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出会い
本心だから
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「僕なんかよりなのちゃんの方がよっぽどしんどい思いをしてるじゃん。知らなかったとはいえ、何も力になれなくてごめんね」
実家に戻っていれば、あるいは何か話を聞くことがあったかもしれなかったけれど、仕事にかまけて不義理をしていたから、とタツ兄が謝ってくれて。
私はタツ兄に頭を撫でられながら、彼はちっとも悪くなんてないのに、って思った。
***
あの日から、私はお母さんのお見舞いのついでにタツ兄のお見舞いにも寄るようになって。
タツ兄はタツ兄でお母さんの病室まで出向いてくれて、お母さんを見舞ってくれたりした。
「ひょっとしてなのちゃんと建興くんはお付き合いしているの?」
最近ではお母さんの病室へ行く前にタツ兄の病室へ寄って……。
二人で連れ立ってお母さんのお見舞いに行くことが増えていたから。
お母さんがふわりと笑ってそんなことを問いかけてきたのも、ある意味必然だったのかも知れない。
実際、私はタツ兄のことを異性として意識してしまうことが増えてきていたし、そのことに母親であるお母さんが気付いていても不思議ではなかった。
でも、タツ兄は恐らくただただ幼い頃の延長みたいな気持ちで、妹みたいに私を甘えさせてくれていただけだと思う。
それに――。
最近ちっとも会えていないけれど、私にはなおちゃんがいるのだ。
そうだよ、って言ってあげたらお母さんが安心するのは分かっていても、そんなこと言えるわけがなかった。
だから――。
私は慌てて
「ちょっ、お母さんっ」
――いきなり何を言い出すの!
と続けようとしたんだけど。
タツ兄がまるで私の言葉を封じるみたいに「そうなれたらいいなぁって……下心ありまくりでおばちゃんに取り入ってるところです」って被せてくるから。
私は思わず言葉に詰まってタツ兄を見上げた。
「――ん?」
なのにタツ兄は何でもないことみたいに私に柔らかく微笑み掛けてきて。
私はそんなタツ兄の悪びれない態度に、真っ赤になってうつむくことしか出来なかった。
お母さんはそんな私の様子を見て、嬉しそうに「そう。おばちゃんは建興くんなら大歓迎だから。なのちゃんとうまくいったら、いの一番におばちゃんに教えてね」と、彼に向ってにっこりと微笑んだ。
***
きっと、再会した日にお母さんが私の花嫁姿を見たがっていたことを話したりしたから……。
タツ兄は気を遣ってくれたんだ。
うちのお母さんは東棟九階の内分泌内科にいる。
タツ兄の病室があるのも九階だけど、彼が入院しているのは西棟だから、棟が違う。
「タツ兄……さっきのって……」
東西の建物を繋ぐ連絡通路を二人で歩きながら、私は恐る恐る切り出した。
現状維持とも未来があるとも取れる言い方でお母さんの気持ちをぐんと持ち上げてくれたタツ兄はさすがだなって思いながら。
「前に私が変な話をしちゃったから、気を遣ってくれたんだよね? 有難う」
ぺこりと頭を下げてから、「でも――」と続けずにはいられない。
「でも――、そんな嘘をついたって知られたら、タツ兄の彼女さんとか……きっとめちゃくちゃ嫌な気持ちになっちゃうから」
だから、気を遣わなくてもいいよ?
