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11.羽住酒造と藤原家の稼業
修太郎さんはうちの父が何の会社を経営しているのかご存知でいらっしゃいますか?
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***
善蔵は酒蔵を経営する側で、酒造にはあまり携わっていないらしい。
蔵のほうには、善蔵とは別に能見と言う名の年輩の杜氏(酒蔵の最高責任者)がいて、彼が羽住酒造で働く職人(蔵人)らを統率しているらしい。
一斗はゆくゆくは父親の跡を継ぐ形で経営者の側に。
十升は今現在能見の下について酒造に関わっていて、ゆくゆくは杜氏になることを目標に日夜職人修行に明け暮れている身なんだとか。
「お二人ともちゃんと目標を持ってお仕事に――というより家業に取り組まれていて、本当にすごいなって思ったのですっ!」
日織も、父親が会社を経営していると言う点では羽住兄弟と変わらない立場だったにも関わらず、よく考えてみたら自分の父親の仕事が何なのかすらよく分かっていないことに気付かされた。
「私、お父様が何のお仕事をなさっているのかすら分かっていない自分に気付かされて……その、恥ずかしくなったのです……」
「えっ? ちょっと待って、日織さん。……キミは……お義父さんが何のお仕事をなさっておられるのかご存知ない……?」
日織が嬉しそうに羽住酒造の話をするのが何となく面白くなくて、敢えて口を挟まず静かに彼女の話に耳を傾けていた修太郎だったけど、たったいま日織の口から飛び出した言葉にはさすがに驚かされてしまった。
ハンドルを握って前方を見つめたまま思わず心のままを口走ったら、視界の端で助手席の日織がしゅん……と縮こまったのが見えた。
「あ、いや……、すみません。僕は、そのっ、別に日織さんを責めているわけではなくて……ただ、その……お、驚かされただけと言うか……」
慌てて取り繕ってみたけれど、一度発した言葉は取り消せない。
自分のことを情けなく思っていると話している相手に対して、今のセリフは完全に失言だったと反省しきりの修太郎だ。
「……修太郎さんのおっしゃる通りなのです。私、本当にお馬鹿さんだったなって……。羽住くんたちを見ていて思ったのです」
(ああ、本当! 運転中でなければ、今すぐにでも抱きしめて差し上げるのに!)
そう思って、自然ハンドルを握る手に力がこもってしまった修太郎をよそに、日織が太ももの上で指先をモジモジと遊ばせながら続ける。
「あの……、修太郎さんは……うちの父が何の会社を経営しているのかご存知でいらっしゃいますか?」
その口ぶりから察するに、日織は本当に何も知らないらしい。
修太郎も詳しいわけではないが、藤原日之進が何を商って、修太郎の愛する日織を育て上げたのかくらいは承知しているつもりだ。
日之進たちだって、別に努めて家業のことを日織に隠しているわけではないだろう。
だが彼女の両親が、一粒種の日織を蝶よ花よと箱入り娘同然に可愛がってきたことはよく知っている修太郎だ。
きっと、日織に家業を継がせないといけないとかそういう思いが彼らになかったから、言う機会に恵まれずにきただけだと思う。
もっと言えば、修太郎の腹違いの弟・健二がまだ日織の許嫁だった頃、修太郎と日織をくっ付けるべく暗躍することがなければ、日織自身だってきっと、今でも未だに自分でお金を稼ぐということが何たるかも分からない女の子のままだったはずで。
そんな日織が、親の仕事に興味を持たずにここまで過ごしてきたとしても、何ら不思議ではなかったな、と今更のように気付かされた修太郎だ。
善蔵は酒蔵を経営する側で、酒造にはあまり携わっていないらしい。
蔵のほうには、善蔵とは別に能見と言う名の年輩の杜氏(酒蔵の最高責任者)がいて、彼が羽住酒造で働く職人(蔵人)らを統率しているらしい。
一斗はゆくゆくは父親の跡を継ぐ形で経営者の側に。
十升は今現在能見の下について酒造に関わっていて、ゆくゆくは杜氏になることを目標に日夜職人修行に明け暮れている身なんだとか。
「お二人ともちゃんと目標を持ってお仕事に――というより家業に取り組まれていて、本当にすごいなって思ったのですっ!」
日織も、父親が会社を経営していると言う点では羽住兄弟と変わらない立場だったにも関わらず、よく考えてみたら自分の父親の仕事が何なのかすらよく分かっていないことに気付かされた。
「私、お父様が何のお仕事をなさっているのかすら分かっていない自分に気付かされて……その、恥ずかしくなったのです……」
「えっ? ちょっと待って、日織さん。……キミは……お義父さんが何のお仕事をなさっておられるのかご存知ない……?」
日織が嬉しそうに羽住酒造の話をするのが何となく面白くなくて、敢えて口を挟まず静かに彼女の話に耳を傾けていた修太郎だったけど、たったいま日織の口から飛び出した言葉にはさすがに驚かされてしまった。
ハンドルを握って前方を見つめたまま思わず心のままを口走ったら、視界の端で助手席の日織がしゅん……と縮こまったのが見えた。
「あ、いや……、すみません。僕は、そのっ、別に日織さんを責めているわけではなくて……ただ、その……お、驚かされただけと言うか……」
慌てて取り繕ってみたけれど、一度発した言葉は取り消せない。
自分のことを情けなく思っていると話している相手に対して、今のセリフは完全に失言だったと反省しきりの修太郎だ。
「……修太郎さんのおっしゃる通りなのです。私、本当にお馬鹿さんだったなって……。羽住くんたちを見ていて思ったのです」
(ああ、本当! 運転中でなければ、今すぐにでも抱きしめて差し上げるのに!)
そう思って、自然ハンドルを握る手に力がこもってしまった修太郎をよそに、日織が太ももの上で指先をモジモジと遊ばせながら続ける。
「あの……、修太郎さんは……うちの父が何の会社を経営しているのかご存知でいらっしゃいますか?」
その口ぶりから察するに、日織は本当に何も知らないらしい。
修太郎も詳しいわけではないが、藤原日之進が何を商って、修太郎の愛する日織を育て上げたのかくらいは承知しているつもりだ。
日之進たちだって、別に努めて家業のことを日織に隠しているわけではないだろう。
だが彼女の両親が、一粒種の日織を蝶よ花よと箱入り娘同然に可愛がってきたことはよく知っている修太郎だ。
きっと、日織に家業を継がせないといけないとかそういう思いが彼らになかったから、言う機会に恵まれずにきただけだと思う。
もっと言えば、修太郎の腹違いの弟・健二がまだ日織の許嫁だった頃、修太郎と日織をくっ付けるべく暗躍することがなければ、日織自身だってきっと、今でも未だに自分でお金を稼ぐということが何たるかも分からない女の子のままだったはずで。
そんな日織が、親の仕事に興味を持たずにここまで過ごしてきたとしても、何ら不思議ではなかったな、と今更のように気付かされた修太郎だ。
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