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18.大安吉日
この後は何かご予定がおありですか?
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神殿入りしてからは儀式進行役の神職による『斎主挨拶』のあと『修祓の儀』で全員でお祓いをしてもらって穢れを清めていただいて。
斎主が神様に寿ぎの言葉を述べる『祝詞奏上』を済ませて、『三献の儀』――いわゆる三三九度をするという流れだった。
小型・中型・大型の盃をそれぞれ三回ずつ、決められた順番・作法に則って修太郎と交わした日織だったけれど。
(せっかくの御神酒、緊張してサッパリお味が分からなかったのです!)
などと、日本酒好きの新婦が一人残念に思っていることなんて、きっと修太郎以外誰も気付いてもいなかっただろう。
新郎新婦の二人で神に向かって誓いの言葉を述べる『誓詞奉読』は、修太郎がほぼ全文を読み上げてくれて。
日織は最後に自分の名前を添えるように言うだけで良かったから本当にありがたかった。
(修太郎さん、すっごくすっごく頼もしいのですっ)
修太郎が誓いの詞を、よく通る、うっとりするようないい声で読み上げている間、日織は緊張だけではない胸の高鳴りを覚えていた。
その後二人で『指輪交換』をして、榊の木に紙垂を取り付けた〝玉串〟を神前にお供えする『玉串奉奠』へと移る。
『玉串奉奠』には細かい手順作法があって、それを間違えないように行わないといけなかったので、日織的に一番緊張した作業だった。
でも、ここでもやっぱり落ち着いた様子で日織を引っ張ってくれる修太郎のお陰で、思ったほどテンパらずに済ませることができた日織だ。
式の間中、日織は修太郎にキュンキュンさせられっぱなしで。
(修太郎さんと結婚できる私は本当に本当に幸せ者なのですっ!)
と心の底から思った。
巫女さんが両家の繁栄を祈る舞を披露してくれている間も、日織はチラチラと隣に座る修太郎を見詰めてばかり。
時折その視線に気付いた修太郎から、「僕がついていますから、そんなに気負わなくても大丈夫ですからね?」と小声で言われるから、余計に「修太郎さん、大好きなのですっ! 一生付いていきます!」という気持ちが高まってしまった日織だ。
お陰様で日織の世界は修太郎一色に染められて。
親族を代表して天馬氏が『親族盃の儀』で御神酒を飲む姿や、修太郎と日織、それから両家の面々へ向けられた『斎主祝辞』の辺りはほぼ上の空で臨んでしまった。
でも、何はともあれ――少なくとも表面上は――何の滞りもなく、無事に式は終わって。
大安吉日の今日この日より、日織は名実ともに修太郎の元へと嫁ぐことが許された。
***
「ききちゃん!」
式が終わってすぐ。
日織と修太郎は親族に囲まれてわちゃわちゃしていたけれど。
日織は人混みの中、控えめにこちらの様子を窺う幼なじみの姿に気が付いて、パッと瞳を輝かせた。
「修太郎さん、あのっ」
恐る恐る隣の修太郎に声を掛けるとすぐに気付いてくれて、「行っておいで」と言ってくれる。
日織は花が開くように満面の笑みを浮かべると、親族らに「すみません」と頭を下げて幼なじみの元へ急いだ。
「ひおちゃん! あのっ、抜けてきて大丈夫?」
自分を取り囲んでいた人たちをかき分けるようにして、花嫁衣装を纏ったままの日織が小走りに駆け寄ってきたのを見て、ききちゃんと呼ばれた女性――丸山葵咲はソワソワした顔をする。
「修太郎さんが行っておいでって言って下さったので問題ないのです!」
ニコッと微笑んだ日織は、葵咲のすぐ横に立つ長身男性にチラリと視線を注ぐと、「池本さん、ご無沙汰しています。今日はわざわざお越しくださり、有難うございます」と頭を下げた。
