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44.人事異動
そんな気遣い、必要ありません
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「これは……」
「財務経理課長の倍相岳斗くんのものです」
「――彼、うちの社を辞めたいって言ってきたの?」
大葉と土井社長のやり取りに、それが初耳だった羽理は、思わず「えっ」と声を発していた。
「あ、あのっ、倍相課長、いなくなっちゃうんですか?」
羽理は、今回の人事異動で大葉が総務部長室からいなくなることを、〝いずれ大葉の身内になる身として〟大葉本人から内々に聞かされていた。
『恵介伯父さん――えっと土井社長は……俺を副社長に据えたいらしい』
大葉自身から、『すぐそばで俺に自分の仕事を見せ、実地で学ばせていくつもりなんだろう』と告白された羽理は、その時にもすごく驚かされたしショックを受けたのだ。
もちろん大葉が土井社長と身内だと言うのはすでに知っていた。子供のいない土井社長が、ゆくゆくは我が子のように可愛がっている甥っ子の屋久蓑大葉を自分の跡目に……と考えるのは、それほど突飛なことではないだろうとも思っていた。
でも、それはまだしばらくは先の話――例えば大葉と自分が結婚した後のこと――だと、羽理は勝手に想像していたのだ。
総務部長さまでも十分雲上人なのに、副社長なんかになってしまったら、一介の平社員の……しかも片親の羽理にとって、大葉はますます遠い存在になってしまう。
本来なら大葉の昇進を一緒になって喜ばないといけない立場のくせに、色々考えて、羽理は不安でたまらなくなってしまった。
そう思っていた矢先、大葉伝手、土井社長から大葉が羽理とのことを公にしてはいけないと釘を刺されたと聞かされて、一度は本心を飲み込んで社長が言う通り影の女に徹しようとした羽理だったのだけれど、日が経つごとに辛さが増して、結局我慢出来なくなってポロポロと涙をこぼして泣いてしまったのだ。
荒木羽理という人間では、ゆくゆくは土恵商事を背負って立つことになる大葉の横に並ぶのには、ふさわしくないと土井社長から示唆されたのかと思っての涙だったのだけれど、そんな羽理をみて、大葉から慌てたように『それは誤解だ』と即座に不安を否定された。
その言葉に、羽理が『どういう意味?』と小首を傾げれば、実際には羽理を他の女性社員らの嫉妬から守るために必要な措置だと社長から説得されただけだと打ち明けられて、羽理は社長からも大切に思われていることを実感させられた。
そういうのをみんな踏まえた上で、羽理は大葉に『そんな気遣い、必要ありません』と話した。
嫉妬されても跳ね返せるだけの図太さを自分は持っているし、何より羽理の周りには絶対に羽理の味方になってくれる同僚の法忍仁子がいる。
「財務経理課長の倍相岳斗くんのものです」
「――彼、うちの社を辞めたいって言ってきたの?」
大葉と土井社長のやり取りに、それが初耳だった羽理は、思わず「えっ」と声を発していた。
「あ、あのっ、倍相課長、いなくなっちゃうんですか?」
羽理は、今回の人事異動で大葉が総務部長室からいなくなることを、〝いずれ大葉の身内になる身として〟大葉本人から内々に聞かされていた。
『恵介伯父さん――えっと土井社長は……俺を副社長に据えたいらしい』
大葉自身から、『すぐそばで俺に自分の仕事を見せ、実地で学ばせていくつもりなんだろう』と告白された羽理は、その時にもすごく驚かされたしショックを受けたのだ。
もちろん大葉が土井社長と身内だと言うのはすでに知っていた。子供のいない土井社長が、ゆくゆくは我が子のように可愛がっている甥っ子の屋久蓑大葉を自分の跡目に……と考えるのは、それほど突飛なことではないだろうとも思っていた。
でも、それはまだしばらくは先の話――例えば大葉と自分が結婚した後のこと――だと、羽理は勝手に想像していたのだ。
総務部長さまでも十分雲上人なのに、副社長なんかになってしまったら、一介の平社員の……しかも片親の羽理にとって、大葉はますます遠い存在になってしまう。
本来なら大葉の昇進を一緒になって喜ばないといけない立場のくせに、色々考えて、羽理は不安でたまらなくなってしまった。
そう思っていた矢先、大葉伝手、土井社長から大葉が羽理とのことを公にしてはいけないと釘を刺されたと聞かされて、一度は本心を飲み込んで社長が言う通り影の女に徹しようとした羽理だったのだけれど、日が経つごとに辛さが増して、結局我慢出来なくなってポロポロと涙をこぼして泣いてしまったのだ。
荒木羽理という人間では、ゆくゆくは土恵商事を背負って立つことになる大葉の横に並ぶのには、ふさわしくないと土井社長から示唆されたのかと思っての涙だったのだけれど、そんな羽理をみて、大葉から慌てたように『それは誤解だ』と即座に不安を否定された。
その言葉に、羽理が『どういう意味?』と小首を傾げれば、実際には羽理を他の女性社員らの嫉妬から守るために必要な措置だと社長から説得されただけだと打ち明けられて、羽理は社長からも大切に思われていることを実感させられた。
そういうのをみんな踏まえた上で、羽理は大葉に『そんな気遣い、必要ありません』と話した。
嫉妬されても跳ね返せるだけの図太さを自分は持っているし、何より羽理の周りには絶対に羽理の味方になってくれる同僚の法忍仁子がいる。
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