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4.君が羽住十升くんですか?

女の顔

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***

 小さな日織ひおりの身体をすっぽりと包み込んで覆い隠してしまうほどの長身の男を見上げて、羽住はすみは我知らず息を飲む。

 床がフカフカなウィルトン織りのカーペットだったせいか、すぐそばに彼が近付くまで気配を感じなかった。
 それで、急に横から日織に手が伸びてきたように錯覚して、やけにドキッとしたのはここだけの話だ。

 自分たちの他にもたくさんの往来があったから、それに紛れたというのはあるだろう。

 しかし、だ。

 忍びか剣客じゃあるまいに、男に日織が抱き寄せられる寸前、羽住はすみはほんの一瞬背中に物凄い殺気を感じた気がしたのだが、気のせいだよな?と自分に言い聞かせる。

 黒のテイラードジャケットに、同色のチノパン。中にグレイのVネックシャツを合わせたシックな装いの、黒縁眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気のその男は、自分たちより歳が大分上に見えた。

 だが、それが親父っぽいとか年寄りくさいとかそういう風に見えないばかりか、大人の男という色香をまとっていて、不覚にもかっこいいと思ってしまった羽住はすみだ。

 背丈にしても、羽住はすみ自身それほど低身長ではないにも関わらず、この男よりは優に数センチは劣っていて。

 さっきまでは、女性の中でも小さめな部類に入る日織と並べば、自分だってお釣りが来るほどに身長差があると思えていたのに、眼前の男には到底敵わないと痛感させられた。


 それに――。


 自分といた時には1度も聞いたことのないような、どこか艶めいてすら感じられる甘い声音で男の名を呼ばわった日織ひおりに、羽住はすみは思わず見惚れてしまった。

(こいつ、こんなが出来んのかよ)

 同窓会中、ダメ元で何度か日織に揺さぶりを掛けるような言葉を投げかけてみた羽住はすみだったけれど、困ったように眉根を寄せられたり、落ち着かない様子でソワソワと瞳を逸らされたことはあっても、ただの一瞬だってこんな顔はさせられなかったのだ。


 それなのに――。


(マジで取り入る隙、ねぇじゃねぇか)

 さっき日織ひおりからアレコレ聞いた感じで、入籍はしていてもそんなに夫婦仲は良くないのだと羽住はすみは勝手に推測していた。

 何だったら旦那に懸想けそうしているのは日織だけで、男の方はそうでもないんだろうなとすら思っていたのだ。

 羽住はすみだって馬鹿じゃない。
 人妻に手を出すようなハイリスクなことはしたくないし、粉をかけてもかたくなに旦那を想い、微塵もなびく素振りさえ見せなかった日織を、少し不憫ふびんにすら思いつつも応援したいとも思ったくらいだ。
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