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16.酒蔵祭り

せっかくですし、日織さんのためにあれこれ酒を見繕って来ようかな

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 むさ苦しい男連中に囲まれた、可憐な一輪の花のような日織ひおりの姿に、彼女を売り子にしたいと申し出てきた十升みつたかの審美眼をほんの少しだけと上から目線で思った修太郎だ。

 数日前までの自分ならそんな大らかな心持ちでその光景を眺めることは出来なかったかもしれない。
 けれど、先だって日織から多大なるを受け取ったばかりなのもあり、いまの修太郎はほんのちょっと心にゆとりがある。

 どんなにアプローチを掛けられても、日織が好きなのは自分なのだと信じることが出来ればそれほど気持ちは揺れないのだな、と今更のように思って。

 もちろん不必要にベタベタ触られたりしたら黙ってはいられないだろうが、この忙しさではそんな心配もないだろう。

 修太郎は日織にジェスチャーで「近場のブースを回ってきます」と伝えると、本当はかなりのところ後ろ髪を引かれつつも、平気なふりをして羽住はすみ酒造のテントを後にした。

 あの夜。
 性に対する知識が微妙にズレていた可愛い日織ひおりが、ぎこちなくではあったけれど修太郎しゅうたろうの求めに応じてしてくれたのだ。

 間違いなく愛されていると信じてはいるけれど、その実感とは別のところで修太郎は隙あらばずっと日織のそばにいたいし、彼女をいつまででも見ていたいと思っている。

 その機会に恵まれていると言うのに、こんな風に自ら日織のそばを離れるのは何だかとてももったいない気がして仕方がないのだ。

 ないのだけれど――。

 こうやって少しずつリハビリをしておかないと、日織に呆れられてサヨナラされてしまいそうで怖かったりもして。

 朝、色々心配しすぎて日織から叱られたのを、修太郎は苦々しく思い出している真っ最中だ。

 ならばいっそ。

(せっかくですし、日織さんのためにあれこれ酒を見繕って来ようかな)

 その方が日織に喜ばれて株を上げられる気がする。

 市内に点在しているたくさんの酒蔵が、こんな風に一堂に会する機会なんて滅多にないのだし。

 修太郎と日織が住んでいるこの街も、市町村合併したお陰で物凄く広くなった。

 奥の方にある町村なんかは、市の中心部から車で一時間以上掛かったりするのだ。

(奥の方の酒造メーカーも来てるだろうか)

 いわゆる市町村合併で我が自治体に組み込まれた新・市内の酒蔵が狙い目だと思った修太郎しゅうたろうだ。

 旧・市内にある酒蔵の酒ならば、羽住はすみ酒造のように、蔵元にも比較的足が運びやすいが、前者はそうはいかない。

 加えて小さな蔵本だったりすると、卸先おろしさき自体限られていたりして、行きつけの店や、ましてやスーパーなどでは見かけない酒なんかも結構あるのだ。

 そういうのを見つけて買っておいたら、きっと日織ひおりは喜んでくれるだろう。

(あ、でも、待てよ?)

 もしかすると近隣の酒蔵も、普段は酒店にあまり卸さないような限定品の酒をイベントだから、と特別に売っている可能性だってないとは言えないではないか。

 修太郎は少し考えて、出店しているブースを片っ端から覗いてみることにした。

 塚田つかだ修太郎という男、言うまでもなく大好きな妻・日織のためならば、どんな労力もいとわないのである。
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