そう続けようとしたら、タツ兄が急に立ち止まって。
「――彼女とかいたら、そもそもなのちゃんとこんな風に毎日のように会ったりしないと思わない?」
ってじっと見詰められた。
私は、自分になおちゃんがいるくせにタツ兄とこんな風に逢瀬を重ねてしまっていたから……そういう当たり前のことを失念してしまっていたのだ。
「そ、それは……」
「さっきおばちゃんに言ったのは僕の本心だから……。言う順番がおかしくなっちゃったけど……僕とのこと、考えてみて?」
タツ兄の直向きなまなざしに、私は何も言えなかった――。
実家に戻っていれば、あるいは何か話を聞くことがあったかもしれなかったけれど、仕事にかまけて不義理をしていたから、とタツ兄が謝ってくれて。
私はタツ兄に頭を撫でられながら、彼はちっとも悪くなんてないのに、って思った。
***
あの日から、私はお母さんのお見舞いのついでにタツ兄のお見舞いにも寄るようになって。
タツ兄はタツ兄でお母さんの病室まで出向いてくれて、お母さんを見舞ってくれたりした。
「ひょっとしてなのちゃんと建興くんはお付き合いしているの?」
最近ではお母さんの病室へ行く前にタツ兄の病室へ寄って……。
二人で連れ立ってお母さんのお見舞いに行くことが増えていたから。
お母さんがふわりと笑ってそんなことを問いかけてきたのも、ある意味必然だったのかも知れない。
実際、私はタツ兄のことを異性として意識してしまうことが増えてきていたし、そのことに母親であるお母さんが気付いていても不思議ではなかった。
でも、タツ兄は恐らくただただ幼い頃の延長みたいな気持ちで、妹みたいに私を甘えさせてくれていただけだと思う。
それに――。
最近ちっとも会えていないけれど、私にはなおちゃんがいるのだ。
そうだよ、って言ってあげたらお母さんが安心するのは分かっていても、そんなこと言えるわけがなかった。
だから――。
私は慌てて
「ちょっ、お母さんっ」
――いきなり何を言い出すの!
と続けようとしたんだけど。
タツ兄がまるで私の言葉を封じるみたいに「そうなれたらいいなぁって……下心ありまくりでおばちゃんに取り入ってるところです」って被せてくるから。
私は思わず言葉に詰まってタツ兄を見上げた。
「――ん?」
なのにタツ兄は何でもないことみたいに私に柔らかく微笑み掛けてきて。
私はそんなタツ兄の悪びれない態度に、真っ赤になってうつむくことしか出来なかった。
お母さんはそんな私の様子を見て、嬉しそうに「そう。おばちゃんは建興くんなら大歓迎だから。なのちゃんとうまくいったら、いの一番におばちゃんに教えてね」と、彼に向ってにっこりと微笑んだ。
***
きっと、再会した日にお母さんが私の花嫁姿を見たがっていたことを話したりしたから……。
タツ兄は気を遣ってくれたんだ。
うちのお母さんは東棟九階の内分泌内科にいる。
タツ兄の病室があるのも九階だけど、彼が入院しているのは西棟だから、棟が違う。
「タツ兄……さっきのって……」
東西の建物を繋ぐ連絡通路を二人で歩きながら、私は恐る恐る切り出した。
現状維持とも未来があるとも取れる言い方でお母さんの気持ちをぐんと持ち上げてくれたタツ兄はさすがだなって思いながら。
「前に私が変な話をしちゃったから、気を遣ってくれたんだよね? 有難う」
ぺこりと頭を下げてから、「でも――」と続けずにはいられない。
「でも――、そんな嘘をついたって知られたら、タツ兄の彼女さんとか……きっとめちゃくちゃ嫌な気持ちになっちゃうから」
だから、気を遣わなくてもいいよ?
そう続けようとしたら、タツ兄が急に立ち止まって。
「――彼女とかいたら、そもそもなのちゃんとこんな風に毎日のように会ったりしないと思わない?」
ってじっと見詰められた。
私は、自分になおちゃんがいるくせにタツ兄とこんな風に逢瀬を重ねてしまっていたから……そういう当たり前のことを失念してしまっていたのだ。
「そ、それは……」
「さっきおばちゃんに言ったのは僕の本心だから……。言う順番がおかしくなっちゃったけど……僕とのこと、考えてみて?」
タツ兄の直向きなまなざしに、私は何も言えなかった――。
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