上 下
55 / 105
11.羽住酒造と藤原家の稼業

羽住酒造のこと

しおりを挟む
「それで……今日は羽住はすみ酒造のこと、色々教わってきたのですっ!」

 仕事を終えて、修太郎しゅうたろう羽住はすみ酒造近くの公園で待ち合わせをして。

 修太郎の愛車・アルファードの助手席に乗り込んでシートベルトをするなり、日織ひおりが勢い込んでそうまくし立ててきた。


***


 売り子をするにしても、ある程度は羽住はすみ酒造の実情を知っておいて欲しいというのが、雇用者側の考えだったらしい。


 日織ひおりが、一斗いっとに手を引かれて社屋内――販売ブースも兼ねているらしい酒蔵とは別棟の建物――に入ると、程よく空調の効いた室内に、一斗いっと十升みつたかの父・善蔵ぜんぞうが待っていた。

 一瞬、善蔵も彼の長子である一斗いっと同様和装のように見えた日織だったけれど、よく見ると善蔵の方は洋装に『羽住はすみ酒造』と襟字えりじの入った法被はっぴを羽織っているだけで。
 濃紺のその法被、よく見ると白く抜かれた腰柄は、「酒造」という文字が角字(正方形の文字)で連ねられている洒落たデザインだった。

 売り子をする際には自分もその法被を羽織ることになるのだと言われて、とても嬉しかった日織だ。

 汚れ仕事をする際には、これに看板商品『純米吟醸 波澄はすみ』の文字が墨痕淋漓ぼっこんりんりとした筆致ひっちで書かれた硫化染めの帆布はんぷ素材の前掛けをつけたりするらしい。

 ちなみにその文字、地元では割と名の知れた書家の方に依頼して書いて頂いたものらしく、波澄はすみのラベルにも使用されている。


「私もその前掛けをすること、あるでしょうか?」

 ワクワクして問いかけた日織ひおりに、善蔵ぜんぞうは一瞬キョトンとしてから、「う~ん。日織ひおりちゃんに汚れるようなことを頼むことは多分ないし……。仕事でこれを身に付ける機会はないと思うけど、良かったら一枚あげようか?」と言われて。

「いっ、いただくのは申し訳ないのですっ。あっ。た、足りるかどうかは分からないのですけれど、お給料引きにして頂きたいのですっ」

 そう勢い込んで言ったら、ブハッと豪快に笑われて、「おじさんから日織ひおりちゃんへのプレゼントだから気にしないで」と目尻を下げられてしまった。

「あ、あのっ、でも、でもっ」

 それでも尚、オロオロする日織ひおりに、十升みつたかが「年寄りの厚意は黙って受け取っといてやれ。断ったら悲しむぞ」と口を挟んで、善蔵ぜんぞうから「誰が年寄りだ!」と叱られていた。

 一斗いっとはそんな三人の様子を穏やかな笑みを浮かべて遠巻きにしていて。

 実は一斗いっとには一事が万事、こんな風に一歩引いたところから物事を観察するようなきらいが昔からあったのだが、日織ひおりに対しては割と積極的に口出しすることが多かったため、誰も気付いていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【R18】オトメは温和に愛されたい

鷹槻れん
恋愛
鳥飼 音芽(とりかいおとめ)は隣に住む幼なじみの霧島 温和(きりしまはるまさ)が大好き。 でも温和は小さい頃からとても意地悪でつれなくて。 どんなに冷たくあしらっても懲りない音芽に温和は…? 表紙絵は雪様に依頼しました。(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) 雪様;  (エブリスタ)https://estar.jp/users/117421755  (ポイピク)https://poipiku.com/202968/ ※エブリスタでもお読みいただけます。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【完結】【R18短編】その腕の中でいっそ窒息したい

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
私立大学の三年生である辻 朱夏《つじ あやか》は大層な美女である。 しかし、彼女はどんな美形に言い寄られてもなびかない。そんなこともあり、男子学生たちは朱夏のことを『難攻不落』と呼んだ。 だけど、朱夏は実は――ただの初恋拗らせ女子だったのだ。 体育会系ストーカー予備軍男子×筋肉フェチの絶世の美女。両片想いなのにモダモダする二人が成り行きで結ばれるお話。 ◇hotランキング入りありがとうございます……! ―― ◇初の現代作品です。お手柔らかにお願いします。 ◇5~10話で完結する短いお話。 ◇掲載先→ムーンライトノベルズ、アルファポリス、エブリスタ

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

【R18】優しい嘘と甘い枷~もう一度あなたと~

イチニ
恋愛
高校三年生の冬。『お嬢様』だった波奈の日常は、両親の死により一変する。 幼なじみで婚約者の彩人と別れなければならなくなった波奈は、どうしても別れる前に、一度だけ想い出が欲しくて、嘘を吐き、彼を騙して一夜をともにする。 六年後、波奈は彩人と再会するのだが……。 ※別サイトに投稿していたものに性描写を入れ、ストーリーを少し改変したものになります。性描写のある話には◆マークをつけてます。

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

一夜限りのお相手は

栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月

処理中です...