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あのとき私が彼の求めに応じていたら、という不毛な想い

嘘、ですよね?

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 もちろん、私だってその疑念に思い当たる節がないわけじゃない。

 私がなおちゃんとサヨナラした原因は、なおちゃんに奥様以外の女性の影を感じたからだもの。

 でも、だったら尚のこと……私はそんな相手と仲良くなりたくなんかない。

 そんな風に思ったけれど〝なっちゃん〟と呼び掛けないと前に進めない気もして。

 私はしぶしぶ夏美さんの提案を受け入れた。

「じゃあ、なっちゃん。私ね、ひとつだけ貴女に伝えておかなきゃいけないことがあるの」

『……な、んでしょう?』

 泣きながらもそんな声が返って来て、私はちょっとだけ安堵あんどする。

「実はね、私、ちょっと前に結婚してて……。すぐそばで主人もこの電話を聞いているの」

『えっ? ……ご、主人、が? あのっ、そ、の方は……乃香のかさんと……なおさんのこと』

「知ってます。だからこそ不安にさせたくなくて。貴女のお話もどうやら絡みみたいですし……スピーカー通話で主人にも聞こえるようにしてるんですけど……差し支えありませんか?」

 あえて〝なおちゃん〟と言わずに〝緒川さん〟と呼んで、彼との関係に線引きをした上でそう切り出した。

 さすがにイヤって言われちゃうかな?

 そう懸念した私に、夏美さんが案外アッサリ『……構い、ません』と返してくれてホッとしたのだけれど――。

『その、、が……菜乃香さ、とお会いしやすく、なるとおも、……ので』

 と続いて、どういう意味?となってしまった。


***


『なおさんが……緒川おがわ直行なおゆきさんが……今朝、亡くなりました。菜乃香なのかさんは……そのことをご存、知です、か?』

 声を震わせながら、嗚咽おえつ混じりに古田ふるた夏美なつみと名乗った見知らぬ女性が、そんな意味不明のことを言ってくる。

「え……?」

 私、昨夕なおちゃんと話したばかりだよ……?
 なのに亡くなっただなんて何の冗談?

「嘘、ですよね……? いきなり電話してきてバカなこと言わないで下さい。……だって私、昨日彼からの電話を受けて……それで……」


 ――頼むから俺を助けると思って顔見せてくれよ。
 ――俺、菜乃香なのかがいないと駄目なんだ。
 ――会いたい。


 そう言ってきたなおちゃんを、私はもう結婚したから……という理由で突き放した。

「私、私……」

 混乱してうまく言葉がつむげない。
 どうしよう。
 お願いだから嘘だと言って?

 余りの衝撃に呼吸が上手く出来なくなってしまった私を、たっくんが無言で抱きしめてくれた。

「菜乃香、しっかりしろ」

 そうして、痛いくらいに腕に力を込められる。

 私はたっくんを虚ろな目で見詰めてポロリと涙を落とした。
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