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(9)貴方にだけは知っておいて頂きたい
小金持ち
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「先輩、三日もお休みしちゃうとかびっくりしましたよぅ? 課長から先輩がお熱出したってお聞きしてぇー、紗英、先輩のことが心配で心配で……お仕事とか何にも手に付かなかったんですぅ~」
出社するなりゆるふわウェーブの髪の毛を、ラインストーンが散りばめられたネイルの目立つ指にクルクルと巻き付けながら、江根見紗英がクネクネと身体をよじらせた。
今、目の前で紗英が宣言したように、何故か天莉の机に積まれた未処理であろう書類の山を見て、天莉は我知らず溜め息を落とす。
「玉木くーん。病み上がりのところ悪いんだけど……」
総務課長が片手を振って手招きするのを見て、天莉は『今日も残業コースかな』と思った。
これと言うのも、結局のところ自分が体調を崩してしまったのがいけないんだろう――。
***
高嶺尽の家に身を寄せることになった次の日からしばらくの間。
天莉は熱を出して寝込んでしまった。
思えば自宅前で尽と立ち話をしていた際、ズキズキと頭が痛かったのを思い出して。
(あれ、体調不良のサインだったんだ)
心身ともにボロボロ過ぎて、身体からのSOSをキャッチし損ねてしまった。
(自己管理なってないなぁ、私)
尽とひとつ屋根の下とはいえ、ここにいる間は鍵のかかる部屋で比較的安全に寝起きすることが保障されている天莉だ。
でも元々疲弊し切っていた心と身体は、そこまでされても環境変化に付いていけなかったんだろう。
それに――。
思いっきり張っていた気が、尽に甘やかされて緩んでしまったのもいけなかったような気がする。
(ホント、駄目ね……)
実際にはどんな事情があるにせよ、他人様の世話になるのだ。今こそしっかりしておかなければいけなかったはずなのに。
自宅から植物たちと一緒に着替えなどを持ち帰った夜。
猫に惑わされて言質を取られてしまったこともあり、お風呂などを済ませるなり婚姻届にサインさせられた天莉だ。
そのまま畳み掛けられるように入籍までいってしまうことを懸念したけれど、証人欄が埋まっていないことに気が付いて。
(もしかして……すぐには出すつもり、ない?)
婚姻届を前にソワソワと尽の方を仰ぎ見たら、「出すのはキミのご両親への挨拶を済ませたあとだ。婚姻は二人に関わることだし、キミの許可なく勝手に出したりはしないから安心おし?」と、言ってくれた。
それでひとまず肩の力を抜いた天莉だったのだけれど。
「それと……当然だがうちの親にも報告せねばならん。面倒だがこっちも付き合ってくれるかい?」
ついでのようにそう付け加えられて、ピシッと背筋が伸びる気持ちがして。
「あ、あの……。高嶺常務のご両親って」
「人よりちょっと小金を持ってるだけの普通の親だ。そんなに心配しなくていいよ」
出会ってたかだか数時間。
その短いスパンの中で、尽の押しの強さが何となくだけど少しずつ変化してきているのを、天莉は肌で感じている。
出社するなりゆるふわウェーブの髪の毛を、ラインストーンが散りばめられたネイルの目立つ指にクルクルと巻き付けながら、江根見紗英がクネクネと身体をよじらせた。
今、目の前で紗英が宣言したように、何故か天莉の机に積まれた未処理であろう書類の山を見て、天莉は我知らず溜め息を落とす。
「玉木くーん。病み上がりのところ悪いんだけど……」
総務課長が片手を振って手招きするのを見て、天莉は『今日も残業コースかな』と思った。
これと言うのも、結局のところ自分が体調を崩してしまったのがいけないんだろう――。
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高嶺尽の家に身を寄せることになった次の日からしばらくの間。
天莉は熱を出して寝込んでしまった。
思えば自宅前で尽と立ち話をしていた際、ズキズキと頭が痛かったのを思い出して。
(あれ、体調不良のサインだったんだ)
心身ともにボロボロ過ぎて、身体からのSOSをキャッチし損ねてしまった。
(自己管理なってないなぁ、私)
尽とひとつ屋根の下とはいえ、ここにいる間は鍵のかかる部屋で比較的安全に寝起きすることが保障されている天莉だ。
でも元々疲弊し切っていた心と身体は、そこまでされても環境変化に付いていけなかったんだろう。
それに――。
思いっきり張っていた気が、尽に甘やかされて緩んでしまったのもいけなかったような気がする。
(ホント、駄目ね……)
実際にはどんな事情があるにせよ、他人様の世話になるのだ。今こそしっかりしておかなければいけなかったはずなのに。
自宅から植物たちと一緒に着替えなどを持ち帰った夜。
猫に惑わされて言質を取られてしまったこともあり、お風呂などを済ませるなり婚姻届にサインさせられた天莉だ。
そのまま畳み掛けられるように入籍までいってしまうことを懸念したけれど、証人欄が埋まっていないことに気が付いて。
(もしかして……すぐには出すつもり、ない?)
婚姻届を前にソワソワと尽の方を仰ぎ見たら、「出すのはキミのご両親への挨拶を済ませたあとだ。婚姻は二人に関わることだし、キミの許可なく勝手に出したりはしないから安心おし?」と、言ってくれた。
それでひとまず肩の力を抜いた天莉だったのだけれど。
「それと……当然だがうちの親にも報告せねばならん。面倒だがこっちも付き合ってくれるかい?」
ついでのようにそう付け加えられて、ピシッと背筋が伸びる気持ちがして。
「あ、あの……。高嶺常務のご両親って」
「人よりちょっと小金を持ってるだけの普通の親だ。そんなに心配しなくていいよ」
出会ってたかだか数時間。
その短いスパンの中で、尽の押しの強さが何となくだけど少しずつ変化してきているのを、天莉は肌で感じている。
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