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(22)紗英の身勝手な言い分
江根見紗英さん、ちょっといいですか?
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「江根見紗英さん、ちょっといいですか?」
紗英の父親である江根見則夫とともに、珍しく秘書の伊藤直樹を従えずにやって来た高嶺尽に声をかけられたのは――。
紗英が入社して、高嶺常務が自分のいるフロア――七階総務課――へ来たのは今回で二度目のことだった。
***
(キャー、やっとなのねっ。パパ♥)
高嶺尽のすぐ横へ立つ父親に媚びた視線を送ると笑顔でコクッと頷かれて、紗英は天にも昇る心地になった。
「はぁい、何のご用でしょぉ?」
(告白されるんだって分かっててもぉ~、ここは気付かないふりをするのが正解よねぇ~?)
自身の来訪に、皆の視線がこちらへ集まっていることを気にしているのだろう。
「……ここでこのまま話すのも何だ。場所を移さないか?」
周囲を一瞥しながら告げられた高嶺尽の言葉に、紗英は(そんなのもったいない!)と思ってしまった。
だって……。
今から自分はこのハイスペック男にいい話を聞かされるに違いないのだから。
総務課の皆には大いに聞き耳を立ててもらって、いつか復帰してくる玉木天莉へ大ダメージを与える一助になって欲しいではないか。
秘書の伊藤直樹が、己の主人が平社員に過ぎない自分にひざを折る様をどんな顔で見詰めるのか見られないのはちょっぴり惜しい気がしたけれど、まぁ今回は本命の高嶺尽が屈服する様を見下ろせるだけで良しとしようと思った紗英だ。
則夫の話によると、伊藤直樹はすでに妻子持ちのようだし、だとしたらほかの女のお手付きになることもない。
主人さえ押さえておけば、あの手の輩を落とすのはきっと造作もないことだ。
まずは独身の高嶺尽を篭絡してから、ゆっくりと時間をかけて手を下せばいい。
それこそ、どうしても屈服しない場合は、伊藤の飼い主の高嶺尽に、紗英の言うことには絶対服従だと命令させればいいだけ――。
高嶺尽を雁字搦めにした後ならばきっと、彼の秘書をねじ伏せることなんて簡単なはずだ。
何せ伊藤直樹の高嶺尽への忠誠心は、社内でも度々実は二人はデキているのではないか?と噂になるくらい強固なことで有名なのだから。
人のモノを横取りしたりするのが大好きな紗英は、妻子持ちの伊藤直樹が自分になびく瞬間を想像しただけでワクワクして。
いやらしい妄想に、気を抜くと口角が持ち上がりそうになるのを止められなくて困ってしまう。
(ダメよ、紗英ぇ。今はちゃんとしんどそうな顔してないとぉ)
だって、今の紗英は子供と婚約者を失った失意のどん底にいる可哀想な女の子という設定なのだ。
***
「――ではこのまま話させてもらうが……本当に構わないんだな?」
尽に念押しされて、紗英は(もぉ何なのぉ~? 紗英がいいっていってるんだからさっさと告白してくれたらいいのにぃ~。高嶺常務ってば先輩みたいにクッソ真面目でイヤになっちゃぁ~う)と心の中で思って。
それと同時、(だから先輩みたいなつまらない女に引っ掛かっちゃったんですねぇ~?)と一人得心した。
眼鏡の奥で冷たく澄ました視線を送ってくる高嶺尽を夜通し責め立てて、『もう無理だ、達かせてくれ』と泣かせてみるのもいい。
博視の言葉を信じるならば、玉木天莉は不感症のマグロ女だ。
そんな女で満足できるような男なんて、紗英のテクニックにかかれば、滅茶苦茶に乱せるに違いない。
「はぁーい。だいじょーぶですよぉ?」
「そうですか。分かりました」
紗英の言葉に高嶺尽は小さく吐息を落とすと、まるで気持ちを切り替えるみたいに眼鏡のリムに触れて少し角度を正して。
「……江根見部長から、お子さんを流産なさったとお聞きしましたが、体調は如何ですか?」
(えっ。そこぉ? もう! 告白はいつしてくれるのぉ?)
