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【スタ特3】お前があいつに惚れたから

卵が先か鶏が先か

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 うちの父親・ひらくの右腕――伊藤雄太郎ゆうたろう――の息子。

 それが俺と同い年の伊藤直樹なおきの立ち位置だった。

 雄太郎は、息子――直樹を得ると同時に妻を亡くしていて。
 以来、父の計らいで、うちの屋敷に住み込みの形で働くようになっていた。

 父・雄太郎に連れられて、生まれて間もない頃に我が家へやって来た直樹は、それこそ俺の母を本当の母親のようにしたって育ったし、母も自分に懐く直樹なおのことを、彼より半年ばかり早く生まれていた俺と、分け隔てることなく可愛がってくれて。

 結果俺と直樹は兄弟のようにして育った、一般的な関係よりもディープな間柄の幼なじみだ。

 そんな俺たちの間へ割り込むようにして、紅一点の璃杜りとが加わったのは俺と直樹なおが六歳になった時。

 小学校への入学が機だった。

 スクールバスを降りた途端。
 俺たちの目の前でステップに足を引っ掛けて、顔面から地面へ盛大にビタン!とキスをした璃杜りとを見て、直樹なおが慌てて彼女を助け起こしたのがキッカケだった。

 以後もことあるごとにしょっちゅうドジばかり踏んでは生傷の絶えない璃杜りとを、気が付けば世話焼きの直樹なおが常に気に掛けるようになっていて。

 俺はそれに引っ張られるように、璃杜りと直樹なおのそばにいた。

 三人と言うのは厄介な数字だ。

 これまでは何をするにも直樹なおのことを独り占め出来ていたのに。
 璃杜りとが加わってからというもの、直樹なおの一番が璃杜りとへと移行したのが分かった。

 俺はそれが物凄く気に入らなくて。

 だけど璃杜りとはとにかく目が離せない女の子だったから……。仕方がないことだと自分に言い聞かせていた。

 実際璃杜りとが加わっても、俺の中の優先順位の一番は相も変わらず直樹なおであることに変わりはなくて。

 なのに直樹なおの中では手のかからない俺よりも、璃杜りとの方が上だなんて、面と向かっては言えないが、めちゃくちゃ悔しいじゃないか。

 だが、そのことをどうしても認めたくなかった俺は、直樹なおへの腹いせに璃杜りとの気を引こうと画策するようになった。

 そうしてその度に、直樹なおに阻止されてにらまれるんだ。

じん。遊びなら璃杜りとにちょっかいを掛けるな」

 遊びでなければいいと言う直樹なおの口振りに、俺は璃杜りとのことを本気で好きだとしたのだが。

 心というのは不思議なもので、そうしているうちに段々、俺は本気で璃杜りとのことをと思うようになっていったのを覚えている。

 卵が先か鶏が先か。

 大事な友人を奪われたと言う、子供の幼稚な嫉妬心が生んだまがい物の初恋。

 それは高校生になる頃には、そこそこに立派な恋心に成長していたと思う。

 今となってはあのころ抱いていた璃杜りとに対する気持ちが本物だったのか偽物にせものだったのか、自分自身でもよく分からないのだ。

 だが――。

 結局直樹なおが俺に璃杜りとをマトモに口説かせなかったことをかんがみるに、きっと俺の気持ちは疑似恋愛で、本気ではなかったということなんだろう。


***


 璃杜りとが絡むと熱くなりがちな直樹なおも、他のことならば割と冷静に物事を見られるらしい。

 そのことに気が付いた俺は、いつしかと好んで遊ぶようになった。

 俺が羽目を外し過ぎたら、絶妙のタイミングで直樹なおが必ずブレーキを掛けに来てくれるから。

 その時直樹なおの関心が俺にくるのを感じられるんだ。

 そんな俺に、ことあるごとに、「本当バカなのか、じん。お前が女性にだらしなさ過ぎるから、毎度毎度僕が苦労させられるんだ」と直樹なおが怒ってくる。

 だか、その原因が自分自身にあると、どうして思い至れないんだろう?

(バカなのはお前の方だ、直樹なお

 そんなことを打ち明けようものなら、俺の腐れ縁の悪友おさななじみは、どんな顔をするだろうか。


 そんな中、璃杜りとだけは、ひとり俺の本心を知っているみたいに「じんにも早く、本気で好きになれる人が出来るといいね」と微笑むんだ。

 そうすればきっと、直樹なおの負担が減るのだと、璃杜りとは知っているみたいで。

 そう。
 俺の女好きは、直樹なおの関心を引きたいがためのカモフラージュだと、璃杜りとだけは見抜いているのだ。

(ホント、嘘みたいにドジなくせに勘だけは鋭くて食えないやつ――)

 だからだろうか。

 俺は初めて出会った時から璃杜りとのことを直樹なおの次に大事にしたいと思っていて、同時に心の底から壊してやりたいと思ってしまうくらい大嫌いなんだ。


 END(2023/04/18)
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