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(3)尽からの提案
上の様子が気になって
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***
「ふへ?」
と言う、何とも間の抜けた声を発したのち、「……あ、あ、あ、あのっ。お、お、お、仰られている意味が分かりませんっ」と盛大にどもりながらも、当然のように拒絶の意思を含んだ言葉が返ってきたから。
尽はそれも想定の範囲内とばかりに肩越し、背後に寝かせたままの天莉をゆっくりと振り返った。
そうしながらほんの少し眼鏡のブリッジに触れて、これ以上議論するのは煩わしいんだがね?と言わんばかりに角度を直したのは、実は計算づくだ。
「――では聞くが、キミは今から自力で自宅まで帰り着けるのか? よしんば無事帰宅できたとして、風呂や食事にまで気を回せるゆとりがあるようには見えないんだがね?」
反論の余地はないだろう?という吐息とともに眼鏡越し、わざと冷ややかな視線で見下ろせば、天莉がグッと言葉に詰まったのが分かった。
「俺が今ここにいるのは、たまたま忘れ物を取りに戻っただけに過ぎない。――明日も早いし、出来れば寄り道などせず真っすぐ家へ帰り着きたいんだがね。生憎こう見えて、体調不良の部下をそのまま見過ごしておけるほど冷血漢でもないんだよ。もちろん、キミが抵抗を感じる気持ちも分からなくはないが、俺の顔を立てると思って大人しく従ってはくれまいか?」
実際にはここまで上がってきたのはたまたまなんかじゃない。
二十二時前――。
運転手に送られて、秘書とともに社用車で会社まで戻って来てみれば、いつもは電気が消えているはずの七階に明かりが灯っているのが見えて。
(あれは……位置的に見て総務課か?)
元々はそのまま自分の車に乗り換えて帰宅するつもりだった尽だが、こんな時間まで一体誰が仕事をしているんだろう?と気になってしまった。
何より、〝総務課〟というのが引っかかった尽だ。
(まさかまた玉木天莉が残っているんじゃないよな?)
今まで天莉が江根見紗英のせいと思われる残業を、幾度となくこなしていたのを尽だって知らないわけじゃない。
玉木天莉は優秀な社員だが、どうもアレコレ抱え込みがちなところがあるから。
総務課には――というか江根見紗英の扱いについては――、上に立つ者として一度梃入れをせねばと思っていた矢先でもある。
(先週末あんなことがあってすぐの、今朝の朝礼での報告会だ。もしまた同じように無能な後輩から仕事を押し付けられていたとしたら……彼女は相当しんどい思いをしているだろう)
朝イチで営業企画課、総務課の双方で横野博視と江根見紗英の婚約が報じられたことは、尽の耳にも届いていたから。
苦々しい思いとともに社屋を見上げて、「少し上の様子を見てから帰る」と告げた途端、「わたくしも一緒に参ります」と、すぐ横に立つ秘書の伊藤直樹が申し出た。
それを制するようにして、「もう遅いから必要ない」と言ったら、あからさまに眉根を寄せられてしまう。
「ふへ?」
と言う、何とも間の抜けた声を発したのち、「……あ、あ、あ、あのっ。お、お、お、仰られている意味が分かりませんっ」と盛大にどもりながらも、当然のように拒絶の意思を含んだ言葉が返ってきたから。
尽はそれも想定の範囲内とばかりに肩越し、背後に寝かせたままの天莉をゆっくりと振り返った。
そうしながらほんの少し眼鏡のブリッジに触れて、これ以上議論するのは煩わしいんだがね?と言わんばかりに角度を直したのは、実は計算づくだ。
「――では聞くが、キミは今から自力で自宅まで帰り着けるのか? よしんば無事帰宅できたとして、風呂や食事にまで気を回せるゆとりがあるようには見えないんだがね?」
反論の余地はないだろう?という吐息とともに眼鏡越し、わざと冷ややかな視線で見下ろせば、天莉がグッと言葉に詰まったのが分かった。
「俺が今ここにいるのは、たまたま忘れ物を取りに戻っただけに過ぎない。――明日も早いし、出来れば寄り道などせず真っすぐ家へ帰り着きたいんだがね。生憎こう見えて、体調不良の部下をそのまま見過ごしておけるほど冷血漢でもないんだよ。もちろん、キミが抵抗を感じる気持ちも分からなくはないが、俺の顔を立てると思って大人しく従ってはくれまいか?」
実際にはここまで上がってきたのはたまたまなんかじゃない。
二十二時前――。
運転手に送られて、秘書とともに社用車で会社まで戻って来てみれば、いつもは電気が消えているはずの七階に明かりが灯っているのが見えて。
(あれは……位置的に見て総務課か?)
元々はそのまま自分の車に乗り換えて帰宅するつもりだった尽だが、こんな時間まで一体誰が仕事をしているんだろう?と気になってしまった。
何より、〝総務課〟というのが引っかかった尽だ。
(まさかまた玉木天莉が残っているんじゃないよな?)
今まで天莉が江根見紗英のせいと思われる残業を、幾度となくこなしていたのを尽だって知らないわけじゃない。
玉木天莉は優秀な社員だが、どうもアレコレ抱え込みがちなところがあるから。
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苦々しい思いとともに社屋を見上げて、「少し上の様子を見てから帰る」と告げた途端、「わたくしも一緒に参ります」と、すぐ横に立つ秘書の伊藤直樹が申し出た。
それを制するようにして、「もう遅いから必要ない」と言ったら、あからさまに眉根を寄せられてしまう。
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