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(24)尽の正体
少しずつでいいから当たり前だと思えるようになって?
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***
「ただいま」
尽が帰宅すると同時。ニィーという声がして、ハチワレ模様の仔猫がすり寄ってきた。
天莉を休ませていた間、一人マンションで寂しそうに自分の帰りを待っている彼女の姿が気になっていた尽だったのだけれど。
この白黒の仔猫は、まるでそのタイミングを見計らったように尽の目の前に現れた捨て猫だった。
拾ってすぐ、直樹に頼んで最寄りの動物病院で健康診断なども済ませて連れ帰ってきたその仔猫は男の子で、生後一ヶ月くらいで離乳も済んでいた。
「オレオぉ~。置いて行かないでよぉー」
そんなことを言いながら、髪の毛を緩っとサイドで束ねた天莉が、スリッパの音を響かせてパタパタと駆けてきて、尽を見るなり嬉しそうに「お帰りなさい」と微笑むから。
尽はその笑顔で一瞬にして今日一日の疲れが全て吹き飛んでいくのを感じた。
それと同時、ついイタズラ心が顔を覗かせてしまう。
「オレオの方が、天莉より俺のことを好きみたいだ」
言って、スーツを這い上ってこようと爪を立てる仔猫を「痛いぞ?」と言いながら抱き上げたら、天莉がぷぅっと頬を膨らませた。
「オレオは駆けつけるだけでいいから」
食事の準備の真っ最中だったのだろう。
スモークピンクのワンピースエプロンを身に着けた天莉の濡れた手元を見て、尽はククッと笑った。
「すまない、天莉。冗談だ」
言って、オレオを片腕に抱いたまま天莉の愛らしい唇に掠めるだけのキスを落としたら、二人の間でニャーと抗議の声が響いた。
「尽くんの意地悪」
「おや、今頃気付いたのかね?」
ふっと笑いながら小首を傾げてみせた尽に、小さく吐息を落とした天莉がふるふると首を横に振った。
「まさか! 出会った時から知ってたわ。――ね、尽くん。もうご飯にしちゃうから手、洗って来て?」
夕飯を摂りながら、今日一日あったことをお互いに話すのがこの所の習慣だ。
尽が洗面所で手洗いを済ませてリビングへ戻ってくると、食卓の上にはフキの煮物、タケノコご飯、アスパラガスの肉巻き、シジミの味噌汁が並べられていた。
全て、今が旬の食材たちだ。
「天莉は本当、料理が上手だね。――キミと結婚できる俺は最高に幸せ者だ」
思ったままを口にして眼鏡越し、向かいへ座る天莉にふっと柔らかい笑みを向けた尽に、天莉が物凄く恥ずかしそうに視線を揺らせた。
「な、何かそういうの、なかなか慣れらんなくて、くすぐったいな……」
元カレだった横野博視は、もう何年もずっと、天莉に感謝の気持ちを伝えることはなかったらしい。
そればかりか、天莉からポツポツと語られた話を繋ぎ合わせていく中で、天莉が博視から作るもの作るもの全部ケチをつけられてばかりだったことも知っている尽だ。
「ねぇ天莉。俺はこれからもずっと……キミにちゃんとそういう言葉を伝えていくつもりだ。天莉も少しずつで構わないから。それが当たり前なんだと思えるようになってくれると嬉しい」
食事中に行儀が悪いことだとは承知している。
だけど尽は椅子から立ち上がると、身を乗り出すようにして食卓越し。自分の方を驚いたように見つめる天莉の柔らかい頬を撫でずにはいられなかった。
だって――。
「ただいま」
尽が帰宅すると同時。ニィーという声がして、ハチワレ模様の仔猫がすり寄ってきた。
天莉を休ませていた間、一人マンションで寂しそうに自分の帰りを待っている彼女の姿が気になっていた尽だったのだけれど。
この白黒の仔猫は、まるでそのタイミングを見計らったように尽の目の前に現れた捨て猫だった。
拾ってすぐ、直樹に頼んで最寄りの動物病院で健康診断なども済ませて連れ帰ってきたその仔猫は男の子で、生後一ヶ月くらいで離乳も済んでいた。
「オレオぉ~。置いて行かないでよぉー」
そんなことを言いながら、髪の毛を緩っとサイドで束ねた天莉が、スリッパの音を響かせてパタパタと駆けてきて、尽を見るなり嬉しそうに「お帰りなさい」と微笑むから。
尽はその笑顔で一瞬にして今日一日の疲れが全て吹き飛んでいくのを感じた。
それと同時、ついイタズラ心が顔を覗かせてしまう。
「オレオの方が、天莉より俺のことを好きみたいだ」
言って、スーツを這い上ってこようと爪を立てる仔猫を「痛いぞ?」と言いながら抱き上げたら、天莉がぷぅっと頬を膨らませた。
「オレオは駆けつけるだけでいいから」
食事の準備の真っ最中だったのだろう。
スモークピンクのワンピースエプロンを身に着けた天莉の濡れた手元を見て、尽はククッと笑った。
「すまない、天莉。冗談だ」
言って、オレオを片腕に抱いたまま天莉の愛らしい唇に掠めるだけのキスを落としたら、二人の間でニャーと抗議の声が響いた。
「尽くんの意地悪」
「おや、今頃気付いたのかね?」
ふっと笑いながら小首を傾げてみせた尽に、小さく吐息を落とした天莉がふるふると首を横に振った。
「まさか! 出会った時から知ってたわ。――ね、尽くん。もうご飯にしちゃうから手、洗って来て?」
夕飯を摂りながら、今日一日あったことをお互いに話すのがこの所の習慣だ。
尽が洗面所で手洗いを済ませてリビングへ戻ってくると、食卓の上にはフキの煮物、タケノコご飯、アスパラガスの肉巻き、シジミの味噌汁が並べられていた。
全て、今が旬の食材たちだ。
「天莉は本当、料理が上手だね。――キミと結婚できる俺は最高に幸せ者だ」
思ったままを口にして眼鏡越し、向かいへ座る天莉にふっと柔らかい笑みを向けた尽に、天莉が物凄く恥ずかしそうに視線を揺らせた。
「な、何かそういうの、なかなか慣れらんなくて、くすぐったいな……」
元カレだった横野博視は、もう何年もずっと、天莉に感謝の気持ちを伝えることはなかったらしい。
そればかりか、天莉からポツポツと語られた話を繋ぎ合わせていく中で、天莉が博視から作るもの作るもの全部ケチをつけられてばかりだったことも知っている尽だ。
「ねぇ天莉。俺はこれからもずっと……キミにちゃんとそういう言葉を伝えていくつもりだ。天莉も少しずつで構わないから。それが当たり前なんだと思えるようになってくれると嬉しい」
食事中に行儀が悪いことだとは承知している。
だけど尽は椅子から立ち上がると、身を乗り出すようにして食卓越し。自分の方を驚いたように見つめる天莉の柔らかい頬を撫でずにはいられなかった。
だって――。
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