51 / 105
10.羽住一斗という男
お前、道端で芋焼いて食ったのか?
しおりを挟む
いま、修太郎が日織の横を歩いていたならば、彼女がキョロキョロして小さな発見をしては歓声を上げるたび、穏やかな笑みを浮かべて相槌を打ってくれていたことだろう。
ふと自分の横に修太郎がいないことを寂しく思ってしまった日織だ。
(修太郎さん。ご一緒出来ないのは凄く寂しいですっ。でも……私、修太郎さんと一緒に暮らせるようになる前に……もっともっと人並みに色々なことがこなせる一人前の女性に成長しておきたいのですっ)
――バイトをして、自分で稼いだお金でお買い物をしてみたい。
それが、今まで父親と母親と、修太郎に守られてきた日織が「いの一番」に考えたこと。
いつもしてもらってばかりの自分が、誰かに何かをして差し上げることができたなら、どんなに幸せだろう。
(だから私、頑張るのですっ)
皇帝ダリア越しの、青く澄んだ空を見上げて、日織は心の中で小さく「エイエイオー!」と自分を鼓舞した。
***
結局、日織が羽住酒造にたどり着いたのは、約束の時間の五分前で、結構ギリギリになってしまった。
別に遅れたわけではないけれど、初出勤?でこれはどうだろうと日織自身反省しきり。
蔵前の通路で右にうろうろ左にうろうろしながら同級生の羽住十升が待っていてくれたのも、申し訳なさに拍車をかけた。
「ギリギリになってしまってすみません! 家は早く出たのですっ。でもっ、あちこち見ながら楽しくお散歩していたら色々妄想が膨らんでしまってっ」
通勤、をお散歩と言い切ったことにも気付けないままにガバリと頭を下げた日織に、
「あ~、いやっ。別に遅刻したわけじゃねぇし……それはいいんだけどさ」
てっきり、日織はあのおっかない男に、時間にゆとりを持った形で送られてくるものだとばかり思っていた十升は、あっちにフラフラこっちにフラフラしながら日織が一人、歩いてくるのを見た時には結構驚いたのだ。
今日は土曜日。
十升は、あの男は役所勤めだと日織から聞いたことがある。だとすれば今日は休みだろうに、溺愛してやまない妻を送りもしないとか「旦那、病気か何かか?」と続けようとして。
でも下手に話題に出したら、何となくそこいら辺りから出てきそうな気がして、急遽路線変更をした。
修太郎がいたら、「僕は幽霊か何かですか」と確実に睨まれそうなことを思ってしまったと気付けないところが、十升らしい。
「お前ん家からうちまでの間に、そんなアレコレ妄想するようなもんあったっけ?」
結果無難なことを聞いた十升に、日織が目をキラキラ輝かせた。
「道すがら、たくさんのお花を見たのですっ。私、サザンカの花を見て、頭の中で思わず落ち葉焚きをしてしまいましたっ!」
そこでふんわり嬉しげに微笑んだ日織に、「焼き芋もホクホクに焼けて美味しそうでした!」と続けられた十升は、「は? お前、道端で芋焼いて食ったのか?」と思わず聞いてしまって、「そっ、そんなわけないのです! 妄想なのですっ」と即答されてしまった。
ふと自分の横に修太郎がいないことを寂しく思ってしまった日織だ。
(修太郎さん。ご一緒出来ないのは凄く寂しいですっ。でも……私、修太郎さんと一緒に暮らせるようになる前に……もっともっと人並みに色々なことがこなせる一人前の女性に成長しておきたいのですっ)
――バイトをして、自分で稼いだお金でお買い物をしてみたい。
それが、今まで父親と母親と、修太郎に守られてきた日織が「いの一番」に考えたこと。
いつもしてもらってばかりの自分が、誰かに何かをして差し上げることができたなら、どんなに幸せだろう。
(だから私、頑張るのですっ)
皇帝ダリア越しの、青く澄んだ空を見上げて、日織は心の中で小さく「エイエイオー!」と自分を鼓舞した。
***
結局、日織が羽住酒造にたどり着いたのは、約束の時間の五分前で、結構ギリギリになってしまった。
別に遅れたわけではないけれど、初出勤?でこれはどうだろうと日織自身反省しきり。
蔵前の通路で右にうろうろ左にうろうろしながら同級生の羽住十升が待っていてくれたのも、申し訳なさに拍車をかけた。
「ギリギリになってしまってすみません! 家は早く出たのですっ。でもっ、あちこち見ながら楽しくお散歩していたら色々妄想が膨らんでしまってっ」
通勤、をお散歩と言い切ったことにも気付けないままにガバリと頭を下げた日織に、
「あ~、いやっ。別に遅刻したわけじゃねぇし……それはいいんだけどさ」
てっきり、日織はあのおっかない男に、時間にゆとりを持った形で送られてくるものだとばかり思っていた十升は、あっちにフラフラこっちにフラフラしながら日織が一人、歩いてくるのを見た時には結構驚いたのだ。
今日は土曜日。
十升は、あの男は役所勤めだと日織から聞いたことがある。だとすれば今日は休みだろうに、溺愛してやまない妻を送りもしないとか「旦那、病気か何かか?」と続けようとして。
でも下手に話題に出したら、何となくそこいら辺りから出てきそうな気がして、急遽路線変更をした。
修太郎がいたら、「僕は幽霊か何かですか」と確実に睨まれそうなことを思ってしまったと気付けないところが、十升らしい。
「お前ん家からうちまでの間に、そんなアレコレ妄想するようなもんあったっけ?」
結果無難なことを聞いた十升に、日織が目をキラキラ輝かせた。
「道すがら、たくさんのお花を見たのですっ。私、サザンカの花を見て、頭の中で思わず落ち葉焚きをしてしまいましたっ!」
そこでふんわり嬉しげに微笑んだ日織に、「焼き芋もホクホクに焼けて美味しそうでした!」と続けられた十升は、「は? お前、道端で芋焼いて食ったのか?」と思わず聞いてしまって、「そっ、そんなわけないのです! 妄想なのですっ」と即答されてしまった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜
Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。
渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!?
合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡――
だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。
「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき……
《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる