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*転職を機に

工場

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 転職を機に買った、中古のピンク色の軽自動車は私をあちこちに連れて行ってくれる。

 それこそ、望めば我が家から車で40分以上離れたなおちゃんの近くにだって行くことが出来るのだ。

 さすがにそんなことはしないけれど、自転車で移動していた頃より格段に行動範囲が広がったことだけは確かだから。
 なおちゃんに請われれば、私、どこにだって出向いて行ける気がした。

 それでもなおちゃんは私に気を遣ってか、はたまた自分の居住区に浮気相手わたしを近づけたくないのか、仕事後に落ち合うのは市役所の近くか、私の家の近くばかりで。



「仕事は慣れた?」

 スモークガラスに覆われた彼の車の後部シートに乗り込むなりギュッと抱きしめられて、そう問いかけられた。

「ん、大分慣れたよ。同僚も優しいし、上司も工場のおじさんたちも、みんな良い人ばかりなの」

 言ったら、「工場の方だっけ?」と聞かれて。

 何の気なしに「うん」って答えたら、「同僚の事務員さん以外はみんな男?」ってじっと顔を見つめられた。

「そう。だけどね、独身の人なんてほとんどいないし、誰も最上階にいる事務員のことなんて気にも留めてないと思う」


***


 そう。
 私が配属された工場は、50人以上の男性作業職員に対して、女性は私ともう1人、先輩事務員の渡辺わたなべ真帆まほさんだけ。
 渡辺さんはとってもおおらかで気さくな女性で。私より3つ年上の本当に面倒見がいい素敵な人だ。

「分かんない事があったら遠慮なく聞いてね」

 その言葉の通り、自分が忙しい時でも、私が困ったことがあると、嫌な顔ひとつせず、すぐに救いの手を差し伸べてくれる。


 広い事務所――机だけは工場長のものや、現場職の課長のものまであるのでたくさんある――に、基本私と渡辺さんのふたりきり。


 ここには、1階階段下に小さな現場事務所があって、宮部みやべ工場長はずっとそちらに詰めているし、工場長補佐の長和ながわさんもそんな感じ。

 おふたりは工場内のどこかにいらっしゃるか、現場事務所で書類と格闘しているかのどちらかで、最上階――階数的には3階だけど、2階の工場スペースの天井がとても高いので、実質5階ぐらいの高さに位置している――の、だだっ広い事務所にはほとんど顔をお出しにならない。

 私たちがいる最上階のフロアには、一応壁で仕切られた会議室なども完備されているから、来客があった時なんかに、宮部工場長に伴われた客人きゃくじん数名が上がってくることがある程度。

 でも、そんなことは数ヶ月に1回あるかないかだから気楽なものよと渡辺さんが笑った。
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