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43.利用
絶大な影響力を持つ立場にいる人間
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社長室に移動したのち、杏子はポツリポツリとではあったけれど、自分の言葉でしっかりと、近衛社長に事の顛末を話すことが出来た。
実際には杏子が何か話そうとするたび、まるで言い訳したいみたいに笹尾や安井、そうして彼女の取り巻きの古田や木坂が口を挟もうとしてきた。だが岳斗がちらりと凍り付くような冷たい視線を投げかけるだけで、みんな慌てて視線を逸らせて黙り込んでくれたというのが正しい。
この場にあっても、杏子は岳斗に守られていることを実感させられて、くすぐったいような……何とも言えない気持ちになった。
直属の上司である中村経理課長のセクハラまがいのパワハラの話をしたときには、「ね、杏子ちゃん。せっかくだしあの音声を聴いてもらったら?」と岳斗が杏子にそっと耳打ちをしてきた。
「でも……」
さすがにそれは中村経理課長にとって不利になりすぎるのでは? と思ってしまった杏子だったのだけれど、「この際、膿は出し切った方がいい」と岳斗に促されて、恐る恐る鞄の中からスマートフォンを取り出した。
途端、「み、美住くん! それはキミが僕に許可なく勝手に録音したものだよね!? それを出すのはどうかと思うんだが!」と中村経理課長がどこか焦りつつも威圧的に言ってきて……杏子は再生ボタンを押そうと伸ばした手をビクッと震わせてしまう。
そんな往生際の悪い中村経理課長に、岳斗はあからさまに吐息を落とすと、
「近衛社長、会議室には防犯カメラとか設置されていないんですよね?」
じろりと中村経理課長を睨んでから、それでも落ち着いた声音で近衛社長にそう問い掛けてくれて、場の空気を一新した。
「え? ――あ、はい。か、会議は機密事項が多いので……我が社では意図的にカメラの類いは設置していません」
そう答えた近衛社長に、岳斗が「非常に残念な考え方です」と吐息を落とした。
「それは社内から機密が漏れないように徹底していれば問題ないことだと思いませんか? 先ほども階段の踊り場が防犯カメラの死角になっていることが今回の事態を招いたとご理解いただけたはずです。今一度社内の風紀を正すとともに、セキュリティの在り方についても再考なさることをお勧めします」
一息に言ったのち、岳斗はじっと近衛社長を見詰めながら、
「一度それで酷い目に遭った彼女にとって、今からお聞かせする音声録音は自衛のために必要不可欠な手段だったんです」
そう断言する。
中村経理課長も、近衛社長も、さすがにもう何も言えなかった。
***
セクハラ、パワハラの証拠として岳斗が録音した音声も、杏子の録音したものと合わせて近衛社長に提出する。
当然岳斗が録音した音声には笹尾と下卑た会話を繰り広げる志波の声も入っていたから、杏子に直接何かをしたわけではない彼も岳斗の中ではバッチリ処罰対象だ。多くの社員らの手前、杏子を傷つけ兼ねないとカットした彼女の容姿に対するバカな会話も、社長にだけは聞いてもらうことにした。
いじめに関しては、岳斗自身が目の前で杏子が足を引っ掛けられて転ばされそうになったり、杏子の尊厳を傷つけるような酷い言葉を投げ掛けられたりしたことを話しただけで、証拠となるものこそなかったものの、「――ですよね?」と岳斗が経理課の女性陣三名に視線を流しただけでアッサリと罪を認めさせることが出来た。
それらが済んだうえで、岳斗は近衛社長へある提案をした。岳斗の言葉を聞いた近衛社長はさすがに驚いたようで、「し、しかし、それは……!」と難色を示したのだけれど、岳斗が「何か問題でも?」と一瞥しただけで黙ってしまう。
杏子はそんな様子を見詰めながら、倍相岳斗という男性は、この会社にとって絶大な影響力を持つ立場にいる人間なのだと改めて実感した。
実際には杏子が何か話そうとするたび、まるで言い訳したいみたいに笹尾や安井、そうして彼女の取り巻きの古田や木坂が口を挟もうとしてきた。だが岳斗がちらりと凍り付くような冷たい視線を投げかけるだけで、みんな慌てて視線を逸らせて黙り込んでくれたというのが正しい。
この場にあっても、杏子は岳斗に守られていることを実感させられて、くすぐったいような……何とも言えない気持ちになった。
直属の上司である中村経理課長のセクハラまがいのパワハラの話をしたときには、「ね、杏子ちゃん。せっかくだしあの音声を聴いてもらったら?」と岳斗が杏子にそっと耳打ちをしてきた。
「でも……」
さすがにそれは中村経理課長にとって不利になりすぎるのでは? と思ってしまった杏子だったのだけれど、「この際、膿は出し切った方がいい」と岳斗に促されて、恐る恐る鞄の中からスマートフォンを取り出した。
途端、「み、美住くん! それはキミが僕に許可なく勝手に録音したものだよね!? それを出すのはどうかと思うんだが!」と中村経理課長がどこか焦りつつも威圧的に言ってきて……杏子は再生ボタンを押そうと伸ばした手をビクッと震わせてしまう。
そんな往生際の悪い中村経理課長に、岳斗はあからさまに吐息を落とすと、
「近衛社長、会議室には防犯カメラとか設置されていないんですよね?」
じろりと中村経理課長を睨んでから、それでも落ち着いた声音で近衛社長にそう問い掛けてくれて、場の空気を一新した。
「え? ――あ、はい。か、会議は機密事項が多いので……我が社では意図的にカメラの類いは設置していません」
そう答えた近衛社長に、岳斗が「非常に残念な考え方です」と吐息を落とした。
「それは社内から機密が漏れないように徹底していれば問題ないことだと思いませんか? 先ほども階段の踊り場が防犯カメラの死角になっていることが今回の事態を招いたとご理解いただけたはずです。今一度社内の風紀を正すとともに、セキュリティの在り方についても再考なさることをお勧めします」
一息に言ったのち、岳斗はじっと近衛社長を見詰めながら、
「一度それで酷い目に遭った彼女にとって、今からお聞かせする音声録音は自衛のために必要不可欠な手段だったんです」
そう断言する。
中村経理課長も、近衛社長も、さすがにもう何も言えなかった。
***
セクハラ、パワハラの証拠として岳斗が録音した音声も、杏子の録音したものと合わせて近衛社長に提出する。
当然岳斗が録音した音声には笹尾と下卑た会話を繰り広げる志波の声も入っていたから、杏子に直接何かをしたわけではない彼も岳斗の中ではバッチリ処罰対象だ。多くの社員らの手前、杏子を傷つけ兼ねないとカットした彼女の容姿に対するバカな会話も、社長にだけは聞いてもらうことにした。
いじめに関しては、岳斗自身が目の前で杏子が足を引っ掛けられて転ばされそうになったり、杏子の尊厳を傷つけるような酷い言葉を投げ掛けられたりしたことを話しただけで、証拠となるものこそなかったものの、「――ですよね?」と岳斗が経理課の女性陣三名に視線を流しただけでアッサリと罪を認めさせることが出来た。
それらが済んだうえで、岳斗は近衛社長へある提案をした。岳斗の言葉を聞いた近衛社長はさすがに驚いたようで、「し、しかし、それは……!」と難色を示したのだけれど、岳斗が「何か問題でも?」と一瞥しただけで黙ってしまう。
杏子はそんな様子を見詰めながら、倍相岳斗という男性は、この会社にとって絶大な影響力を持つ立場にいる人間なのだと改めて実感した。
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