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18.大安吉日
ちゃんとの意味を知りたいのですっ
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「それが、彼女を娶らせて頂くための、お義父さんからの絶対条件でしたので」
自分だって本当は喉から手が出そうなくらい日織との同棲生活を夢見たのだ。
それがやっと。
そう思うとニヤけてしまいそうになるのを堪えるのに必死というのが正直なところ。
「修太郎さん?」
今まで葵咲とキャッキャ言っていた日織が、いつの間にかそばまで来ていて自分を見上げていた。
理人も彼女に呼ばれたのか、葵咲の横で何やら楽しそうに談笑している。
自分はどれだけ呆けていたのだろうと思わず苦笑してしまった修太郎だ。
それがますます日織を混乱させて。
「――すみません。やっと日織さんと一緒に暮らせるんだと思ったら、色々楽しみすぎてぼんやりしてしまっていました」
苦笑混じりに言えば、
「わ、私もっ。夢みたいなのですっ!」
日織がギュッと修太郎に抱きついてきた。
そんな日織をそっと抱き寄せながら、修太郎は「早く二人きりになれないかな」と、心の中で小さく吐息を落とした。
***
「ききちゃんと池本さんはもうずっと一緒に住んでいらっしゃるんですよね?」
ソワソワとした様子で日織が問いかけてきて、理人はニコッと〝他所行きの笑顔〟を浮かべると「はい」と答える。
「ご、ご入籍とかは……」
葵咲の左手薬指に光る大きなダイヤ付きの指輪を見れば、二人が婚約中なのは確かだ。
日織は、実際葵咲からもそう聞かされている。
「今すぐにでも、と言いたいところなんですが……」
そこで理人が言い淀んだのを見て、葵咲が吐息を落とした。
「私が大学を卒業して……ちゃんとするまではしないって理人が」
どうやらこれに関しては、葵咲はちょっぴり思うところがあるみたいだ。
「ちゃんと、とは?」
テーブルの上には先日修太郎が酒蔵祭りで入手してきた日本酒の中から、日織お気に入りの『金雀』の七二〇ミリリットルボトルから注がれた冷酒用デキャンタが置かれていて。
四人はそれを飲みながら喋っている。
日織、日本酒では目立って酔いはしないのだが、体調によっては静かに酔って、いつもより若干大胆になるのを知っている修太郎だ。
他の三人の手元にも日織同様日本酒用のグラスが置かれているけれど、日織が飲むピッチが一番早いことが、修太郎は気になっている。
「日織さん、とりあえずつまみ、食べましょうか」
グイグイと前のめりで客人に迫る日織に、修太郎が刺身こんにゃくを勧める。
金雀のフルーティーさには、刺身こんにゃくの酢味噌ダレがよく合う。
合うのだけれど――。
先刻から日織は空きっ腹にお酒ばかり入れているような気がして気が気じゃない修太郎だ。
「ちゃんと食べてますよ?」
日織がぷぅっと頬を膨らませて口を尖らせるのを見て、もう少し何か食べさせたほうがいいな、と修太郎は小さく吐息を落とす。
修太郎に言われて刺身こんにゃくを一切れ口に放り込んだ日織だったけれど。
「あ、あのっ。さっきの……ちゃんとの意味を知りたいのですっ」
それを飲み込むなり理人をじっと見つめて。
理人が日織の前のめりぶりに思わず苦笑いを浮かべる。
「すみません、池本さん」
日織は本来日本酒に関して言えばほぼザルなのだけれど。
今日は結婚式でずっと気持ちが張り詰めていたからだろうか。
珍しく酔っている気がした。
口調とパッと見こそ、本当にいつも通りだから分かりにくいのだけれど、普段であればこんなにグイグイ行く子ではないから。
「日織さん……」
修太郎が声を掛けるけれど日織は理人から目を逸らさない。
