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出会い
大人の男の人
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「あの……とっても今更なんだけど……足のことも聞いていい?」
私は恐る恐る問い掛けた。
「ん? ああ、もちろん。――とりあえず歩きながら話そっか」
タツ兄は西病棟のエレベーターホールへヒョコヒョコと松葉杖を使って器用に進むと、乗り場操作盤の「▲」ボタンを押して私を振り返った。
***
「……そっか。交通事故で」
タツ兄は通勤中、交差点で信号無視をして突っ込んできた車に正面衝突されて、右足の膝から下を複雑骨折してしまったらしい。
幸い命に別状はなかったらしいけれど、車にガッツリ挟まれて複雑に折れてしまった足は手術が必要で。
結局入院を余儀なくされたんだとか。
西棟九階――。
整形外科の入院病棟があるラウンジの談話スペースで、私は窓に面したカウンター席へタツ兄と横並びに座って彼の話を聞いている。
タツ兄は自分だけコーヒーを飲むのは気が引けるからと。私に自販機でジュースを買ってくれた。
「……災難だったね」
温かいミルクティーを飲みながらしみじみとつぶやいたら、タツ兄が「それ」と答えてから、「えっと……。それで……なのちゃんはどうして病院にいるの?って聞いても平気?」と、うかがうように話題を変えてきた。
タツ兄の話を聞いた手前、自分のことを隠すのは気が引けて。
私は「実はね、お母さんが――」と今までの経緯をかいつまんで話した。
タツ兄は当然うちのお母さんとも顔見知りだったから……話しているうちに段々感情が乗って来て。
気が付けば私、ほろほろと涙を落としながら夢中で心情を吐露していた。
「お母さんね、私が結婚出来ないのが心残りだって悲しそうな顔をするの……」
さすがになおちゃんとのことは言えなくて……そこは話さずに視線を伏せた私に、タツ兄はただ黙ってうなずいてくれる。
その空気が心地よくて――。
「私だってお母さんを安心させてあげたいんだよ? でも……こればっかりはご縁だから……。ひとりじゃどうしようもないよね」
淡く微笑んだ私に、タツ兄は「彼氏、いないの?」とも「好きな人は?」とも聞いてこなかった。
まぁ、こんな話をしてる時点で、普通は男っ気がないんだって思われるよね?
もしも詳しく聞かれていても、なおちゃんとのことをどう話していいかなんて分からなかったから。
そう言うのを根掘り葉掘り聞かれないことにホッとしたのは確かだ。
「それにね、下手にお母さんを安心させてしまったら……すぅーっと逝ってしまうかも?とか馬鹿なことも考えちゃって……。何となく怖いの」
なおちゃんと付き合い続けるための言い訳にしている詭弁を、私はタツ兄にも〝本当は結婚したくてたまらない〟という本心を押し隠してうそぶいた。
「だからね、案外現状維持が一番いいのかも、とも思ってるの」
結婚したくないだなんて微塵も思っていないくせに。
そんなことを思いつくままにつらつら話して、はらはらと涙を落とす私を、タツ兄は何も言わずにただただそばで見守っていてくれた。
幸い窓に面したこの席は、真横にでも座られない限り泣き顔を人から見られる心配はない。
その安心感と、タツ兄への信頼感が私の涙腺を思いっきり緩めていた。
タツ兄は、私をひとしきり泣かせてくれた後で、「よしよし」と子供の頃みたいに頭をやさしく撫でて抱き締めてくれて。
子供の頃とは違って、包み込むような大きな手と広い肩幅に、タツ兄も大人の男の人になっちゃったんだな……と不意に意識させられた私は、にわかに恥ずかしくなってしまう。
私の涙が早々に引っ込んだのは、その戸惑いのせいだったのかも知れない。
私は恐る恐る問い掛けた。
「ん? ああ、もちろん。――とりあえず歩きながら話そっか」
タツ兄は西病棟のエレベーターホールへヒョコヒョコと松葉杖を使って器用に進むと、乗り場操作盤の「▲」ボタンを押して私を振り返った。
***
「……そっか。交通事故で」
タツ兄は通勤中、交差点で信号無視をして突っ込んできた車に正面衝突されて、右足の膝から下を複雑骨折してしまったらしい。
幸い命に別状はなかったらしいけれど、車にガッツリ挟まれて複雑に折れてしまった足は手術が必要で。
結局入院を余儀なくされたんだとか。
西棟九階――。
整形外科の入院病棟があるラウンジの談話スペースで、私は窓に面したカウンター席へタツ兄と横並びに座って彼の話を聞いている。
タツ兄は自分だけコーヒーを飲むのは気が引けるからと。私に自販機でジュースを買ってくれた。
「……災難だったね」
温かいミルクティーを飲みながらしみじみとつぶやいたら、タツ兄が「それ」と答えてから、「えっと……。それで……なのちゃんはどうして病院にいるの?って聞いても平気?」と、うかがうように話題を変えてきた。
タツ兄の話を聞いた手前、自分のことを隠すのは気が引けて。
私は「実はね、お母さんが――」と今までの経緯をかいつまんで話した。
タツ兄は当然うちのお母さんとも顔見知りだったから……話しているうちに段々感情が乗って来て。
気が付けば私、ほろほろと涙を落としながら夢中で心情を吐露していた。
「お母さんね、私が結婚出来ないのが心残りだって悲しそうな顔をするの……」
さすがになおちゃんとのことは言えなくて……そこは話さずに視線を伏せた私に、タツ兄はただ黙ってうなずいてくれる。
その空気が心地よくて――。
「私だってお母さんを安心させてあげたいんだよ? でも……こればっかりはご縁だから……。ひとりじゃどうしようもないよね」
淡く微笑んだ私に、タツ兄は「彼氏、いないの?」とも「好きな人は?」とも聞いてこなかった。
まぁ、こんな話をしてる時点で、普通は男っ気がないんだって思われるよね?
もしも詳しく聞かれていても、なおちゃんとのことをどう話していいかなんて分からなかったから。
そう言うのを根掘り葉掘り聞かれないことにホッとしたのは確かだ。
「それにね、下手にお母さんを安心させてしまったら……すぅーっと逝ってしまうかも?とか馬鹿なことも考えちゃって……。何となく怖いの」
なおちゃんと付き合い続けるための言い訳にしている詭弁を、私はタツ兄にも〝本当は結婚したくてたまらない〟という本心を押し隠してうそぶいた。
「だからね、案外現状維持が一番いいのかも、とも思ってるの」
結婚したくないだなんて微塵も思っていないくせに。
そんなことを思いつくままにつらつら話して、はらはらと涙を落とす私を、タツ兄は何も言わずにただただそばで見守っていてくれた。
幸い窓に面したこの席は、真横にでも座られない限り泣き顔を人から見られる心配はない。
その安心感と、タツ兄への信頼感が私の涙腺を思いっきり緩めていた。
タツ兄は、私をひとしきり泣かせてくれた後で、「よしよし」と子供の頃みたいに頭をやさしく撫でて抱き締めてくれて。
子供の頃とは違って、包み込むような大きな手と広い肩幅に、タツ兄も大人の男の人になっちゃったんだな……と不意に意識させられた私は、にわかに恥ずかしくなってしまう。
私の涙が早々に引っ込んだのは、その戸惑いのせいだったのかも知れない。
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