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11.羽住酒造と藤原家の稼業
羽住酒造のこと
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「それで……今日は羽住酒造のこと、色々教わってきたのですっ!」
仕事を終えて、修太郎と羽住酒造近くの公園で待ち合わせをして。
修太郎の愛車・アルファードの助手席に乗り込んでシートベルトをするなり、日織が勢い込んでそうまくし立ててきた。
***
売り子をするにしても、ある程度は羽住酒造の実情を知っておいて欲しいというのが、雇用者側の考えだったらしい。
日織が、一斗に手を引かれて社屋内――販売ブースも兼ねているらしい酒蔵とは別棟の建物――に入ると、程よく空調の効いた室内に、一斗と十升の父・善蔵が待っていた。
一瞬、善蔵も彼の長子である一斗同様和装のように見えた日織だったけれど、よく見ると善蔵の方は洋装に『羽住酒造』と襟字の入った法被を羽織っているだけで。
濃紺のその法被、よく見ると白く抜かれた腰柄は、「酒造」という文字が角字(正方形の文字)で連ねられている洒落たデザインだった。
売り子をする際には自分もその法被を羽織ることになるのだと言われて、とても嬉しかった日織だ。
汚れ仕事をする際には、これに看板商品『純米吟醸 波澄』の文字が墨痕淋漓とした筆致で書かれた硫化染めの帆布素材の前掛けをつけたりするらしい。
ちなみにその文字、地元では割と名の知れた書家の方に依頼して書いて頂いたものらしく、波澄のラベルにも使用されている。
「私もその前掛けをすること、あるでしょうか?」
ワクワクして問いかけた日織に、善蔵は一瞬キョトンとしてから、「う~ん。日織ちゃんに汚れるようなことを頼むことは多分ないし……。仕事でこれを身に付ける機会はないと思うけど、良かったら一枚あげようか?」と言われて。
「いっ、いただくのは申し訳ないのですっ。あっ。た、足りるかどうかは分からないのですけれど、お給料引きにして頂きたいのですっ」
そう勢い込んで言ったら、ブハッと豪快に笑われて、「おじさんから日織ちゃんへのプレゼントだから気にしないで」と目尻を下げられてしまった。
「あ、あのっ、でも、でもっ」
それでも尚、オロオロする日織に、十升が「年寄りの厚意は黙って受け取っといてやれ。断ったら悲しむぞ」と口を挟んで、善蔵から「誰が年寄りだ!」と叱られていた。
一斗はそんな三人の様子を穏やかな笑みを浮かべて遠巻きにしていて。
実は一斗には一事が万事、こんな風に一歩引いたところから物事を観察するようなきらいが昔からあったのだが、日織に対しては割と積極的に口出しすることが多かったため、誰も気付いていなかった。
仕事を終えて、修太郎と羽住酒造近くの公園で待ち合わせをして。
修太郎の愛車・アルファードの助手席に乗り込んでシートベルトをするなり、日織が勢い込んでそうまくし立ててきた。
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売り子をするにしても、ある程度は羽住酒造の実情を知っておいて欲しいというのが、雇用者側の考えだったらしい。
日織が、一斗に手を引かれて社屋内――販売ブースも兼ねているらしい酒蔵とは別棟の建物――に入ると、程よく空調の効いた室内に、一斗と十升の父・善蔵が待っていた。
一瞬、善蔵も彼の長子である一斗同様和装のように見えた日織だったけれど、よく見ると善蔵の方は洋装に『羽住酒造』と襟字の入った法被を羽織っているだけで。
濃紺のその法被、よく見ると白く抜かれた腰柄は、「酒造」という文字が角字(正方形の文字)で連ねられている洒落たデザインだった。
売り子をする際には自分もその法被を羽織ることになるのだと言われて、とても嬉しかった日織だ。
汚れ仕事をする際には、これに看板商品『純米吟醸 波澄』の文字が墨痕淋漓とした筆致で書かれた硫化染めの帆布素材の前掛けをつけたりするらしい。
ちなみにその文字、地元では割と名の知れた書家の方に依頼して書いて頂いたものらしく、波澄のラベルにも使用されている。
「私もその前掛けをすること、あるでしょうか?」
ワクワクして問いかけた日織に、善蔵は一瞬キョトンとしてから、「う~ん。日織ちゃんに汚れるようなことを頼むことは多分ないし……。仕事でこれを身に付ける機会はないと思うけど、良かったら一枚あげようか?」と言われて。
「いっ、いただくのは申し訳ないのですっ。あっ。た、足りるかどうかは分からないのですけれど、お給料引きにして頂きたいのですっ」
そう勢い込んで言ったら、ブハッと豪快に笑われて、「おじさんから日織ちゃんへのプレゼントだから気にしないで」と目尻を下げられてしまった。
「あ、あのっ、でも、でもっ」
それでも尚、オロオロする日織に、十升が「年寄りの厚意は黙って受け取っといてやれ。断ったら悲しむぞ」と口を挟んで、善蔵から「誰が年寄りだ!」と叱られていた。
一斗はそんな三人の様子を穏やかな笑みを浮かべて遠巻きにしていて。
実は一斗には一事が万事、こんな風に一歩引いたところから物事を観察するようなきらいが昔からあったのだが、日織に対しては割と積極的に口出しすることが多かったため、誰も気付いていなかった。
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