すぐさま『私とお付き合いしてください』になると思っていた紗英は、尽の予期せぬセリフに拍子抜けしたけれど、そこはおくびにも出さずに口を開いた。
「……身体の調子は大丈夫なんですぅ。ただぁ……」
そこでわざと言葉に詰まるふりをしたら、則夫が紗英に代わって補足説明をしてくれる。
「――子供を失うちょっと前から娘は婚約者の横野くんと連絡が取れなくなっていましてね。そのせいで心痛が祟ったのでしょう。流産の原因はストレスだと医者から言われました。私も孫の顔を見られるのをとても楽しみにしていたのに……本当忌々しいことです」
最初から居もしなかった子供の話なんて、自分からするのもかったるい。
父・則夫が自分に甘々なことを、心の底から感謝した紗英だ。
***
今回紗英がかかったのは、数名いるうちの一人であるセフレの妻が経営している入院施設もある個人経営の産婦人科で。
以前風見に不埒なことをされて緊急避妊薬をもらいに来たのもこの病院だが、今回も適当に口裏を合わせてくれるよう旦那側から手を回させて、流産後の処置のためと称して一泊ほど入院したことにした。
セフレの妻である産婦人科医が当直の日をわざわざ狙って入院する体にしたのは、偽装工作をスムーズにする意味もあったが、泊まり先を確保するためでもあって。
渋る男を説き伏せてした〝夫婦の寝室〟での不貞行為は、何も知らずに愛する夫の頼みを聞いているバカな妻から、最愛の旦那を寝取ってやったと実感出来て、とても興奮する一夜になったのを覚えている。
主に父親対策のための外泊だったけれど、そのお陰でこんな風に高嶺尽の同情を引くネタに出来たのは有難いなと思って。
持つべきものは便利なセフレとおバカな妻だなと心の中でほくそ笑んだ紗英だ。
その驕りが自分の首を絞めるとも知らずに、眼前の美丈夫を涙に潤んだ媚びた眼差しで見詰めたら、高嶺尽がギュッと紗英の手首を握ってきて、紗英は不覚にもときめかされてしまった。
紗英の父親である江根見則夫とともに、珍しく秘書の伊藤直樹を従えずにやって来た高嶺尽に声をかけられたのは――。
紗英が入社して、高嶺常務が自分のいるフロア――七階総務課――へ来たのは今回で二度目のことだった。
***
(キャー、やっとなのねっ。パパ♥)
高嶺尽のすぐ横へ立つ父親に媚びた視線を送ると笑顔でコクッと頷かれて、紗英は天にも昇る心地になった。
「はぁい、何のご用でしょぉ?」
(告白されるんだって分かっててもぉ~、ここは気付かないふりをするのが正解よねぇ~?)
自身の来訪に、皆の視線がこちらへ集まっていることを気にしているのだろう。
「……ここでこのまま話すのも何だ。場所を移さないか?」
周囲を一瞥しながら告げられた高嶺尽の言葉に、紗英は(そんなのもったいない!)と思ってしまった。
だって……。
今から自分はこのハイスペック男にいい話を聞かされるに違いないのだから。
総務課の皆には大いに聞き耳を立ててもらって、いつか復帰してくる玉木天莉へ大ダメージを与える一助になって欲しいではないか。
秘書の伊藤直樹が、己の主人が平社員に過ぎない自分にひざを折る様をどんな顔で見詰めるのか見られないのはちょっぴり惜しい気がしたけれど、まぁ今回は本命の高嶺尽が屈服する様を見下ろせるだけで良しとしようと思った紗英だ。
則夫の話によると、伊藤直樹はすでに妻子持ちのようだし、だとしたらほかの女のお手付きになることもない。
主人さえ押さえておけば、あの手の輩を落とすのはきっと造作もないことだ。
まずは独身の高嶺尽を篭絡してから、ゆっくりと時間をかけて手を下せばいい。
それこそ、どうしても屈服しない場合は、伊藤の飼い主の高嶺尽に、紗英の言うことには絶対服従だと命令させればいいだけ――。
高嶺尽を雁字搦めにした後ならばきっと、彼の秘書をねじ伏せることなんて簡単なはずだ。
