い落としてくれて。

「履ける?」

 いたわるように私の足を下駄の上にそっと降ろしてくれた。

 私がとんとんと下駄の爪先を地面へつくようにして、鼻緒を親指と人差し指の間にしっかりと挟み込んだら、尽くんがスッと立ち上がって「無事でよかった」とつぶやいた。

 その声に、私はやっと「心配かけてごめんなさい」と素直に謝れたんだけど、その声と花火が打ち上ったのとがほぼ同時で。

 あちこちから溜め息まじりの「わぁー」という歓声がわき起こった。

 私は尽くんの温かな熱を背中に感じながら、夜空にきらめく大輪の花を見上げる。

 ハプニングはあったけれど、尽くんと一緒に花火が見られてよかった。

 そう思いながら――。


  【END】2023/10/01
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