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(2)体調不良が招いた出会い
エレベーターの中の男
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***
結局二十二時前になってやっと。
ほとんど何も手付かずのままだった紗英の仕事を片付けて、総務課を出た天莉だったのだけれど。
とっくに限界を超えた体調の悪化は、足を一歩踏み出すごとにふらつきを酷くする形で天莉を苛んだ。
天莉のいる課は社屋内の上階の方――七階――に位置していて、ここより上のフロアは八階・重役たちの個室しかない。
さすがに定時を四時間以上を過ぎた時刻ともなれば、社内に人影は見当たらなくて。
課長は天莉に仕事を頼んだ手前、最後までソワソワしていたけれど、正直その様が落ち着かなくて、天莉から声を掛けて先に帰ってもらった。
独り身の自分と違って、課長には妻子がいるから。
家で誰かが待っている以上、そんなに引き留めてはいけないとも思ったのだ。
それに――。
正直課長と二人きりは、別の意味でもイヤだったから。
元気な時ならば、帰りは階段を使うことを心がけていた天莉だったけれど、さすがに今それをしたら真っ逆様に転げ落ちる自信があった。
廊下の壁面を擦るようにしてやっと辿り着いたエレベーターホールで、何とか手探り。ほぼ勘で「▼」ボタンを押して壁にもたれ掛かったままエレベーターがくるのを待って。
ポーンという軽快な電子音とともに開いたドア内へ、壁伝いに何とか乗り込んだ。
社内には、もう自分と警備員くらいしか残っていないと思っていたのに――。
箱の中には一人、とても綺麗に磨かれた手入れの行き届いた革靴の男性が乗っていて、天莉が乗り込むなり怪訝そうにわずかだけ呼吸を乱したのが分かった。
気分の悪さに顔を上げることがままならなかった天莉は、相手の足元と、その人が身に纏う空気だけでそれらを察知したのだけれど。
恐らく相手も、自分以外にまだ人が残っていたことに驚いただけだろう、と思った。
それに――。
(私、幽鬼みたいにふらつきながら乗り込んだもんね。悲鳴を上げられなかっただけマシだったのかも)
そう心の中で自己完結する。
いつもなら、こんな風に誰かと二人きりともなれば、一応の社交辞令として微笑を浮かべて軽く会釈くらいはするのだけれど。残念ながら今そんなことをしたら倒れかねない。
心の中で『無愛想ですみません』と謝って、エレベーター内の手すりに縋り付くようにして何とか座り込むのだけは回避した。
上階から降りてきた箱に先約がいたならば、それは重役の可能性が極めて高い。
そんな単純なことにも気づけないほど、今の天莉は限界だったのだ。
***
いつもなら定時過ぎにエレベーターへ乗り込むと、多かれ少なかれ途中途中で他の社員たちが乗り込んでくるはずの箱の中。
さすがに遅い時間だからだろう。
今日に限っては、気まずいくらいに天莉とその男性以外に新たな人が乗り込んでくる気配はなかった。
結果、最初にお愛想を出来なかった事が、ドヨンと重く天莉の心にのし掛かってくる。
天莉はひとり、ギュッと手すりを握って箱の隅っこで冷や汗を流しながら、早く下に着けばいいと願ったのだけれど。
その願いのたまものだろうか。
平時よりもとても早く目的階に着いたように感じた。
扉が開く気配を感じた天莉は、階数表示を確認したいのに気持ち悪さマックスで顔を上げることが出来なくて。
(そう言えば私、行き先ボタン……)
そこで、今更のようにそんなことに思い至る。
結局二十二時前になってやっと。
ほとんど何も手付かずのままだった紗英の仕事を片付けて、総務課を出た天莉だったのだけれど。
とっくに限界を超えた体調の悪化は、足を一歩踏み出すごとにふらつきを酷くする形で天莉を苛んだ。
天莉のいる課は社屋内の上階の方――七階――に位置していて、ここより上のフロアは八階・重役たちの個室しかない。
さすがに定時を四時間以上を過ぎた時刻ともなれば、社内に人影は見当たらなくて。
課長は天莉に仕事を頼んだ手前、最後までソワソワしていたけれど、正直その様が落ち着かなくて、天莉から声を掛けて先に帰ってもらった。
独り身の自分と違って、課長には妻子がいるから。
家で誰かが待っている以上、そんなに引き留めてはいけないとも思ったのだ。
それに――。
正直課長と二人きりは、別の意味でもイヤだったから。
元気な時ならば、帰りは階段を使うことを心がけていた天莉だったけれど、さすがに今それをしたら真っ逆様に転げ落ちる自信があった。
廊下の壁面を擦るようにしてやっと辿り着いたエレベーターホールで、何とか手探り。ほぼ勘で「▼」ボタンを押して壁にもたれ掛かったままエレベーターがくるのを待って。
ポーンという軽快な電子音とともに開いたドア内へ、壁伝いに何とか乗り込んだ。
社内には、もう自分と警備員くらいしか残っていないと思っていたのに――。
箱の中には一人、とても綺麗に磨かれた手入れの行き届いた革靴の男性が乗っていて、天莉が乗り込むなり怪訝そうにわずかだけ呼吸を乱したのが分かった。
気分の悪さに顔を上げることがままならなかった天莉は、相手の足元と、その人が身に纏う空気だけでそれらを察知したのだけれど。
恐らく相手も、自分以外にまだ人が残っていたことに驚いただけだろう、と思った。
それに――。
(私、幽鬼みたいにふらつきながら乗り込んだもんね。悲鳴を上げられなかっただけマシだったのかも)
そう心の中で自己完結する。
いつもなら、こんな風に誰かと二人きりともなれば、一応の社交辞令として微笑を浮かべて軽く会釈くらいはするのだけれど。残念ながら今そんなことをしたら倒れかねない。
心の中で『無愛想ですみません』と謝って、エレベーター内の手すりに縋り付くようにして何とか座り込むのだけは回避した。
上階から降りてきた箱に先約がいたならば、それは重役の可能性が極めて高い。
そんな単純なことにも気づけないほど、今の天莉は限界だったのだ。
***
いつもなら定時過ぎにエレベーターへ乗り込むと、多かれ少なかれ途中途中で他の社員たちが乗り込んでくるはずの箱の中。
さすがに遅い時間だからだろう。
今日に限っては、気まずいくらいに天莉とその男性以外に新たな人が乗り込んでくる気配はなかった。
結果、最初にお愛想を出来なかった事が、ドヨンと重く天莉の心にのし掛かってくる。
天莉はひとり、ギュッと手すりを握って箱の隅っこで冷や汗を流しながら、早く下に着けばいいと願ったのだけれど。
その願いのたまものだろうか。
平時よりもとても早く目的階に着いたように感じた。
扉が開く気配を感じた天莉は、階数表示を確認したいのに気持ち悪さマックスで顔を上げることが出来なくて。
(そう言えば私、行き先ボタン……)
そこで、今更のようにそんなことに思い至る。
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