「ひおちゃん……」
葵咲がそんな幼なじみを心配そうに見つめて。
日織は自分を案じてくれる葵咲に眉根を寄せると
「待たされる辛さは私、イヤと言うほど骨身にしみているのですっ。だからっ。ききちゃんのこと、すごくすごく気になるのですっ」
言って、まるで景気付けのように手元に置かれた金雀をクイッと煽った。
「あっ……」
思わず修太郎が声を上げたけれど日織本人はいっかな意に介した様子はない。
よく冷えた金雀は、グラスを程よく曇らせていて、それがビジュアル的にも美味しさに拍車をかけているように見えて。
理人は小さく吐息を落とすと、日織同様自分のグラスを空にした。
「勝手に……失礼しますね」
理人は一言修太郎に断りを入れると、くぼみに氷の入った冷酒用のデキャンタを手に取って、日織のグラスに酒を注いだ。
「あ、ありがとうございます。私も……」
日織も理人にも同じようにして。
二人の――と言うより日織のグラスにまたしてもお酒が満たされてしまう。
「理人っ」
修太郎が、これ以上はあまり日織に飲ませたがっていないことを察した葵咲が、すぐ横に座る理人を諌めたけれど後の祭り。
実際理人だって修太郎の気持ちに気づいていないわけはないだろうに、と不思議に思いながら恋人を見つめた葵咲だ。
「僕は……葵咲の将来を縛る足枷になりたくないなと思っています。だから……僕とのことは考えない状態で、葵咲には自分のなりたいものになって欲しいと思っているんです。――彼女がちゃんと地に足を付けられたら、その時こそは葵咲を離すつもりはありません。それが僕が考える〝ちゃんと〟の意味です」
理人がまるで酒の力を借りたから、と言う体で注がれたばかりの日本酒で口を湿らせながら一気に言って。
葵咲はそんな理人を、驚いたように瞳を見開いて見遣った。
「理人……」
葵咲はハッキリと、恋人からこんな風に口に出してその真意を言われたことがなかったのかもしれない。
葵咲の様子を見てそう思った修太郎だ。
自分だって本当は喉から手が出そうなくらい日織との同棲生活を夢見たのだ。
それがやっと。
そう思うとニヤけてしまいそうになるのを堪えるのに必死というのが正直なところ。
「修太郎さん?」
今まで葵咲とキャッキャ言っていた日織が、いつの間にかそばまで来ていて自分を見上げていた。
理人も彼女に呼ばれたのか、葵咲の横で何やら楽しそうに談笑している。
自分はどれだけ呆けていたのだろうと思わず苦笑してしまった修太郎だ。
それがますます日織を混乱させて。
「――すみません。やっと日織さんと一緒に暮らせるんだと思ったら、色々楽しみすぎてぼんやりしてしまっていました」
苦笑混じりに言えば、
「わ、私もっ。夢みたいなのですっ!」
日織がギュッと修太郎に抱きついてきた。
そんな日織をそっと抱き寄せながら、修太郎は「早く二人きりになれないかな」と、心の中で小さく吐息を落とした。
***
「ききちゃんと池本さんはもうずっと一緒に住んでいらっしゃるんですよね?」
ソワソワとした様子で日織が問いかけてきて、理人はニコッと〝他所行きの笑顔〟を浮かべると「はい」と答える。
「ご、ご入籍とかは……」
葵咲の左手薬指に光る大きなダイヤ付きの指輪を見れば、二人が婚約中なのは確かだ。
日織は、実際葵咲からもそう聞かされている。
「今すぐにでも、と言いたいところなんですが……」
そこで理人が言い淀んだのを見て、葵咲が吐息を落とした。
「私が大学を卒業して……ちゃんとするまではしないって理人が」
どうやらこれに関しては、葵咲はちょっぴり思うところがあるみたいだ。
「ちゃんと、とは?」
テーブルの上には先日修太郎が酒蔵祭りで入手してきた日本酒の中から、日織お気に入りの『金雀』の七二〇ミリリットルボトルから注がれた冷酒用デキャンタが置かれていて。
