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13.好きなものを好きだと思うのは悪いことなの?

僕萌え眼鏡フェチ

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 実のところ飄々ひょうひょうとして捉え所のない一斗いっとが、今まで生きてきた中でお付き合いしても良いと思えた女の子は、日織ひおりぐらいしかいなかったのだ。

(誰にも話したことないけどね)

 十升みつたかが日織をバイトに誘ったと聞いて、「でかした、弟よ!」と思ったのも束の間、彼女が結婚していると聞かされた時のショックと言ったら。

(実際に日織ちゃんの口から告白されるまで信じたくなかったぐらいだよ)

 なんて思っているなんておくびにも出さなかった一斗いっとだ。


「そうですねっ。修太郎しゅうたろうさんに出会う前だったらあるいは」

 クスクス笑いながらそう言って、日織ひおりが「あっ、でも……」と続けた。

「ん?」

一斗いっとさん、眼鏡を掛けられたのはいつですか?」

 聞けば「ここ一年ぐらいかな」と返る。

「じゃあ、私、やっぱり修太郎さんに出会うまで恋はしないままだったと思いますっ!」

 ふふふっと笑って「いただきま~す」と吟醸酒の波澄はすみに嬉しそうに喉を鳴らす日織ひおりを見て、一斗いっとはキョトンとさせられる。

「どういう……意味?」

「えっと……。実は一斗いっとさんにお会いして気がついたんですけど……。私、どうやら〝僕〟って口調と、眼鏡をかけた男性が好きみたいなのですっ」

 言われて、日織ちゃん、僕萌え眼鏡フェチだったのか!と思ってしまった一斗いっとだ。

 こんなことなら「眼鏡猿と言われるのは嫌だ!」とかくだらないことを考えて見えないのを我慢したりせず、早くから眼鏡デビューを果たしておけば良かったと思ってしまった。
 けれど、やっぱり何もかも後の祭りだというのも分かっていたから、一斗いっとは始まる前に終わりを告げた自分の恋心を嘆いて、ひとり小さく吐息を落とした。
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