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*梅雨の長雨―恋慕―

キスして……いい?

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 でも、目一杯手を伸ばして高く掲げてみても、私が持った傘の下ではタツ兄は結構身体を屈めないといけなくて。

 これではお互いに、とっても歩きにくそう。

「僕、合羽かっぱ着てるし大丈夫だよ。なのちゃんが濡れないようにして?」

 結局タツ兄からもっともなことを言われて、私はしぶしぶ彼に差しかけていた傘を自分一人のために持ち直したのだけれど。

 残念ながらすでに結構濡れてしまっていた。

 駐車場からタツ兄のアパートまではほんの数メートルだったけれど、気が付けば足元とか肩の辺りがさらに雨にやられてしまっていて。

 初夏に差し掛かる頃とはいえ、服が水を吸うと体温を奪われて割と寒い。

 身体にピタッと張り付いて見える雨具をまとったタツ兄は大丈夫かな?って心配になった私は、部屋の前でレインコートを脱ぐのに苦戦するタツ兄を手伝わずにはいられなくて。
 一生懸命タツ兄を支えながらコートを脱がせていたら、彼の服から滴り落ちる水滴でさらに濡れて内心『どうしよう』と思った。

(着替え、持ってくれば良かった)

 そんなことをしたらお泊りを意識しているみたいで恥ずかしかったから敢えて持って来なかったけれど、こんなに濡れると分かっていたら、帰りの服くらい用意しておくべきだったのに。

(私のバカ……)

 そんなことを思ったけれど後の祭りだった。


***


「入って?」

 玄関扉を開けて私を中へいざなってくれながら、タツ兄が「こんな足なんだから大人しくここで待っておけばよかった。僕のせいでかえってなのちゃんをびしょ濡れにしちゃったみたいだ。ごめんね」と吐息を落とす。

「あ、あのっ。でも私……! ちょっとでも早くタツにぃ……た、っくん、に……会いたかったし……方向音痴で迷子になってたかもしれないから……お迎え、すごく嬉しかった……よ?」

 叱られた大型犬みたいにしゅんとした様が可愛くて、私はそう言って慰めずにはいられない。

 それに、告げた言葉も嘘じゃなかったから。

 懸命にタツ兄呼びを改めて彼を慰めようとしたらしどろもどろになってしまった。

 けれど、それが逆に良かったのかな?

 不意にタツ兄にギュウッと抱き締められた。

「なのちゃん、ヤバイ。可愛すぎなんだけど」

 タツ兄が私を抱き寄せた拍子、彼が手にしていた松葉杖がカランと倒れて……。

 なのにそんなのお構いなしに私を抱きしめたタツ兄に、「なのちゃん。キスして……いい?」って問いかけられた。

 私はうなずく代わりにそっと目を閉じてほんの少し顔を上向けて。

 タツ兄の柔らかな唇がためらいがちに自分の唇に重ねられる感触を受け入れる。

 ポタポタと顔を濡らすのはタツ兄の髪から滴り落ちてくる水滴かな?

 雨に濡れて冷えた身体が、そんなことを意識した途端ぶわりと熱を持ったのが分かった。
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