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10.羽住一斗という男
旦那の前でも今みたいに言えんのかよ?
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多分、世の中女性たちの九割以上が目を奪われるハンサムさんだったのだが、日織はそんな一斗を見て別のことを考えていた。
(修太郎さんが同じ格好をなさったら絶対絶対めちゃくちゃ素敵なのですっ)
やはり結婚式では修太郎の和装が見たいと改めて実感させられた日織だ。
「久しぶりだね、日織ちゃん。すっかり大人の女性になっちゃって」
十升の実兄なので、よく見ると顔の作りはとても似ていると思う。
特に眼鏡の奥に隠れていて見えづらいけれど、切れ長な目元なんて二人ともそっくりだ。
だけど、身にまとう雰囲気が落ち着いていて穏やかだからか、全然印象が違って見えるのが、日織には不思議で堪らなかった。
幼い頃から十升は苦手だけど、一斗さんは嫌いじゃなかったなぁと思い出した日織だ。
「有難うございますっ。一斗さんも相変わらず素敵なのですっ」
サラリと告げられた褒め言葉に、日織も気負わずそう返すことが出来たのは一斗の雰囲気が何となく修太郎に似たところがあるからだろうか。
日織が変なことを言っても穏やかに笑って包み込んでくれるような、そんなオーラを纏った優しいお兄ちゃん。
それが、同級生十升の兄、羽住一斗という男に対する日織のイメージだった。
「ひお、……塚田っ。お前、俺の時と態度違い過ぎだろ! 俺のとことも下の名前で呼べよな!?」
拗ねたように十升が言ってきたけれど、役得というものがあるんだから仕方がない。
一斗さんは優しい一斗さんで、十升はやっぱり幼い頃からいじめっ子の羽住くんなのだ。
「そ、それにっ! 何で兄貴が呼んだ時には文句言わねぇんだよ!」
続いてムスッとした口調で続けられた言葉に、日織はキョトンとする。
「――何がですか?」
十升の抗議の意味が分からなくて小首を傾げれば、
「はぁ!? お前っ、気付いてねぇのかよ! さっきから兄貴、お前のこと〝日織ちゃん〟って呼んでんだろーがっ」
と食い下がられた。
「え?」
そうでしたっけ?と思ってしまった日織だ。
十升の視線を横に受け流すようにして一斗を見つめたら「だって僕にとって日織ちゃんは小さい頃から日織ちゃんなんだもの。他に呼び方なんてないでしょ?」と微笑まれた。
そう言えばそうだ。
一斗は日織を見つけるなり「日織ちゃん」と呼び掛けてきていた。
でも、一斗には幼い頃から「日織ちゃん」と呼ばれていたからか、日織にはそれが違和感なく耳馴染んで聞こえていて。
そこに注目するように仕向けられた今でさえ、別に嫌じゃない。
「不思議なのですっ。一斗さんから呼ばれるのは嫌じゃないのです」
それで思ったままを口にしたら十升が明らかにムスッとした顔をした。
「何だよそれ。お前、旦那の前でも今みたいに言えんのかよ?」
自分は日織のことを――呼び捨てではあったけれど――下の名で呼んで手痛いしっぺ返しを喰らったのに。
兄貴だけお咎めなしとかおかしいだろ?という不満が、十升からヒシヒシと感じられる。
「そ、それは――」
正直分からない、と思ってしまった日織だ。
「ん~? 日織ちゃんのご主人はそんなに嫉妬深いの?」
何も知らない一斗がほわんとした口調でそう問えば、十升がそんな兄をキッと睨みつける。
「怖え~っちゅーもんじゃねぇんだよ! 兄貴もこいつのことは〝塚田さん〟って呼べるように練習しといた方がいいぞ」
これは脅しではない。
十升の本心から出た言葉だったのだが、一斗は眼鏡の奥の温和そうな目を一瞬だけスッと鋭く眇めただけで、クスッと笑って弟からの忠告を聞き流してしまう。
「僕は嫌だな。結婚してようとしてなかろうと、僕にとって彼女は〝日織ちゃん〟だ。誰かに言われて呼び名を変えるとか有り得ないよ。――ね? 日織ちゃん。キミもそう思うでしょう?」
一斗にそう言われると、そうかも知れないと思わされる不思議な力があった。
日織は無意識、一斗の笑顔にほだされるみたいにコクッと頷いてしまっていた。
「さあ、こんな寒いところでいつまでも立ち話も何だし……中、入ろっか。きっと親父が一人でヤキモキしてるよ?」
一斗は、未だに何か言い募ろうとする十升の前に片手をスッと翳すと、「この話はもう終いだよ?」と言わんばかりに制してしまう。
そうして自分のすぐ横に立つ日織の手をごくごく自然な様子で握った。
「可愛い日織ちゃんに風邪でもひかせちゃ、それこそ一大事だ。――行こう?」
日織も、修太郎以外の異性に手を引かれたというのに、何故か「ダメ」だという気持ちが湧いてこなくて、そのまま「はい」と応えて素直に従ってしまう。