四人はそれを飲みながら喋っている。
日織、日本酒では目立って酔いはしないのだが、体調によっては静かに酔って、いつもより若干大胆になるのを知っている修太郎だ。
他の三人の手元にも日織同様日本酒用のグラスが置かれているけれど、日織が飲むピッチが一番早いことが、修太郎は気になっている。
「日織さん、とりあえずつまみ、食べましょうか」
グイグイと前のめりで客人に迫る日織に、修太郎が刺身こんにゃくを勧める。
金雀のフルーティーさには、刺身こんにゃくの酢味噌ダレがよく合う。
合うのだけれど――。
先刻から日織は空きっ腹にお酒ばかり入れているような気がして気が気じゃない修太郎だ。
「ちゃんと食べてますよ?」
日織がぷぅっと頬を膨らませて口を尖らせるのを見て、もう少し何か食べさせたほうがいいな、と修太郎は小さく吐息を落とす。
修太郎に言われて刺身こんにゃくを一切れ口に放り込んだ日織だったけれど。
「あ、あのっ。さっきの……ちゃんとの意味を知りたいのですっ」
それを飲み込むなり理人をじっと見つめて。
理人が日織の前のめりぶりに思わず苦笑いを浮かべる。
「すみません、池本さん」
日織は本来日本酒に関して言えばほぼザルなのだけれど。
今日は結婚式でずっと気持ちが張り詰めていたからだろうか。
珍しく酔っている気がした。
口調とパッと見こそ、本当にいつも通りだから分かりにくいのだけれど、普段であればこんなにグイグイ行く子ではないから。
「日織さん……」
修太郎が声を掛けるけれど日織は理人から目を逸らさない。
「ひおちゃん……」
葵咲がそんな幼なじみを心配そうに見つめて。
日織は自分を案じてくれる葵咲に眉根を寄せると
「待たされる辛さは私、イヤと言うほど骨身にしみているのですっ。だからっ。ききちゃんのこと、すごくすごく気になるのですっ」
言って、まるで景気付けのように手元に置かれた金雀をクイッと煽った。
「あっ……」
思わず修太郎が声を上げたけれど日織本人はいっかな意に介した様子はない。
よく冷えた金雀は、グラスを程よく曇らせていて、それがビジュアル的にも美味しさに拍車をかけているように見えて。
理人は小さく吐息を落とすと、日織同様自分のグラスを空にした。
「勝手に……失礼しますね」
理人は一言修太郎に断りを入れると、くぼみに氷の入った冷酒用のデキャンタを手に取って、日織のグラスに酒を注いだ。
「あ、ありがとうございます。私も……」
日織も理人にも同じようにして。
二人の――と言うより日織のグラスにまたしてもお酒が満たされてしまう。
「理人っ」
修太郎が、これ以上はあまり日織に飲ませたがっていないことを察した葵咲が、すぐ横に座る理人を諌めたけれど後の祭り。
実際理人だって修太郎の気持ちに気づいていないわけはないだろうに、と不思議に思いながら恋人を見つめた葵咲だ。
「僕は……葵咲の将来を縛る足枷になりたくないなと思っています。だから……僕とのことは考えない状態で、葵咲には自分のなりたいものになって欲しいと思っているんです。――彼女がちゃんと地に足を付けられたら、その時こそは葵咲を離すつもりはありません。それが僕が考える〝ちゃんと〟の意味です」
理人がまるで酒の力を借りたから、と言う体で注がれたばかりの日本酒で口を湿らせながら一気に言って。
葵咲はそんな理人を、驚いたように瞳を見開いて見遣った。
「理人……」
葵咲はハッキリと、恋人からこんな風に口に出してその真意を言われたことがなかったのかもしれない。
葵咲の様子を見てそう思った修太郎だ。
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