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10.羽住一斗という男

謎の人妻宣言

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 きっと修太郎しゅうたろうなら優しく日織ひおりを見守りながら流せる、「妄想脱線娘」ぶりなのだが、十升みつたかには斬新すぎて付いて行ききれない。

 何と相槌あいづちを打てばいいのか分からないままに日織の話を聞いていたら、

「それと……青空をバックにした皇帝ダリアがすっごくすっごく綺麗だったのですっ。私が小人だったらきっと、あのお花をスカートにするのになぁとか考えてしまって、あちこちでついつい立ち止まってしまってました」

 最初はギリギリに着いてしまったことをしゅんとして謝っていたはずなのに、道すがら感動したものを思い出していたら、つい前のめりになってしまった日織だ。

 その迫力に圧倒された十升みつたかが、

「ひお……塚田つかださん?ってさ、元々そんな感じだったっけ?」

 と聞いてしまったのも無理はないだろう。

 何しろ、十升みつたかのイメージの中の日織は、もう少しおとなしい女の子だったのだから。

 もしいま目の前にいるのが藤原ふじわら――もとい塚田つかだ日織の本来の姿だとしたら、十升みつたかは日織のことを何にも分かっていなかったんだと改めて実感してしまう。

「元々? それがどの時期を指していらっしゃるのかよく分からないですけど……私、小さい頃からずっとずっと私のままですよ?」

 十升みつたかの疑問に、キョトンとした顔でそこまで言って、

「あのっ、それはそうと……羽住はすみくん! 私の呼び名、〝日織ひおり〟って呼ぶのは、やめることにしてくださったのですねっ」

 とニッコリ微笑んだ。


 十升みつたかが自分のことを気安く下の名で呼ぶことを、修太郎しゅうたろうがよく思っていないのは分かっていた日織だ。日織自身も、何となく修太郎以外の異性からそう呼ばれることに抵抗を感じていたから、「塚田つかださん」と呼んでもらえるならそれに越したことはない。

「私が結婚してるっていうの、羽住はすみくんにもやっと認めて頂けたみたいで、すっごくすっごく嬉しいのですっ」

 そこまで言って、シュピッと背筋を伸ばして胸を張ると、

「私、人妻なのですっ!」

 と謎の宣言をする日織だった。


***


「わー、日織ひおりちゃん。十升みつたかから聞いてはいたけど……人妻になっちゃったって本当ほんとぉなんだねー?」

 建物前でガッツポーズをして人妻宣言をしていた日織に、背後からとした声がかかる。

「わわわっ。一斗いっとさんっ」

 寒い冬の日なのに、その人の周りだけまるで小春日和こはるびより。そこにいたのは、春風駘蕩しゅんぷうたいとうという言葉がピッタリ当てはまりそうな雰囲気の人物だった。

 十升みつたか日織ひおりより三つ年上。

 緩めのスパイラルパーマが掛かった動きのあるミディアムロングの黒髪を、センター分けにして黒縁のオーバル型の眼鏡を掛けた一斗いっとは、身長も十升みつたかより高くて、おそらく修太郎と同じくらいだろう。


 日織ひおりが知る一斗いっとは学ラン姿のまま止まっていたけれど、今の彼は濃紺の和装姿で、どこの大店おおだなの若旦那ですか?という雰囲気だった。

 冬だからだろう。

 あわせの上に同色の羽織を羽織っていて姿勢がよく、とてもセクシーに見えた。
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