その場に取り残された十升だけ一人、そんな二人の様子を見て、「絶対ヤベーだろ、これ」と思っていた。
(修太郎さんが同じ格好をなさったら絶対絶対めちゃくちゃ素敵なのですっ)
やはり結婚式では修太郎の和装が見たいと改めて実感させられた日織だ。
「久しぶりだね、日織ちゃん。すっかり大人の女性になっちゃって」
十升の実兄なので、よく見ると顔の作りはとても似ていると思う。
特に眼鏡の奥に隠れていて見えづらいけれど、切れ長な目元なんて二人ともそっくりだ。
だけど、身にまとう雰囲気が落ち着いていて穏やかだからか、全然印象が違って見えるのが、日織には不思議で堪らなかった。
幼い頃から十升は苦手だけど、一斗さんは嫌いじゃなかったなぁと思い出した日織だ。
「有難うございますっ。一斗さんも相変わらず素敵なのですっ」
サラリと告げられた褒め言葉に、日織も気負わずそう返すことが出来たのは一斗の雰囲気が何となく修太郎に似たところがあるからだろうか。
日織が変なことを言っても穏やかに笑って包み込んでくれるような、そんなオーラを纏った優しいお兄ちゃん。
それが、同級生十升の兄、羽住一斗という男に対する日織のイメージだった。
「ひお、……塚田っ。お前、俺の時と態度違い過ぎだろ! 俺のとことも下の名前で呼べよな!?」
拗ねたように十升が言ってきたけれど、役得というものがあるんだから仕方がない。
一斗さんは優しい一斗さんで、十升はやっぱり幼い頃からいじめっ子の羽住くんなのだ。
「そ、それにっ! 何で兄貴が呼んだ時には文句言わねぇんだよ!」
続いてムスッとした口調で続けられた言葉に、日織はキョトンとする。
「――何がですか?」
十升の抗議の意味が分からなくて小首を傾げれば、
「はぁ!? お前っ、気付いてねぇのかよ! さっきから兄貴、お前のこと〝日織ちゃん〟って呼んでんだろーがっ」
と食い下がられた。
「え?」
そうでしたっけ?と思ってしまった日織だ。
十升の視線を横に受け流すようにして一斗を見つめたら「だって僕にとって日織ちゃんは小さい頃から日織ちゃんなんだもの。他に呼び方なんてないでしょ?」と微笑まれた。
そう言えばそうだ。
一斗は日織を見つけるなり「日織ちゃん」と呼び掛けてきていた。
でも、一斗には幼い頃から「日織ちゃん」と呼ばれていたからか、日織にはそれが違和感なく耳馴染んで聞こえていて。
そこに注目するように仕向けられた今でさえ、別に嫌じゃない。
「不思議なのですっ。一斗さんから呼ばれるのは嫌じゃないのです」
それで思ったままを口にしたら十升が明らかにムスッとした顔をした。
「何だよそれ。お前、旦那の前でも今みたいに言えんのかよ?」
自分は日織のことを――呼び捨てではあったけれど――下の名で呼んで手痛いしっぺ返しを喰らったのに。
兄貴だけお咎めなしとかおかしいだろ?という不満が、十升からヒシヒシと感じられる。
「そ、それは――」
正直分からない、と思ってしまった日織だ。
「ん~? 日織ちゃんのご主人はそんなに嫉妬深いの?」
何も知らない一斗がほわんとした口調でそう問えば、十升がそんな兄をキッと睨みつける。
「怖え~っちゅーもんじゃねぇんだよ! 兄貴もこいつのことは〝塚田さん〟って呼べるように練習しといた方がいいぞ」
これは脅しではない。
十升の本心から出た言葉だったのだが、一斗は眼鏡の奥の温和そうな目を一瞬だけスッと鋭く眇めただけで、クスッと笑って弟からの忠告を聞き流してしまう。
「僕は嫌だな。結婚してようとしてなかろうと、僕にとって彼女は〝日織ちゃん〟だ。誰かに言われて呼び名を変えるとか有り得ないよ。――ね? 日織ちゃん。キミもそう思うでしょう?」
一斗にそう言われると、そうかも知れないと思わされる不思議な力があった。
日織は無意識、一斗の笑顔にほだされるみたいにコクッと頷いてしまっていた。
「さあ、こんな寒いところでいつまでも立ち話も何だし……中、入ろっか。きっと親父が一人でヤキモキしてるよ?」
一斗は、未だに何か言い募ろうとする十升の前に片手をスッと翳すと、「この話はもう終いだよ?」と言わんばかりに制してしまう。
そうして自分のすぐ横に立つ日織の手をごくごく自然な様子で握った。
「可愛い日織ちゃんに風邪でもひかせちゃ、それこそ一大事だ。――行こう?」
日織も、修太郎以外の異性に手を引かれたというのに、何故か「ダメ」だという気持ちが湧いてこなくて、そのまま「はい」と応えて素直に従ってしまう。
その場に取り残された十升だけ一人、そんな二人の様子を見て、「絶対ヤベーだろ、これ」と思っていた。
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