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正直すぎる嘘つき

詭弁

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 これは、息が上がるほど気持ちいい強引なキスをたっぷり私に施して、唇を離したのと同じ人?

 思わずそう戸惑ってしまうくらいの、不安そうで今にも泣き出してしまいそうな顔で覗き込まれた私は

「…………ダメじゃ……ない、です」

 その心許こころもとなげな表情にほだされるみたいに、半ば無意識にそう答えていた。


 私、子供の頃からいつもそう。

 求められたら嫌と言えない。
 好きだと言われたら、絶対無理だと言う相手でもない限り、応えたいと思ってしまう。断れない。

 攻略しやすい、チョロい女の子だ。

 私に言い寄る男性は、もしかしたら本能的に私のそんな一面を見抜いているのかも知れない。

 告白してくれる人はいつも大抵すごく強引。
 その癖、ここぞという場面では情に訴えるように甘えた顔を見せて私を翻弄ほんろうする。

 そう。今の緒川おがわさんみたいに。

 自分でもこんなことじゃよくないと思う。

 でも直せないの。

 そうして情にほだされやすい私は、強く求められて付き合ったはずの相手に、いつの間にか切なくなるくらいのめり込んでしまう。

 愛情を注がれたら、その人の良いところばかりを探して、欠点を見られなくなる。
 嫌なところに気付いても、見なかったことにして目を逸らしてしまう。

 そう、きっと今回も――。

 嬉しそうに「ありがとう」って笑う緒川さんに抱きしめられながら、そんな予感がした。


***


 緒川おがわさんの38歳の誕生日に告白をされて、何だかよく分からないままに流されるように重ねてしまったデートも、今回で4度目。

 1回だけなら気の迷いだと言えたと思う。

 でも、2回、3回と続けてしまったら、それはもう立派に自分の意志、だよね。


 あの日。
 緒川さんは私に、彼の彼女になることをダメじゃないと言わせた後で、「――ただ、俺には妻と子供がいるんだ。妻に対して恋愛感情はないけれど家族としての情はある。それは分かって欲しい」と言った。

 私にはその詭弁にも聞こえる言葉の意味がサッパリ分からなくて。

「あ、あの……それはどう言う……?」

 混乱する頭で何とかそう問いかけたら、「戸倉とくらさんと結婚することは出来ないって意味だよ」って悲しそうな顔をするの。

 それは私に愛人になれ、と言っているってことなんでしょうか?

 23歳で世間知らずの私にも、さすがに妻子ある男性との色恋は御法度ごはっとだと言うことは分かる。


「そ、れなら私――」

 今の話はなかったことにして欲しい。


 そう言いたかったのに。
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