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35.やり直そう

今更何の用?

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 バーだし、夜がメインなことを思えばお日様の下で目立つ必要なんてないってことかしら?なんてどうでもいいことを思いつつ。

 斜め上方にばかり気を取られていた私は、後少しでMisokaミソカの入り口って所で建物の隙間の狭い路地から出てきた手に、いきなり右腕を掴まれて引っ張られた。

「キャ」
 ァァァァ!と続くはずだった悲鳴は、私をギュッと腕の中に閉じ込めた相手に、空いている方の手で口を押さえつけられて呆気なく封じられてしまう。

 鼻も一緒に押さえられたから、息が苦しくて涙目になって。

 恐怖に震える手で口を覆う相手の腕を、それでも必死にギュッと掴んだら「春凪はな、俺だよ」と名前を呼ばれて「え?」と思った。

 「俺だ」って言われても、背後から押さえつけられている私には相手の顔が見えないの。

 だけどこの声。
 確かに聞き覚えがある。

 ゆっくりと、私の反応をうかがうように口に当てられた手と、抱き止める腕の力が緩められた私は、一生懸命息を吸い込みながら恐る恐る背後を振り返って。

「こう、ちゃん……」

 付き合っていた頃より痩せて目がギラギラしている印象になってしまっているけれど、それは確かに元彼の康平だった。


***


「会いたかったよ、春凪はな

 腕は緩めてくれたけれど、未だに手首は固く握られたまま。
 下手に刺激したらいけない雰囲気に、呼吸は整ってきたというのに私の心臓は苦しいくらいに猛スピードで全身に血を送り続けている。

「今更……何の用?」

 一方的な最低の別れから数ヶ月。
 卒業間近という肌寒い時期から、日が沈んでからも少し動けば汗ばんでしまうほどに季節だって移行していると言うのに。
 その間、一度も音沙汰なんてなかった相手なんだから、そのぐらい聞いてもいいよね?

 掴まれたままの手首を気にしながら恐る恐る言ったら、「俺、会社辞めたんだ」とか、どこか要領を得ない答えが返ってきて、私はますます混乱してしまう。

「今は……どう、してる、の?」

 だけど康平の言葉に乗っからないと話が前に進まないというのも、付き合っていた時の経験から何となく分かっていた私は、一旦自分の疑問は横に避けてそう尋ねた。

「貯金を食い潰しながら何とかやってる。けど……とうとう家賃が払えなくなっちまってさ」

 アパートを引き払うことになったらしい。

 自分もちょっと前に――滞納ではなかったけれど――家を追われたことを思い出した私は、康平のその言葉にほんの少しだけ同情して。
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