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35.やり直そう

お前、何だよ、その指輪

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 私にはたまたまその時、手を差し伸べて下さる宗親むねちかさんが現れたから良かったけれど、そうでなかったら今頃実家に戻らざるを得なくなっていたと思う。

「じゃあ、これからどこに住む予定? 実家に戻るの?」

 何気なく聞いたら「お前を頼ろうと思ったのに……何で勝手に引っ越したりしたんだよ」とか、それ、貴方に言う義務ありませんよね?という因縁いんねんをつけられた。

「だって……私たちもう……」

「別れたからってサッサとそこで縁切りかよ。冷てぇ女だな」

 ギュッと握られたままの右手首に力を込められた私は、痛みに思わず眉根を寄せる。

 康平は付き合っていた頃、暴力を振るうような人ではなかったけれど、ちょいちょい暴言で私を傷付けた。

 今の彼はどこか普通ではない気がするし、もしかしたら手を上げられる可能性だってないとは言えない、と思って。

「康平、……痛い」 

 なるべく彼を刺激しないように。
 すぐそこは道路とはいえ、そんなに人通りが多い道でもないし、ましてや今私たちがいるのはそこから少し奥に入った建物の隙間だったから。
 せめて外の道に出ないと、って気持ちばかりが焦ってしまう。

 私を掴んだ康平の手にそっと左手を乗せて抗議したら、「お前、何だよ、その指輪」って今度は左手を掴まれてしまった。

(指輪……? 宗親むねちかさんからの?)

 康平が睨むように見ている私の左手薬指には、未だに私自身ひるんでしまうような大ぶりのダイヤが付いた婚約指輪が光っている。
 それが、康平に見えないわけがなかった。――というより、宗親さんの中では目立ってなんぼ、みたいな狙いさえある指輪なのだから見えて当然だ。

 グイッと左手を掴み上げられて上方に引き上げられた私は、康平との二〇センチ以上の身長差もあって、まるで釣り上げられた魚みたいになって。

 さっき右手を掴まれていた時の痛みなんて比にならないぐらいの強さでギュゥッと握られた手首に激痛が走って、目端に涙が滲んだ。

「こうちゃっ、痛いっ」

 つま先立ちで一生懸命康平の胸元をバシバシ叩くけれど、彼はそんなの全然意に介した風ではなくて。

「俺と別れてそんなに経ってねぇのに何でこんなん付けてんだよ。春凪はな、お前、もしかしてずっと二股かけてたのか?」

 だからあんなにアッサリ俺との別れを受け入れたんだな、とか手前勝手なことを言われて身体を乱暴に揺さぶられた私は、何でそんなことを言われなきゃいけないの?と、悲しくなって康平を睨みつけた。

(私、付き合っていた頃は全身全霊で貴方に尽くしたよ?)

 そう思ったら情けなくて堪らなくなる。
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