「僕の大事な葵咲の親友の晴れの日です。馳せ参じるのは当たり前ですよ。――この度は本当におめでとうございます」
池本理人は人混みの中、こちらの様子を気にしている修太郎にも軽く会釈をすると、さり気なく(?)葵咲は僕のものアピールをしながら日織にお祝いの言葉を述べる。
「ひおちゃん、本当におめでとう! すっごく綺麗だよー!」
それに合わせるように葵咲も日織にお祝いの言葉を言って。
日織は二人にお辞儀をすると「有難うございます」とお礼を言った。
「あ、あのっ。それで……この後は何かご予定がおありですか?」
二次会などはする予定にしていない日織たちだ。
今回、式に呼んだのも日織側は親族以外だと葵咲たちだけ。
羽住酒造の面々もふと頭には浮かんだものの、一時的にバイトをしただけの身。
そもそも同級生の十升とも、その兄の一斗とも、元々そんなに密に連絡を取り合っていたわけではない。
式自体の打ち合わせが大分済んでいたこともあり、そのまま招待客などに変更は加えず話を進めてしまった日織だ。
理人に視線を転じて日織が不安そうな顔をすると、理人はすぐ傍らで自分を見上げる葵咲の視線に優しくニコッと微笑んでから、日織に視線を戻す。
「特には定めていません。久しぶりに葵咲の生まれ故郷に来ましたし、今夜はもう一泊して、明日一日観光でもして帰ろうかと彼女と話していた所です」
葵咲は小学校へ上がる前の年まで、日織の地元で生まれ育った。
日織とは幼い頃によく遊んだ仲だけれど、葵咲が遠方に引っ越してからは文通と電話で交流を続けてきた。
日織が携帯を手にしてからはもっぱらメールでやり取りをしいる仲だ。
日織が修太郎と入籍をしてちょっとしたころ、一度葵咲がお祝いがてら泊りがけで日織に会いにきてくれたことがあって。
後日合流した理人も交えて四人で食事をしたりもした。
日織も、明日からは新婚旅行に出かけるので予定が詰まっているけれど――。
「あのっ、もし宜しければこの後……そのっ、少しだけでもうちに……」
以前四人で楽しく食事をしたことを思い出した日織だ。
あんな時間をまたみんなで過ごしたいと思って。何の気なしに言いかけて、ハッとしたように背後の修太郎を振り返る。
斎主が神様に寿ぎの言葉を述べる『祝詞奏上』を済ませて、『三献の儀』――いわゆる三三九度をするという流れだった。
小型・中型・大型の盃をそれぞれ三回ずつ、決められた順番・作法に則って修太郎と交わした日織だったけれど。
(せっかくの御神酒、緊張してサッパリお味が分からなかったのです!)
などと、日本酒好きの新婦が一人残念に思っていることなんて、きっと修太郎以外誰も気付いてもいなかっただろう。
新郎新婦の二人で神に向かって誓いの言葉を述べる『誓詞奉読』は、修太郎がほぼ全文を読み上げてくれて。
日織は最後に自分の名前を添えるように言うだけで良かったから本当にありがたかった。
(修太郎さん、すっごくすっごく頼もしいのですっ)
修太郎が誓いの詞を、よく通る、うっとりするようないい声で読み上げている間、日織は緊張だけではない胸の高鳴りを覚えていた。
その後二人で『指輪交換』をして、榊の木に紙垂を取り付けた〝玉串〟を神前にお供えする『玉串奉奠』へと移る。
『玉串奉奠』には細かい手順作法があって、それを間違えないように行わないといけなかったので、日織的に一番緊張した作業だった。
でも、ここでもやっぱり落ち着いた様子で日織を引っ張ってくれる修太郎のお陰で、思ったほどテンパらずに済ませることができた日織だ。
式の間中、日織は修太郎にキュンキュンさせられっぱなしで。
(修太郎さんと結婚できる私は本当に本当に幸せ者なのですっ!)
