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(13)ネコ・猫パニック

キミはエレベーターで出会ったのが俺との初見だと思っているようだけど

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(私だって彼を私のことでオロオロさせたりヤキモキさせたりしてみたい……)

 それは無理でも、せめて自分の半分でもじんに自分を見て欲しいと思って。

 だけど――。

(……利害関係がなかったら、高嶺たかみね常務は私のことなんて目にも留めてくれてなかったよね)

 そんな風に考えたら、苦いものがこみ上げる。

 天莉あまりはそんな不毛な感情を押し込めるように、目の前の器から金平糖をつまみ上げると、口の中へ放り込んでギュッと噛みしめた。
 ジャリッという音とともに、奥歯の上で甘い甘い砂糖菓子が砕け散って。

 いつまでも舌の上に残る甘さと、ザリザリとした感触が、まるで自分の気持ちみたいだと思ってしまった天莉だ。

(きっとあの日、彼と一緒のエレベーターに乗り合わせてしまった瞬間から、私は高嶺たかみね常務に惹かれる運命だったんだ)

 高身長で物凄くハンサムで、おまけにふんわりといい香りがして……。
 強引で子供っぽいところもあるけれど、根本的な部分では天莉のことを尊重して優しく気遣ってくれる。

 それが尽からの、いつわりのフィアンセに対する最低限の心遣いだというのは分かっていても、博視ひろしにずっとないがしろにされ続けてきた天莉には、この上なく甘美な罠だった。

(――いきなりキスして来たり……やたら男性を意識させるんだもん。好きになるなって言う方が無理だよ……)

 見た目も良くて中身もいいとか……。
 そんな人に特別扱いされて、恋に落ちないはずがない。

(だけど……常務はそうじゃない)

 天莉は自分の容姿を過小評価している。

 若い頃から紗英さえみたいなフワフワした可愛らしさとは無縁だったし、性格だって真面目過ぎて息苦しい、と博視から指摘され続けてきた。

(何で常務はこんなでいいと思ってくださったんだろう)


 両親に自分との馴れ初めを話している尽を横目に、天莉は負のドツボにハマってしまってソワソワと落ち着かない。

 そう言えばじんは、今日結婚のことも切り出すようなことを言っていた。

(私、このまま常務の隣にいてもいいのかな)

 不安になって視線を落とした時だった。

 隣から尽の手がスッと伸びてきて、卓上へ所在なく載せたままだった天莉あまりの手をふんわりと包み込んだ。

「あ、あのっ……?」

 両親の前なのに、と戸惑いに揺れる瞳で尽を見詰めたら、「実はキミにも話していなかったことがあるんだ」と切り出されて。

 わけも分からないまま「え?」と漏らしたら、「キミはエレベーターで出会ったのが俺との初見だと思っているようだけど……俺の方は違う」と続けられた。


***


 じん天莉あまりの二十八歳のバースデーだった二月八日の夜、社用車の中から、ハイエンドホテル前で同じ会社の社員と思しき三人の男女が何やら揉めているのを見た。

 恋人同士の付き合いに別れ話なんてつきもの。

 何ら珍しくもない光景だが、仕事柄社員らの人間関係は結構把握していたから。

 三人のうちの二人――玉木天莉あまりと横野博視ひろしが長いこと交際していたのは知っていた尽だ。

 彼女側が三十路みそじ近いこのタイミングで、若い女――江根見えねみ紗英さえに乗り換える横野のことを酷い男だと思う程度には、尽は三人の事情に明るかった。

 フラれた玉木にとっては、堪ったものではないだろう。

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