【完結】【R18】キス先② 大安吉日。私、あなたのもとへ参りますっ!

鷹槻れん(鷹槻うなの)

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10.羽住一斗という男

お前、道端で芋焼いて食ったのか?

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 いま、修太郎しゅうたろう日織ひおりの横を歩いていたならば、彼女がキョロキョロして小さな発見をしては歓声を上げるたび、穏やかな笑みを浮かべて相槌あいずちを打ってくれていたことだろう。

 ふと自分の横に修太郎がいないことを寂しく思ってしまった日織だ。

(修太郎さん。ご一緒出来ないのは凄く寂しいですっ。でも……私、修太郎さんと一緒に暮らせるようになる前に……もっともっと人並みに色々なことがこなせる一人前の女性に成長しておきたいのですっ)

 ――バイトをして、自分で稼いだお金でお買い物をしてみたい。

 それが、今まで父親と母親と、修太郎に守られてきた日織が「いの一番」に考えたこと。

 いつもしてもらってばかりの自分が、誰かに何かをして差し上げることができたなら、どんなに幸せだろう。

(だから私、頑張るのですっ)

 皇帝ダリア越しの、青く澄んだ空を見上げて、日織は心の中で小さく「エイエイオー!」と自分を鼓舞こぶした。


***


 結局、日織ひおり羽住はすみ酒造にたどり着いたのは、約束の時間の五分前で、結構ギリギリになってしまった。

 別に遅れたわけではないけれど、初出勤?でこれはどうだろうと日織ひおり自身反省しきり。

 蔵前の通路で右にうろうろ左にうろうろしながら同級生の羽住はすみ十升みつたかが待っていてくれたのも、申し訳なさに拍車をかけた。

「ギリギリになってしまってすみません! 家は早く出たのですっ。でもっ、あちこち見ながら楽しくしていたら色々妄想が膨らんでしまってっ」

 通勤、をお散歩と言い切ったことにも気付けないままにガバリと頭を下げた日織に、

「あ~、いやっ。別に遅刻したわけじゃねぇし……それはいいんだけどさ」

 てっきり、日織はあのに、で送られてくるものだとばかり思っていた十升みつたかは、あっちにフラフラこっちにフラフラしながら日織が一人、歩いてくるのを見た時には結構驚いたのだ。

 今日は土曜日。

 十升みつたかは、あの男は役所勤めだと日織ひおりから聞いたことがある。だとすれば今日は休みだろうに、溺愛してやまない妻を送りもしないとか「旦那、病気か何かか?」と続けようとして。

 でも下手に話題に出したら、何となくそこいら辺りからな気がして、急遽きゅうきょ路線変更をした。
 修太郎しゅうたろうがいたら、「僕は幽霊か何かですか」と確実に睨まれそうなことを思ってしまったと気付けないところが、十升みつたからしい。

「お前んからうちまでの間に、そんなアレコレ妄想するようなもんあったっけ?」

 結果無難なことを聞いた十升みつたかに、日織が目をキラキラ輝かせた。

「道すがら、たくさんのお花を見たのですっ。私、サザンカの花を見て、頭の中で思わず落ち葉焚きをしてしまいましたっ!」

 そこでふんわり嬉しげに微笑んだ日織に、「焼き芋もホクホクに焼けて美味しそうでした!」と続けられた十升みつたかは、「は? お前、道端で芋焼いて食ったのか?」と思わず聞いてしまって、「そっ、そんなわけないのです! 妄想なのですっ」と即答されてしまった。
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