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【スタ特7】「あーん」して?
あまりん
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「天莉、体調はどう?」
熱があって気怠い。
声を出すのすらしんどくて、目線だけで『まだ辛いです』と尽を見上げたら、「美味そうなイチゴを持って来たんだ。少しでいいから口にしないか?」と問いかけられた。
見れば、尽の手には真っ赤に熟れた美味しそうなイチゴが盛られたガラスの器。
正直食欲はなかったけれど、せっかく尽が自分のために用意してくれたものを無下にするのも忍びなくて。
皿を受け取るためにゆるゆると身体を起こそうとしたら、そっと背中を支えられてベッドの上へ起こされた。
天莉が座ると同時。すぐさま背中の後ろに枕を入れられて、布団の上に広げ置いてあったカーディガンを着せかけられる。
「しんどくないか?」
聞かれて「平気です』と答えたら、ライティングテーブルに付随していた椅子をベッドそばに引き寄せて、尽が当然のように腰掛けた。
てっきりイチゴの皿を置いて出て行ってくれるものと思っていた天莉は、熱でぼんやりした頭でそんな尽を見るとはなしに見つめた。
「心配しなくてもヘタは直樹に教わってちゃんと取り除いてあるからね」
言われて目の前に宝石のようにツヤツヤのイチゴをひとつ差し出されて。
(そういう意味じゃないです)
心の中でそう抗議したけれど、通じそうになかった。
仕方なく諦めた天莉が、礼を述べる代わりに軽く会釈してイチゴを受け取ろうとしたら、スッと引っ込められて。「手、汚れたら面倒だろう? 俺が食わせてやるから口、開けて?」とか。
(正気ですかっ⁉︎)
そんな気持ちを視線に乗せてソワソワと尽を見つめたのに、肝心の尽は全く意に介さない様子で「ほら」と再度イチゴを口の前に差し出してくる。
「あ、の……わた、し……じ、ぶんで……」
ずっと喋っていなかったからだろうか。
声が掠れてか細い音しか紡げない。
それでも懸命に固辞したい旨を伝えたら、それが刺激になったんだろうか。
ケホケホと乾いた咳が込み上げた。
途端すぐさま尽が背中をさすってくれて。
天莉はその甲斐甲斐しさに驚かされて瞳を見開く。
目の前の美丈夫は、いつもこんな風に誰かが病気になるたび、世話を焼きたがるんだろうか。
何だかイメージに合わない気がしてじっと尽を見つめ続けてしまった天莉だ。
その視線に気付いたんだろう。
「直樹の真似をしてみてるんだが、どこかおかしいかね?」
聞かれて、どうやらこのお節介は尽が幼なじみの秘書――伊藤直樹から施されたアレコレの模倣だと思い知らされて。
「い、ちご、も……伊藤さ、が……?」
そう問いかけた途端、「まさか! 仕事終わりに店に寄ったら入ってすぐのところに置かれてたから……俺が自分の意思でキミのために買ってきたんだ」と不機嫌そうに眉根を寄せられる。
「そ、……なんです、ね。ありがと、ござぃます……」
ケホッと込み上げる咳を片手で制しながら言ったら「……あまりん」といきなりあだ名で呼び掛けられて「ふぇっ?」と間の抜けた声が漏れた。
「ああ、天莉のことじゃないよ? このイチゴの名だ。これ、埼玉県産の〝あまりん〟という品種らしくてね。名前を見た瞬間、キミの顔が思い浮かんだ」
とふんわり微笑まれた。
(常務、その笑顔は反則ですっ)
あまりん呼び(勘違いだったけれど)の余韻が冷めやらぬままに極上の笑顔を向けられた天莉は、熱からだけではない身体の火照りを感じて焦ってしまう。
「見つけてすぐに調べてみたら、酸味も少なくて練乳が必要ないくらいに甘い品種らしいと出てきてね」
さっき自分もひとつ味見してみたが、喉を刺激することもなさそうだったよ、と付け加えられて、「ほら、だから安心してお食べ?」とまたしてもイチゴを眼前に突きつけられた。
これはどうあっても口を開けないと引き下がる気はなさそうだと諦めた天莉は、小さく口を開いてみせる。
「ねぇ天莉。そんな開け方じゃあ、先っちょのところしか入らないよ?」
クスクス笑われて、天莉は心の中、『お願いだからもう寝かせてくださいっ!』と懇願した。
だけど――。
結局、皿に載っけられていたイチゴ、五つ全て。
天莉はきっちり尽からの「あーん」で食べ切らされて、往診に来てくれた医者から処方された薬を飲まされた。
再度背中に手を添えられてそっとベッドの上へ寝かせてもらいながら、目の前の彼が病気になったなら、絶対もっともっと恥ずかしい思いをさせてやるんだから!と天莉が心に誓ったのはここだけの話――。
END(2023/05/01)
熱があって気怠い。
声を出すのすらしんどくて、目線だけで『まだ辛いです』と尽を見上げたら、「美味そうなイチゴを持って来たんだ。少しでいいから口にしないか?」と問いかけられた。
見れば、尽の手には真っ赤に熟れた美味しそうなイチゴが盛られたガラスの器。
正直食欲はなかったけれど、せっかく尽が自分のために用意してくれたものを無下にするのも忍びなくて。
皿を受け取るためにゆるゆると身体を起こそうとしたら、そっと背中を支えられてベッドの上へ起こされた。
天莉が座ると同時。すぐさま背中の後ろに枕を入れられて、布団の上に広げ置いてあったカーディガンを着せかけられる。
「しんどくないか?」
聞かれて「平気です』と答えたら、ライティングテーブルに付随していた椅子をベッドそばに引き寄せて、尽が当然のように腰掛けた。
てっきりイチゴの皿を置いて出て行ってくれるものと思っていた天莉は、熱でぼんやりした頭でそんな尽を見るとはなしに見つめた。
「心配しなくてもヘタは直樹に教わってちゃんと取り除いてあるからね」
言われて目の前に宝石のようにツヤツヤのイチゴをひとつ差し出されて。
(そういう意味じゃないです)
心の中でそう抗議したけれど、通じそうになかった。
仕方なく諦めた天莉が、礼を述べる代わりに軽く会釈してイチゴを受け取ろうとしたら、スッと引っ込められて。「手、汚れたら面倒だろう? 俺が食わせてやるから口、開けて?」とか。
(正気ですかっ⁉︎)
そんな気持ちを視線に乗せてソワソワと尽を見つめたのに、肝心の尽は全く意に介さない様子で「ほら」と再度イチゴを口の前に差し出してくる。
「あ、の……わた、し……じ、ぶんで……」
ずっと喋っていなかったからだろうか。
声が掠れてか細い音しか紡げない。
それでも懸命に固辞したい旨を伝えたら、それが刺激になったんだろうか。
ケホケホと乾いた咳が込み上げた。
途端すぐさま尽が背中をさすってくれて。
天莉はその甲斐甲斐しさに驚かされて瞳を見開く。
目の前の美丈夫は、いつもこんな風に誰かが病気になるたび、世話を焼きたがるんだろうか。
何だかイメージに合わない気がしてじっと尽を見つめ続けてしまった天莉だ。
その視線に気付いたんだろう。
「直樹の真似をしてみてるんだが、どこかおかしいかね?」
聞かれて、どうやらこのお節介は尽が幼なじみの秘書――伊藤直樹から施されたアレコレの模倣だと思い知らされて。
「い、ちご、も……伊藤さ、が……?」
そう問いかけた途端、「まさか! 仕事終わりに店に寄ったら入ってすぐのところに置かれてたから……俺が自分の意思でキミのために買ってきたんだ」と不機嫌そうに眉根を寄せられる。
「そ、……なんです、ね。ありがと、ござぃます……」
ケホッと込み上げる咳を片手で制しながら言ったら「……あまりん」といきなりあだ名で呼び掛けられて「ふぇっ?」と間の抜けた声が漏れた。
「ああ、天莉のことじゃないよ? このイチゴの名だ。これ、埼玉県産の〝あまりん〟という品種らしくてね。名前を見た瞬間、キミの顔が思い浮かんだ」
とふんわり微笑まれた。
(常務、その笑顔は反則ですっ)
あまりん呼び(勘違いだったけれど)の余韻が冷めやらぬままに極上の笑顔を向けられた天莉は、熱からだけではない身体の火照りを感じて焦ってしまう。
「見つけてすぐに調べてみたら、酸味も少なくて練乳が必要ないくらいに甘い品種らしいと出てきてね」
さっき自分もひとつ味見してみたが、喉を刺激することもなさそうだったよ、と付け加えられて、「ほら、だから安心してお食べ?」とまたしてもイチゴを眼前に突きつけられた。
これはどうあっても口を開けないと引き下がる気はなさそうだと諦めた天莉は、小さく口を開いてみせる。
「ねぇ天莉。そんな開け方じゃあ、先っちょのところしか入らないよ?」
クスクス笑われて、天莉は心の中、『お願いだからもう寝かせてくださいっ!』と懇願した。
だけど――。
結局、皿に載っけられていたイチゴ、五つ全て。
天莉はきっちり尽からの「あーん」で食べ切らされて、往診に来てくれた医者から処方された薬を飲まされた。
再度背中に手を添えられてそっとベッドの上へ寝かせてもらいながら、目の前の彼が病気になったなら、絶対もっともっと恥ずかしい思いをさせてやるんだから!と天莉が心に誓ったのはここだけの話――。
END(2023/05/01)
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