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あのとき私が彼の求めに応じていたら、という不毛な想い

どうして?

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 なおちゃんの古い家は昔ながらの日本家屋で……天井には大きなはりがあって、子供の頃なんか囲炉裏いろりの火をかき回したら、煙に当てられたのか上から大きなアオダイショウが降ってきて驚かされたんだという逸話いつわなどを聞かされたことがある。

 さすがに今は囲炉裏などは失くして普通に生活が出来る家に改装はして住んでいたらしいのだけれど。

 密閉度が低いから冬は結構寒いんだよ、とよく話してくれていた。

 家も土地もそのままだったから、時折行っては手入れだけはしているとも聞かされていて。
 休日なんかは旧家の手入れだけでつぶれることもしょっちゅうだとぼやいていたのも記憶している。


***


 なおちゃんは亡くなった日、仕事に行くと言っていつも通りの時間に家を出たみたい。

 だけど実際に向かったのは職場ではなく、以前住んでいた家で。

 職場からなおちゃんの無断欠勤の連絡を受けたご家族が彼の消息を探して……やっと見つけたのが旧家で。
 第一発見者が最悪なことにお子さんだったということみたい。

 彼の携帯電話は電源が切られているのか圏外になっていて、結局見つけられなかったんだとか。

 きっとそれがなおちゃんの、私たち不倫相手や奥様に対する最後の優しさだったのかな。

 電話が残っていて……変に着信やメッセージが届いても……自分が旅立った後では証拠を隠滅することが出来ないから。

 バレなければ浮気はしていないのと一緒。

 奥さんは薄々勘づいていらしただろうけれど、なおちゃんは奥様に最後の最後まで決定的な証拠を掴ませなかったんだと思う。

 
***


「なおさんは……ここ数年異動の時期にはいつもあんな感じになってらしたんですよね?」

 相当弱っていたのかな。
 リストカットを繰り返すようになってからのなおちゃんは、そんなこともポロリとなっちゃんにこぼしたらしい。

 その度に、私に支えられて何とか持ち堪えていたことも。


「ねぇ、菜乃香なのかさん、どうして……」

 そこでなっちゃんが一瞬だけ私を責めるみたいな口調になって……ハッとしたように唇を噛み締めて言葉を飲み込んだ。

 きっとなっちゃんは『どうしてそのことを知りながら、この時期になおさんのそばにいてくれなかったのですか? どうして彼の手を放せたんですか?』とでも言いたかったのかな。

 私には、なおちゃんが亡くなる前日、なおちゃん自身から掛かってきた電話で、彼からのSOSを蹴ったという引け目がある。

 だから、もし仮になっちゃんからそう責められていたとしても、きっと言い返したりは出来なかったと思う。
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