と心の底から思った。
巫女さんが両家の繁栄を祈る舞を披露してくれている間も、日織はチラチラと隣に座る修太郎を見詰めてばかり。
時折その視線に気付いた修太郎から、「僕がついていますから、そんなに気負わなくても大丈夫ですからね?」と小声で言われるから、余計に「修太郎さん、大好きなのですっ! 一生付いていきます!」という気持ちが高まってしまった日織だ。
お陰様で日織の世界は修太郎一色に染められて。
親族を代表して天馬氏が『親族盃の儀』で御神酒を飲む姿や、修太郎と日織、それから両家の面々へ向けられた『斎主祝辞』の辺りはほぼ上の空で臨んでしまった。
でも、何はともあれ――少なくとも表面上は――何の滞りもなく、無事に式は終わって。
大安吉日の今日この日より、日織は名実ともに修太郎の元へと嫁ぐことが許された。
***
「ききちゃん!」
式が終わってすぐ。
日織と修太郎は親族に囲まれてわちゃわちゃしていたけれど。
日織は人混みの中、控えめにこちらの様子を窺う幼なじみの姿に気が付いて、パッと瞳を輝かせた。
「修太郎さん、あのっ」
恐る恐る隣の修太郎に声を掛けるとすぐに気付いてくれて、「行っておいで」と言ってくれる。
日織は花が開くように満面の笑みを浮かべると、親族らに「すみません」と頭を下げて幼なじみの元へ急いだ。
「ひおちゃん! あのっ、抜けてきて大丈夫?」
自分を取り囲んでいた人たちをかき分けるようにして、花嫁衣装を纏ったままの日織が小走りに駆け寄ってきたのを見て、ききちゃんと呼ばれた女性――丸山葵咲はソワソワした顔をする。
「修太郎さんが行っておいでって言って下さったので問題ないのです!」
ニコッと微笑んだ日織は、葵咲のすぐ横に立つ長身男性にチラリと視線を注ぐと、「池本さん、ご無沙汰しています。今日はわざわざお越しくださり、有難うございます」と頭を下げた。
「僕の大事な葵咲の親友の晴れの日です。馳せ参じるのは当たり前ですよ。――この度は本当におめでとうございます」
池本理人は人混みの中、こちらの様子を気にしている修太郎にも軽く会釈をすると、さり気なく(?)葵咲は僕のものアピールをしながら日織にお祝いの言葉を述べる。
「ひおちゃん、本当におめでとう! すっごく綺麗だよー!」
それに合わせるように葵咲も日織にお祝いの言葉を言って。
日織は二人にお辞儀をすると「有難うございます」とお礼を言った。
「あ、あのっ。それで……この後は何かご予定がおありですか?」
二次会などはする予定にしていない日織たちだ。
今回、式に呼んだのも日織側は親族以外だと葵咲たちだけ。
羽住酒造の面々もふと頭には浮かんだものの、一時的にバイトをしただけの身。
そもそも同級生の十升とも、その兄の一斗とも、元々そんなに密に連絡を取り合っていたわけではない。
式自体の打ち合わせが大分済んでいたこともあり、そのまま招待客などに変更は加えず話を進めてしまった日織だ。
理人に視線を転じて日織が不安そうな顔をすると、理人はすぐ傍らで自分を見上げる葵咲の視線に優しくニコッと微笑んでから、日織に視線を戻す。
「特には定めていません。久しぶりに葵咲の生まれ故郷に来ましたし、今夜はもう一泊して、明日一日観光でもして帰ろうかと彼女と話していた所です」
葵咲は小学校へ上がる前の年まで、日織の地元で生まれ育った。
日織とは幼い頃によく遊んだ仲だけれど、葵咲が遠方に引っ越してからは文通と電話で交流を続けてきた。
日織が携帯を手にしてからはもっぱらメールでやり取りをしいる仲だ。
日織が修太郎と入籍をしてちょっとしたころ、一度葵咲がお祝いがてら泊りがけで日織に会いにきてくれたことがあって。
後日合流した理人も交えて四人で食事をしたりもした。
日織も、明日からは新婚旅行に出かけるので予定が詰まっているけれど――。
「あのっ、もし宜しければこの後……そのっ、少しだけでもうちに……」
以前四人で楽しく食事をしたことを思い出した日織だ。
あんな時間をまたみんなで過ごしたいと思って。何の気なしに言いかけて、ハッとしたように背後の修太郎を振り返る。
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