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(18)胸騒ぎ
高嶺尽の価値
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「こ、こんなっ。一気に色々もらえませんっ」
デパートの、名前だけは知っているけれど自身では一度も店内に足を踏み入れたことのないような高級アパレルブランドの一角。
天莉は泣きそうになりながら、尽からのてんこ盛りのもてなしを断った。
もらえないならば自分で買えばいいのだけれど……こんなものを天莉の薄給で買ったら一ヶ月分の支給額はおろか、貯金もみんな食いつぶしてしまう。
「いや、そういうわけにはいかないよ、天莉。店員たちも持ってきてくれたものは全部、キミに着せる気満々だ。それに――」
そこでスッと天莉の耳元へ唇を寄せると、尽が天莉にだけ聞える声音で『何より俺が、俺好みに着飾ったキミを脱がせる楽しみが得られるからね』と吹き込んでくる。
男性が女性へ服を贈る時には、『それを脱がせたい』という意味も含まれていると、昔観た恋愛ドラマで言っているのを聴いたことがある天莉だ。
でも、知っているのと実際に言われるのとでは大違い。
「なっ!」
――何をバカなこと!
続くはずだった言葉は、発する前にククッと笑う尽の嬉し気な表情にもみ消されてしまった。
入籍までは手出しをしないと言ったのと同じ口で、尽がそんな艶めいたことをサラリと発してくるから、天莉は翻弄されまくり。
そのことが悔しくてたまらなかった。
「――まぁ冗談はさておき、キミは俺の婚約者だ。それなりのモノを身に着けてもらわないと、俺が叱られてしまうって思わない?」
恐らく尽の頭の中には幼なじみで悪友で……その上超絶優秀な秘書様――伊藤直樹――の顔でも浮かんでいるんだろう。
実際にはそれだけではなかったのだけれど、勝手にそう思ってしまった天莉だ。
確かに、自分たちの関係を誰一人として公表していない状態ならば、『誰も知らないんだから問題ないです』と言い切ることが出来ただろう。
でも――。
(課長が知ってる……)
天莉へ不当なパワハラを仕掛けてきていた総務課長の風見斗利彦を牽制するため、彼には二人の関係を公言してしまっている。
尽が、『口外するなと釘は刺しておいたけれど、江根見部長の耳には確実に入っているだろうね』と言っていたことも覚えている天莉だ。
尽の執務室を出た直後の、風見の動きを鑑みてもそれは真実だろう。
(うーーーーっ)
心の中で唸ってみたところで、そうなると尽が言う通り。
自分が余りにもお粗末な格好をしていたら、〝高嶺尽の価値〟を下げることになりかねない。
それは絶対に嫌だと思った天莉だ。
天莉は尽を恐る恐る見上げると、「だったら、ひとつだけ……」と渋々ながらつぶやいていた。
なのに。
「は? 一着だけ? こんなに見繕ってもらったのに?」
最低でも三〇着は……とかバカなことを言い募る尽を、天莉はじろりと睨み上げた。
尽は、この店舗に今現在展示されているフォーマルな装いの大半を買い占めるつもりなのだろうか。
「着る予定があるのは、今のところ親睦会の日だけです。一着あれば十分なのに、そんな風に無駄遣いしても平気な人、私、嫌いです」
わざと「です」と語尾を丁寧にして、距離感を醸し出すような口調できっぱり突っぱねたら、「嫌い」と言う文言が効力を発揮したのか、尽がグッと押し黙った。
「……ねぇ、天莉。せめて十着――」
「聞こえませんでしたか? 一着だけです!」
くぅーん、と幻の垂れ耳と垂れしっぽを装着した尽に、だけど今回ばかりは天莉だって負けていられない。
デパートの、名前だけは知っているけれど自身では一度も店内に足を踏み入れたことのないような高級アパレルブランドの一角。
天莉は泣きそうになりながら、尽からのてんこ盛りのもてなしを断った。
もらえないならば自分で買えばいいのだけれど……こんなものを天莉の薄給で買ったら一ヶ月分の支給額はおろか、貯金もみんな食いつぶしてしまう。
「いや、そういうわけにはいかないよ、天莉。店員たちも持ってきてくれたものは全部、キミに着せる気満々だ。それに――」
そこでスッと天莉の耳元へ唇を寄せると、尽が天莉にだけ聞える声音で『何より俺が、俺好みに着飾ったキミを脱がせる楽しみが得られるからね』と吹き込んでくる。
男性が女性へ服を贈る時には、『それを脱がせたい』という意味も含まれていると、昔観た恋愛ドラマで言っているのを聴いたことがある天莉だ。
でも、知っているのと実際に言われるのとでは大違い。
「なっ!」
――何をバカなこと!
続くはずだった言葉は、発する前にククッと笑う尽の嬉し気な表情にもみ消されてしまった。
入籍までは手出しをしないと言ったのと同じ口で、尽がそんな艶めいたことをサラリと発してくるから、天莉は翻弄されまくり。
そのことが悔しくてたまらなかった。
「――まぁ冗談はさておき、キミは俺の婚約者だ。それなりのモノを身に着けてもらわないと、俺が叱られてしまうって思わない?」
恐らく尽の頭の中には幼なじみで悪友で……その上超絶優秀な秘書様――伊藤直樹――の顔でも浮かんでいるんだろう。
実際にはそれだけではなかったのだけれど、勝手にそう思ってしまった天莉だ。
確かに、自分たちの関係を誰一人として公表していない状態ならば、『誰も知らないんだから問題ないです』と言い切ることが出来ただろう。
でも――。
(課長が知ってる……)
天莉へ不当なパワハラを仕掛けてきていた総務課長の風見斗利彦を牽制するため、彼には二人の関係を公言してしまっている。
尽が、『口外するなと釘は刺しておいたけれど、江根見部長の耳には確実に入っているだろうね』と言っていたことも覚えている天莉だ。
尽の執務室を出た直後の、風見の動きを鑑みてもそれは真実だろう。
(うーーーーっ)
心の中で唸ってみたところで、そうなると尽が言う通り。
自分が余りにもお粗末な格好をしていたら、〝高嶺尽の価値〟を下げることになりかねない。
それは絶対に嫌だと思った天莉だ。
天莉は尽を恐る恐る見上げると、「だったら、ひとつだけ……」と渋々ながらつぶやいていた。
なのに。
「は? 一着だけ? こんなに見繕ってもらったのに?」
最低でも三〇着は……とかバカなことを言い募る尽を、天莉はじろりと睨み上げた。
尽は、この店舗に今現在展示されているフォーマルな装いの大半を買い占めるつもりなのだろうか。
「着る予定があるのは、今のところ親睦会の日だけです。一着あれば十分なのに、そんな風に無駄遣いしても平気な人、私、嫌いです」
わざと「です」と語尾を丁寧にして、距離感を醸し出すような口調できっぱり突っぱねたら、「嫌い」と言う文言が効力を発揮したのか、尽がグッと押し黙った。
「……ねぇ、天莉。せめて十着――」
「聞こえませんでしたか? 一着だけです!」
くぅーん、と幻の垂れ耳と垂れしっぽを装着した尽に、だけど今回ばかりは天莉だって負けていられない。
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