何せ伊藤直樹の高嶺尽への忠誠心は、社内でも度々実は二人はデキているのではないか?と噂になるくらい強固なことで有名なのだから。
人のモノを横取りしたりするのが大好きな紗英は、妻子持ちの伊藤直樹が自分になびく瞬間を想像しただけでワクワクして。
いやらしい妄想に、気を抜くと口角が持ち上がりそうになるのを止められなくて困ってしまう。
(ダメよ、紗英ぇ。今はちゃんとしんどそうな顔してないとぉ)
だって、今の紗英は子供と婚約者を失った失意のどん底にいる可哀想な女の子という設定なのだ。
***
「――ではこのまま話させてもらうが……本当に構わないんだな?」
尽に念押しされて、紗英は(もぉ何なのぉ~? 紗英がいいっていってるんだからさっさと告白してくれたらいいのにぃ~。高嶺常務ってば先輩みたいにクッソ真面目でイヤになっちゃぁ~う)と心の中で思って。
それと同時、(だから先輩みたいなつまらない女に引っ掛かっちゃったんですねぇ~?)と一人得心した。
眼鏡の奥で冷たく澄ました視線を送ってくる高嶺尽を夜通し責め立てて、『もう無理だ、達かせてくれ』と泣かせてみるのもいい。
博視の言葉を信じるならば、玉木天莉は不感症のマグロ女だ。
そんな女で満足できるような男なんて、紗英のテクニックにかかれば、滅茶苦茶に乱せるに違いない。
「はぁーい。だいじょーぶですよぉ?」
「そうですか。分かりました」
紗英の言葉に高嶺尽は小さく吐息を落とすと、まるで気持ちを切り替えるみたいに眼鏡のリムに触れて少し角度を正して。
「……江根見部長から、お子さんを流産なさったとお聞きしましたが、体調は如何ですか?」
(えっ。そこぉ? もう! 告白はいつしてくれるのぉ?)
すぐさま『私とお付き合いしてください』になると思っていた紗英は、尽の予期せぬセリフに拍子抜けしたけれど、そこはおくびにも出さずに口を開いた。
「……身体の調子は大丈夫なんですぅ。ただぁ……」
そこでわざと言葉に詰まるふりをしたら、則夫が紗英に代わって補足説明をしてくれる。
「――子供を失うちょっと前から娘は婚約者の横野くんと連絡が取れなくなっていましてね。そのせいで心痛が祟ったのでしょう。流産の原因はストレスだと医者から言われました。私も孫の顔を見られるのをとても楽しみにしていたのに……本当忌々しいことです」
最初から居もしなかった子供の話なんて、自分からするのもかったるい。
父・則夫が自分に甘々なことを、心の底から感謝した紗英だ。
***
今回紗英がかかったのは、数名いるうちの一人であるセフレの妻が経営している入院施設もある個人経営の産婦人科で。
以前風見に不埒なことをされて緊急避妊薬をもらいに来たのもこの病院だが、今回も適当に口裏を合わせてくれるよう旦那側から手を回させて、流産後の処置のためと称して一泊ほど入院したことにした。
セフレの妻である産婦人科医が当直の日をわざわざ狙って入院する体にしたのは、偽装工作をスムーズにする意味もあったが、泊まり先を確保するためでもあって。
渋る男を説き伏せてした〝夫婦の寝室〟での不貞行為は、何も知らずに愛する夫の頼みを聞いているバカな妻から、最愛の旦那を寝取ってやったと実感出来て、とても興奮する一夜になったのを覚えている。
主に父親対策のための外泊だったけれど、そのお陰でこんな風に高嶺尽の同情を引くネタに出来たのは有難いなと思って。
持つべきものは便利なセフレとおバカな妻だなと心の中でほくそ笑んだ紗英だ。
その驕りが自分の首を絞めるとも知らずに、眼前の美丈夫を涙に潤んだ媚びた眼差しで見詰めたら、高嶺尽がギュッと紗英の手首を握ってきて、紗英は不覚にもときめかされてしまった。
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