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あのとき私が彼の求めに応じていたら、という不毛な想い

泣けない

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 なおちゃんは私に奥さんがいると告げたのと同じように、なっちゃんには妻と彼女がいると伝えた上で、一番にはしてあげられないけどいいか?と聞いてきたらしい。

 それにOKするなっちゃんもなっちゃんだけど、そんなスタンスを崩さないなおちゃんも相変わらず残酷な人だなって思った。

「私にもなおさんにも配偶者がいたから……。お互い家庭を壊してまで一緒にいる気はなかったですし、そのぐらいの距離感がちょうど良かったんです」

 私の心を察したみたいになっちゃんが言って。


 お互いに、妻や夫で満たされない部分を補い合っていただけなので……とポロポロと涙をこぼす。

 ねぇ、なっちゃん。そんなに泣かれてたら「ふーん、そうなんだ」って思えないよ?

 私は初めましてをした時からずっと、なっちゃんが泣き続けているからか、彼女と会ってからは嘘みたいに涙が枯れてしまっていた。

 なおちゃんが死んでしまったという話を、心の奥底ではまだ信じられないままなのもあるからかも知れない。


「そっか。私は……なおちゃんと結婚したいって思うようになってしまったから……愛人としては失格だなって思ったの。母が病気になって以前みたいに会えなくなった時になっちゃんの影を感じるようになったのが決定打になってね。なおちゃんを独り占め出来ないことに我慢出来なくなって……彼に別れを告げたの」

「はい、なおさんが凄く落ち込んで『菜乃香なのかが俺から離れた。今度こそ取り戻せそうにない』って話してくれたのでその辺の経緯は何となく知っています。実はその頃からなんです……。なおさんが自殺未遂を繰り返すようになったの……」

「えっ?」

 一瞬、私はなっちゃんが何を言っているのか理解出来なかった。

 だってそれってまるで――。

「ごめんなさい。菜乃香なのかさんを責めているわけじゃないんです。ただ……」

 なっちゃんはなおちゃんに、『そんなにしんどいんなら私が菜乃香さんに連絡してあげるよ?』と話したらしい。

 なおちゃんの手首に刃物の傷が増えるたび、なっちゃんは何度も私に連絡しようと思ったんだとか。

 でもその度に『菜乃香にだけは知られたくない』『せっかく俺から離れられた菜乃香に負担は掛けたくない』となおちゃんに言われて二の足を踏んでいたと言う。

 それでももう一度同じことが起こったら今度こそ私に連絡しようと思って……。

 なっちゃんは私の電話番号をこっそりなおちゃんの携帯から盗み見てメモしていたらしい。

 なおちゃんの携帯のロック番号は、変わっていなければ0912の四桁。私の話をことある毎にしていたというなおちゃんが、なっちゃんに0912私の誕生日を話していても不思議ではなかった。

 私となおちゃんの誕生日十月十日がちょうど丸五週間離れていて、毎年お互いの誕生日の曜日が同じことなどもセットで話していたとしたら、彼女の中での記憶はより強固なものになっていたはずだ。
 
 ロックを掛けた上でなおちゃんはきっと、都度都度つどつど浮気相手との着信履歴やメールなどに関しては証拠隠滅を図っていたんだとは思う……。
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